World15-2「モノクロ」
「永久さん!」
家綱とチリーの登場へ驚く永久達の元へ、三人目の声が届く。永久がその声に振り向くと、後ろにいたのは刀を持った巫女装束の少女――――坂崎篝だった。
「篝ちゃん!」
表情をパッと明るくさせて駆け寄る永久に、篝は優しく微笑むと左手で永久の手を握る。
「私も、私も戦います! あんまり強くないかも知れませんけど……少しでも力になりたくてっ……!」
「ありがとう篝ちゃん……本当に嬉しいよ……!」
そんな会話をしている間にも、怪人達は次々と迫って来る。あまり話している余裕はないと理解したのか、篝はすぐに永久へ背を向けて怪人達に応戦し始めた。
篝は前に会った時よりは自信がついているようではあったが、やはり戦い方はどこか危なっかしい。怪人達の数が多いせいもあってか家綱やチリーに比べるとかなり戦いにくそうな様子だ。
しかし後方から猛スピードでこちらへ駆け寄り、篝をサポートするように怪人と戦い始める男の姿があった。精悍な顔立ちのその男の額には、タトゥーのような印がつけられている。それを目にした瞬間、永久は思わず声を上げた。
「……ダン!」
「……どうやら思ったより早く借りは返せそうだな」
男――――ダン・ウリアは少しだけ振り返って薄く笑んだ後、すぐに怪人との戦いへ意識を集中させ始める。気がつけば家綱、チリー、篝、ダンの四人が永久と由愛を守るようにして怪人達と戦い始めていた。
「さーて、ちゃっちゃと片付けちまおうぜ。事務所で由乃が待ってンだ」
長いコートを舞わせながら、怪人達を次々に蹴り倒していく家綱。その隣では、ダンも同じように徒手空拳で怪人達を叩きのめす。
「行け、坂崎永久。今度は俺が……俺達が導く。お前は切り開け、お前の未来をッ!」
「あの、私、頑張りますから! 刻姉に負けないくらい!」
先程まではどこか危なげだった篝だが、段々慣れてきたのかその背中は頼もしく見える。あれから篝がどんな道を歩いてきたのか永久には知る由もなかったが、きっと前へ前へ歩いてきたのだろう。もう、姉の刻と自分を比べて落ち込むことなんてなくなっているのかも知れない。それが嬉しくて、永久は思わず笑みを浮かべた。
「おい、さっさと行けって! あんまもたもたしてる余裕なんかねェだろ!」
チリーにそう言われ、永久と由愛は顔を見合わせてコクリと頷く。ここはこの四人に任せてこのまま刹那の元まで一気に向かうべきだろう。
「皆ありがとう……本当に……! どうか無事で!」
「……ありがと」
祈るような永久と、どこか気恥ずかしげな由愛。四人は黙ったまま怪人達と戦い続けていたものの、四人の戦う姿は言葉以上に「任せろ」と永久と由愛に伝えてくれていた。
そうして二人が空間の歪みの中へ入って行ったことを確認し、四人は安堵の溜息を吐く。後はこのままここで持ち堪えれば良いだけかのように思われたが、突如としてその戦場へ異常が発生する。
「あ、あの……アレ、見て下さい!」
篝が指差したのは上空だった。篝に釣られて三人が上空に視線を向けると、そこにいたのは巨大な蝿だった。
恐らくあの蝿はこの怪人達の上位種だろうか。放っている雰囲気はひどく禍々しく、それだけで四人へ威圧感を与えている。
「……っと、こいつはまじーな」
ソフト帽を抑えながら家綱は小さく舌打ちする。家綱は戦闘力に長けているとは言え普通の人間の域を大きく越えているわけではない。怪人達のような人型が相手ならともかく、あの蝿のような大型の化物が相手となると太刀打ち出来ない。
改造兵士としてかなりの身体スペックを持つダンや、妖魔と呼ばれる化物を退治することを生業とする篝はまだ戦えなくはなさそうだが、それにしたってあのサイズが相手となると厳しいことに変わりはない。
三人がそんな想像で表情を歪める中、チリーだけが不敵に笑みを浮かべる。
「構うこたねェッ! 俺がぶっ飛ばす!」
周囲の怪人を薙ぎ払った後、チリーは巨大蝿を真っ直ぐに見据えて身構える。大剣の切っ先を蝿に向け、チリーが取ったのは刺突の構えだ。
チリーは、神力使いと呼ばれる異能者だ。身体の中にある神力と呼ばれる未知のエネルギーによってチリーは大剣を出現させている。その神力を大剣から迸らせ、大剣の柄から地面へ向けて一気に放出し、その推進力でチリーは一気に巨大蝿へと突っ込んでいく。
「俺の……ッ! この、剣ッでェェェェェェェェッ!」
そして次の瞬間には、チリーによって巨大蝿の身体はぶち抜かれていた。そのあまりにも滅茶苦茶な様子に、ダンは思わずポカンと口を開けてしまっていた。
「……出鱈目だな、あの少年は」
「なんつーかさ、俺って結構普通なんじゃねーかなって思えてきたわ」
