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World×World  作者: シクル
美味なる純血

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World2-3「警告」

 許せなかった。

 その感情が間違っている、などということはとうに理解してはいるが、それでも拭い去ることは一度も出来なかった。

 許せない。

 悪いのは私だ、それは嫌という程わかっているし、他の誰かに責任を転嫁しようなどとは少しも思わない。

 しかしそれでも、許すことが出来ない。

 いや、そもそも許す許さないの話などではなく、元々咎められるようなことなど相手はしてはいない。

 咎められるべきは――私だ。


 強く噛みしめた唇からは、血の味がした。










 HR開始一時間前、ともなると廊下にもあまり人はおらず、静かな足音ばかりが永久の耳の中に浸透していく。

 窓から差し込む朝日が心地良いには心地良いのだが、当の永久は眠たそうに瞼をごしごしとこすりながら教室へと続く廊下を歩いていた。

「それにしても……早い登校ね」

 スカートのポケットの中からひょこりと顔を出し、プチ鏡子がそんなことを言うと、永久は眠気を振り払うようにして首を左右に振りつつうん、と答えた。

「結局あれから寝つけなかったし、登校するのに丁度良い時間まで転がってても無駄かなって思って……」

 ぐちょりとした昨日の感触を、足が思い出したかのように永久は感じた。

 昨夜見た光景が頭から片時も離れず、寝ようにも寝つけなかった永久は、結局一晩延々とベッドの中で寝返りを繰り返すハメになったのだった。

 学生寮三階307号室。欠片の気配を感じた永久が向かったその先では、小坂淳子という女子生徒が何者かによって惨殺されていた。

 声を出されないようにするためか、喉元が何かによって乱暴に裂かれており、全身にまるで獣か何かに襲われたかのような傷跡を残して、小坂淳子は暗い部屋の中でこと切れていた。

 発見後、永久はすぐに教員に連絡したが、他の生徒に影響が及ばぬよう、このことについては口外しないようにキツく言いつけられた。後で来た警察に永久は事情聴取されたが、当然犯人のことなど知る由もない永久は「わからない」の一点張りで、小坂の部屋を訪れていたのは、転校して知り合った小坂と話をしようと思ってきていただけ、ということにしておいた。

 犯人が欠片を持っている、という点以外は全くわからず、現場には一つも手掛かりが存在しなかった。警察や教員の話を盗み聞きすると「とても人間の手口とは思えない。これじゃ野犬だ」とのことで、犯人像は曖昧になるばかりである。

 永久自身も、遺体を直に見て最初は野犬にでも襲われたんじゃないかと考えた。が、果たして野犬の類が学生寮三階の一室に入ってくるだろうか。それに、感じた欠片の気配……犯人は、野犬などではない。

 ――――アレを、人が……?

 少し考えただけでも寒気のするその可能性に、永久は一人身震いする。

 そんなことを考えながら教室に辿り着き、中へ入ると、永久の「まだ誰もいないだろう」という予想に反し、昨日永久の座っていた席に一人の女子生徒――山本李那が座っていた。

 彼女のツインテールは片方だけ解かれており、リボンは彼女の右手の上に乗せられている。

 しばらく李那はリボンをボンヤリと眺めていたが、やがて永久が教室に来ていることに気が付くと、ハッとなって慌てて席を立った。

「ご、ご、ごめんなさい! 私、その……席、間違えちゃって……」

 必死に謝る李那の姿は、明らかに異常だった。

 いくら永久が転校生で、話すのが初めてでほぼ初対面だとは言っても、この怯え方は異常だ。人見知りだとか、そういうレベルの怯え方ではなく、口調こそ敬語でないものの、まるで怒りっぽい上官の前で粗相をしてしまった下級兵を思わせるような態度だ。

 そんな李那の様子に驚きつつも、永久は気にしないで、と笑って李那の元へ歩み寄った。

「こっちこそなんかごめんね、山本さんの席だったのに……」

「あ、ううん、それは良いの……坂崎さんのせいじゃないし……」

 影の差す李那の表情から、永久は李那のこのクラスでの扱いについて多少察したが、それについて直接言及するタイミングではない、と判断して別の話題を切り出す。

「そう言えばその髪、どうしたの?」

 その問いに、李那は結ばれてない方の髪を右手でいじりながらちょっとね、と寂しげに呟いた。

 二人の間に、やや気まずい沈黙が訪れる。

 ツインテールのことで嫌なことでも思い出したのか、李那は顔を少しうつむかせたまま唇を結んでおり、永久は何を言えば良いのかわかないまま、気まずそうに李那から少しだけ視線を外していた。

