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World×World  作者: シクル
美味なる純血
12/123

World2-2「違和」

 永久が南白高校に転校してきたことについては親の転勤の都合、という風に榊の口から説明された。

 永久について説明する榊の隣で、永久は教室の中にいる生徒全体に目をやったが、特におかしなところは見当たらない。とりあえず欠片による目に見えた異変はない、もしくは欠片を持った生徒(もしくは教員)は別のクラスにいる……ということなのだろうか。

 プチ鏡子の調べによると、欠片はこの学校に属する誰かが持っているらしいのだが、鏡子にわかるのは大まかなことだけで、細かいことについてはやはりハッキリとはわからないらしい。

「まあそういうわけだから、皆仲良くしてやってくれ」

 榊の言葉に、生徒達は思い思いの反応を示しているが、教室の隅の方の席で一人だけ顔をうつむかせたままでいる女子生徒がいる。チラリと永久はそちらへ視線を向けるが、それには気づいていないようで彼女は顔をうつむかせたままだった。

「席は……ああ、しまった用意してないな……」

 あちゃー、とぼやきつつ榊が頭をかいていると、不意に一人の女子生徒が手を上げた。

「お、どうした浅木」

「あの、提案なんですけど……」

 浅木、と呼ばれたその女子生徒――浅木優はそう切り出してから言葉を続ける。

「良ければ、私が彼女に色々教えてあげたいので、私の隣の席に出来ませんか?」

「ん、まあそれは別に良いんだが……」

 優の提案に榊は歯切れの悪い反応を見せる。その視線は、優の隣の席に座っている女子生徒の方へ向けられていた。

「……あれ?」

 思わず、声を漏らす。

 先程までのどかだった教室が、不意に剣呑な雰囲気を醸し始めたように永久は感じた。

 生徒全員、というわけではないが、生徒の内の半分近くがその視線を軽くではあるが一点――一人の女子生徒へ集中させている。それに対して、榊はどうしたものか、と言った風に頭を抱えていた。

 ――――この感じ……なんだろ……?

 どこか既視感めいたものを感じ、永久は頭を捻るがどうにも思い出せない。

「ど、どきます……」

 スッと立ち上がり、顔をうつむかせたままその女子生徒は席から一歩離れる。うつむいているせいで垂らされたツインテールが切なげに揺れるのを、永久は静かに見つめることしか出来なかった。

「ごめんね、山本さん」

 席を離れた山本さんと呼ばれた女子生徒――山本李那へ優がそう告げるが、李那は軽く会釈をするだけだった。

 小さく、微かにではあるが釣り上げられている優の口角に、永久は軽い怖気を覚えた。

「すまん、山本……すぐに机と椅子持ってくるよ」

 申し訳なさそうにそう言った榊へ、李那がありがとうございます、と小さな声で答えたのを確認すると、榊はすぐに教室の外へと出て行った。

「さあ、座って、坂崎さん」

「あ、うん……」

 優の右手に促され、永久はやや躊躇いながらも李那の座っていた席へと歩いていく。

「あの、ごめんね、えっと……山本、さん?」

 椅子に座る前、確かめるように永久が名前を呼ぶと、李那はほんの少しだけ微笑んで気にしないで、と答えた。

 永久が席に座ると、優は眼鏡の位置を右手で直した後、ニコリと永久へ微笑んだ。

「これからよろしくね、坂崎さん」

「こちらこそ……よろしく」

 どこか歪なその笑みに、言いようのない不快感を永久は抱えていた。





 南白高校はそれなりにレベルの高い学校のようで、遠い地域から入学してきた生徒のために学生寮が存在する。男子寮と女子寮に分かれており、校舎の裏側に建てられているため、寮生は数分足らずで校舎までいける、という形になっている。

 男子寮と女子寮はわかれているものの、部屋の造りは基本的に同じで、永久がこの世界へ来る前に行った客室ゲストルームと似たような造りだ。ただこの部屋は相部屋であるため、ベッドは二段になっており、机の代わりにデスクが二つ設置されている。

 ちなみに永久の部屋は六階の608号室だ。

「ただいまー」

「おかえりー」

 言いつつ永久が部屋へ戻ると、中から由愛の声が返ってくる。彼女は坂崎由愛、という名前で南白高校の近所にある南白小学校へ編入している。一応永久とは姉妹、ということになっており、特別南白高校の生徒ではない由愛もこの寮へ住むことを許されている。どうやら永久より先に帰っていたようで、ベッドの一段目でゴロリと寝転がっていた。