その隣では家綱が肩をすくめてそんなことを呟いており、篝は何も言えずにただ着地してきたチリーを凝視していた。
空間の歪みの向こうは、真っ暗な通路になっていた。どうやらあの歪みから直接コアの元へ辿り着けるわけではないようで、永久と由愛は静かにその通路を走り続けていた。
お互い黙ったまま出口へ向かい続けていたが、不意に永久が立ち止まると、やや訝しみながら由愛もその隣で立ち止まる。
「……ありがとう、一緒に来てくれて」
「……え?」
「ほんとはちょっと心細かったし、怖かった。でも、由愛が一緒にいてくれるなら……私……」
由愛達の元へ戻ってきてから永久は、止まらずに真っ直ぐ進み続けていた。弱音は吐かず、ひたすら刹那を止めるために進んでいた。そんな永久が吐いてしまった小さな弱音を、由愛はそっと抱きしめるようにして受け止めた。
「最後まで、見届けてくれる?」
その質問は、由愛にとっては意味がない。その問いに由愛が返せる答えは一つしかなかったから。
「当然でしょ」
由愛がそう言ったのを聞いて、永久は安心したように微笑む。そんな永久の右手を下から握りしめ、由愛は上目遣いに永久を見つめた。
「絶対、絶対無事でいてね……。私、何もかも終わっちゃったとしても、永久とずっと一緒にいたい……!」
傍にいたい、いて欲しい、ただそれだけで良い。それは永久の存在を無条件で全肯定する言葉だった。
永久も、由愛と同じ思いだった。例え刹那との戦いが終わって、旅が終わってしまったとしても、永久は由愛と一緒にいたいと感じている。勿論鏡子や英輔、美奈子達と一緒にいたいとも思っていたが、彼女達には帰らなければならない世界がある。彼女達には、本来の居場所があるのだ。けれど永久と由愛は違う。居場所をなくして探し続けて、そうして辿り着いた居場所は、きっとお互いの中にある。言葉にはしなかったけれど、そんな確信が永久にも由愛にもあって、そう思えば思う程お互いが愛おしくて仕方がなくなってしまう。たまらなくなって、永久は由愛を抱きしめた。
「終わったらまた、どこかに旅立っちゃおっか?」
目的なんてなくたって良い。ただ一緒にいる理由が欲しかったし、並んで歩いていたかった。
「うん……!」
力強く由愛がそう答えた後、二人は再び前を見据える。全ての決着を着ける時が今、目前まで迫っていた。
そこからもうしばらく走って行くと、通路の終着点と思しき場所から光が漏れているのが見えてくる。永久と由愛が一気にそこまで駆け抜けると、その向こうは先程までと同じような荒れた大地が広がっていた。
「……アレ……!」
由愛が指差した先には、真っ黒な球体が置いてある。直径二メートルくらいのその球体が、恐らく世界のコアと呼ばれるものだろう。そしてそのコアの隣では、紺色の長いプリーツスカートが揺れていた。
「由愛、さがってて」
永久の言葉に小さく頷き、由愛は数歩永久の後ろに下がる。そして永久はゆっくりとコア――――否、坂崎刹那へと歩み寄っていく。
永久とそっくりなその表情は不敵に笑みを作っており、何も言わずにジッと永久を見つめている。頬にかかる黒いショートボブを右手でかきあげ、刹那もゆっくりと永久の方へ歩を進めていく。
お互いの距離が二メートルくらいまで縮まったところで、永久も刹那も歩みを止める。対峙したまま二人はしばらく何も言わなかったが、やがてゆっくりと口を開いたのは永久の方だった。
「……刹那」
「待ってた……ずっと待ってたわ永久。首をながーくながーくしてね。ふふふ……ろくろ首くらいになっちゃったかも」
刹那はおどけた様子だったが、永久の表情は真剣そのものだ。刹那のジョークには一切耳を貸さず、永久は刹那を睨みつける。
「本当はね、あなたと二人で一緒に壊したかった。何もかも全部、ね。あなただけはわかってくれると思ってた」
「……させない、絶対に」
「うん、知ってる。だから頂戴? あなたのコア」
「コアは渡さないし、世界は壊させない。私は……刹那を止めるために来たんだっ!」
次の瞬間、刹那の背中で漆黒の翼が開く。それより少し遅れる形で、永久も純白の翼を広げた。お互い姿はセーラー服からロングドレスへと変化しており、刹那のドレスは永久とは対照的な黒い裾をなびかせている。
永久と刹那は右手に持ったショートソードを構えて一瞬で距離を詰めるとそのまま鍔迫り合いに発展する。二人は頭がぶつからんばかりに顔を近づけて、お互いの顔をゼロ距離で凝視する。あまりにもそっくりで、あまりにも違うその表情はお互いの衣装以上にハッキリとしたコントラストを生んでいた。
「じゃあ最後の姉妹喧嘩ね……永久ぁっ!」
「もう何も壊させない、奪わせない……刹那っ!」
坂崎永久と坂崎刹那。その最後の戦いの幕が、今切って落とされた。