「この、リボンね」

 不意に、李那は口を開くと右手に握られているリボンを永久へ見せる。

「真がくれたものなんだ……」

「真?」

「同じクラスの山木君」

 山木君……と心の内で呟きつつ顔を思い浮かべるが、どうにも一致しない。それについては後で確認することにし、永久は李那の言葉へ耳を傾ける。

「小さい時はね……いつも一緒に真と遊んでて、このリボンも小さい時にもらったものなんだ……」

 感慨深げにリボンへ視線を落とす李那。しかしその瞳には微かに悲しげな色が差し込んでいることに、永久は気が付いた。

「この髪型ね、真がその時『かわいい』って言ってくれたから続けてるんだけど……子供っぽい、かな……?」

 解かれていない、もう片方のリボンに右手をやりつつ李那がそう問うと、永久は静かに首を振りながら、そっと李那の右手を掴み、そっとリボンから離させた。

「そんなことない。似合ってるし、かわいいと思う」

 永久のその言葉に、李那は数瞬キョトンとした表情を浮かべたが、やがて屈託のない笑顔を永久に向けた。

「……ありがとう」

 こんな顔で笑える彼女は、永久の知る限りだと昨日は一度もこんな顔を見せていない。



 そのままいつの間にか永久と李那は他愛のない会話に花を咲かせた。そうしている内に他のクラスメイト達も登校してくるが、そのほとんどが李那と話をする永久を、まるで珍しい物でも見るかのような目をチラリと向けていたが、当の永久はそれを気にする様子もなく李那と談笑を続けていた。

そして永久と李那がマヨネーズの汎用性について一通り盛り上がってしばらくした頃、李那は教室に入ってきた一人の男子生徒へと手を振った。

「しーん、おはよー!」

 不意に声をかけられたためか、それとも思いもよらない人物から声をかけられたためか、真は肩をびくつかせる。

 とてもじゃないが、幼馴染同士のやり取りのようには見えない。

「あっ……」

 しばらく李那はキョトンとした表情を浮かべていたが、やがて何かに気付いたかのように声を漏らし、ゆっくりと手を下ろす。

「ああ……」

 言いつつ、チラリと真は李那に目をやると、悲しげに目を伏せてから視線をそらした。

「もう、関わらないでくれって……言ったろ」

 押し殺すような、声音。

「う、うん……そうだった、ね……」

 無理に作られた李那の笑顔は、真に向けられたものだというのに、当の真は李那から視線を外したまま戻そうとしない。

 しばらく気まずい沈黙が流れたが、やがて真は静かに自分の席へと歩いて行く。それを境に、真と李那の方へ集まっていた視線が徐々に外されていく。

「え、ちょ……ちょっと!」

 納得が行かず、永久は真の方へ駆け寄ろうとするが、その行く手を阻むかのように一人の女子生徒が永久の前へ歩いて来る。危うくぶつかりかけて永久が足を止めると、彼女は――浅木優は永久を見てニコリと爽やかに微笑んで見せた。

「あら、おはよう、坂崎さん」

「お、おはよ……」

 永久が浅木へ挨拶を返した時には、既に真は自分の席に座って気怠そうに自分の前髪をしきりにいじっていた。

 消化し切れず胃の中に食べ物が残り続けているような違和感が、永久の中で昨日から続いている。それが更に、重さを増した。





 南白高校には食堂が存在し、南白高校での昼食は弁当、もしくは食堂といった感じだ。当然永久や由愛に弁当を作る余裕や食材はないので、永久の昼食は食堂、由愛は近所のコンビニで購入したパンやおにぎり、という形になる。

 昼休みに永久が食堂へ向かうと、食堂の中は生徒達で賑わっていた。

 大抵は大人数の生徒達が机を囲み、思い思いの話題で談笑しながら楽しそうに食事をとっている。そんな様子を一通り眺めた後、永久は食堂の隅の席に一人で座っている李那の姿を見つけた。

「あ、山本さん……」

 転校してきたばかりの永久に所属するグループなどない。丁度一人でいる李那と一緒に食べようと思い、永久は李那の元へ行こうとする――が、不意に後ろから誰かに手を掴まれる。

「……?」

 訝しげな表情を浮かべつつ永久が振り返ると、そこにいたのは浅木優だった。周りには優の友人と思しき女子生徒が何人もおり、それぞれが別々の話題で盛り上がっている様子だった。

「坂崎さん、転校してきたばかりで一人でしょう? 良かったら、私達と食べない?」

「え、あの……うん、じゃあ……よろしく」

 苦笑いしつつそう言った永久に、優はやんわりと微笑む。しかしそれが作り笑いだということに、永久が気づくのに数秒と必要なかった。

「そうだ、坂崎さん……」

 チラリと。優の視線が李那へ向けられた。

「山本さんとは、あまり関わらない方が良いわよ」

「え――――」

 刺すような言葉。


 それは確かな、警告・・だった。


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