「どう? 欠片の気配はあった?」

「うぅん……全然」

 首を左右に振りつつ嘆息し、永久はポケットの中からプチ鏡子を出してデスクの上へちょこんと乗せる。

「この学校の関係者の誰かのハズなのだけど……今日は特に何も感じなかった?」

 プチ鏡子の問いに、永久はコクリと頷く。

「前の時は二人共力を使ってたからすぐわかったんだけど……多分、欠片の力を使ってない時は隠せるんだと思う」

 そう言って、永久は嘆息しながら椅子へ座った。久しぶりの学校で疲れているのか、その表情はどこか気だるげである。

「そういえば……」

 不意に由愛の方へ視線を向けて永久がそう言うと、枕に顔を埋めていた由愛がひょいと顔を上げた。

「由愛が欠片を拾った時って、どうだったの?」

 永久のその問いに、由愛は身体を起こしてから少し首を傾け、人差し指を唇へ当てる。数秒そうした後、私の時は……と由愛は口を開いた。

「小さい光が上から降ってきて……それに触ったら溶けていくみたいに消えていったわ……そしたら、なんだか力が溢れてくると同時に、ものすごく腹が立ったの」

「腹が立った?」

 コクリと。由愛は永久の言葉に頷く。

「何で私がこんな目に遭ってるんだ、私を否定する世界なんてグチャグチャになっちゃえ……って」

「それって、欠片を手に入れる前より強く思ったの?」

「うん……」

 前の世界で、欠片を手に入れた由愛と美奈の共通点、それは暴走・・だった。元の世界に帰りたい、という思いが強まり過ぎた美奈は、世界を破壊してしまいたい、と暴走し、由愛は先程言ったように「前より腹が立った」……つまり、怒りの感情が増幅されている、ということだ。

「欠片って、感情を暴走させちゃうのかな……?」

「由愛の話の通りだと、そう考えられるわね……」

 力と感情の、暴走。それが原因で起こり得る悲劇をいくつか想像し、永久は表情を険しくした。

「止めなくちゃ、ね」

 真剣な表情で永久がそう言った――その時だった。

「――――っ!」

 不意に永久が、頭を押さえて顔をうつむかせた。

「永久!?」

「欠片だ……」

 不安げな表情を見せるプチ鏡子と由愛の方へ目もくれず、永久は小さく呟くとすぐに部屋を飛び出していった。









「なあ……おかしいだろ……こんなのって……」

 じりじりと、しりもちをついたまま後ずさる少女――小坂淳子の目の前には黒い人影が四つん這いになって迫り寄っていた。

 部屋の電灯は既に破壊されており、真っ暗なその部屋の中、よく見えない人影らしき「何か」に、淳子は失禁する程の恐怖を覚えていた。

 鼻をつくすえたような臭いと、後ずさる度にベチャベチャと音を経てる不愉快な感触。顔は涙で濡れ、自分の小便でビシャビシャになった下半身、その両方からくる不快感をも遥かに凌ぐ恐怖に、淳子はただ怯えることしか出来ずにいた。

 ゆらりと。人影が揺らめく。

「やめ――――」

 淳子が言葉を言い切るよりも、人影が淳子へ飛びつく方が素早かった。





 直感的に、欠片を持ち、欠片の力を使っている人間が今この寮の中にいると永久は感じていた。

 悪寒が走る。

 今朝教室の中で感じたあの剣呑とした雰囲気が、どういうわけか永久の中で思い出されていた。

「間に合って……!」

 そう呟き、永久は階段を降りる足へ更に力を込める。心なしか速まる速度。急いで永久は欠片の気配を一番強く感じる部屋へと向かった。

「――あの部屋っ!」

 寮の三階まで来た所で、永久は廊下へ出て全速力で駆ける。そして「307」と番号の書かれた部屋へ辿り着くと、鍵がかかっているかどうかすら確認せずにそのドアを思い切り開け、中へと飛び込むようにして駆け込んだ。

「大丈夫っ!?」

 電気はつけていないのか消えており、部屋の中は真っ暗だった。

 闇に慣れないままキョロキョロと部屋の中を見渡すが、何の気配も感じることが出来ない。ちょっと前までは強く感じていた欠片の気配すら、この部屋からは感じられなかった。

「……?」

 ベチョリと。不快な音と共に永久の靴下が濡れる。焦っていて気付かなかった異臭が、不意に永久の鼻を刺激したかのように感じた。

「――――っ!」

 闇に慣れた永久の目がとらえたのは、恐怖に歪んだままこと切れた少女の顔だった。


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