World14-7「あなたは何も持ってなんかいない」
英輔達が地下牢に到着したのは、もう永久とキングが別の世界へ移動してから数分経過してからだった。ここに来るまでにダン達と一度合流し、ある程度状況は聞いていたが、ダン達の言う通り既に地下牢はもぬけの殻だった。
「永久……一人で……」
ワンピースの裾を握りしめ、不安げにうつむく由愛だったが、その肩を英輔が優しく叩く。
「……心配すんな。いくら一人っつっても、今のアイツならこないだみたいなことにはなんねえよ」
「そ、それは……そうだけど」
とは言え、英輔も永久を心配していないわけではない。キングの力がどれほどのものなのかは推測することしか出来ないが、一度全力の永久と戦った英輔にはアンリミテッドの力がどのくらいのものなのか漠然となら想像出来る。
「英輔の言う通り、今のあの子ならなんとか出来ると思うけど……心配ね」
「……ええ。ですが次元歪曲システムがない以上、座標の特定はおろか移動することさえ……」
美奈子が所有していた次元歪曲システムは、前に刹那に捕らえられた時破壊されている。そのため、今の美奈子はかつてのようにシステムを利用して様々な武器を取り出すことも出来ないし自力で世界を移動することも出来ない。
何か策はないかと思案する美奈子達だったが、鏡子は問題ないわ、と静かに告げた。
「一度境界に戻りましょう。あの龍の力を借りるわ」
「しかし、あの龍がそう何度も協力してくれるでしょうか……」
「大丈夫よ。他でもないアンリミテッドキングを倒すためなのだから……力を貸してくれるハズよ」
境界の龍の望みはアンリミテッドの破壊だ。世界のバランスを崩しかねないアンリミテッド達を破壊し、世界の均衡を保つことが目的である。そのための協力なら惜しむことはないだろう、というのが鏡子の考えだった。
「一度、門を開くわ」
鏡子の言葉に、一同は静かに首肯した。
高速で繰り出される永久のショーテルを、キングは右腕で受け続けていた。硬質化し、盾のような形状へ変化した右腕を巧みに動かして永久のショーテルを受け続ける。しかし決して永久のスピードについていっているわけではない。ポーンや刹那と違って、キング自身が永久のショーテルの速度に完全に追いついているわけではなかった。そのため、このまま続けていてもキングは防戦一方、という形になる。
そんな状況を打破せんとして、キングが左腕を強く引く。永久がそれに気づいて視線で反応した時には既に、巨大な炎の塊が左手に形成されていた。
「――魔術っ!」
すぐに永久はキングから距離を取るが、火球はもう永久目掛けて発射されている。永久は慌ててショーテルを退魔の剣へと切り替えた。
魔術や魔法、超常的な力によって生み出される現象を消滅させる剣。永久がフランベルジュで火球を一閃すると、すぐに火球はその場から掻き消えた。
「――――っ!」
しかし当然、永久にそんな芸当が出来ることはキング自身よくわかっている。火球は陽動に過ぎない。永久の頭上には、高く跳躍したキングの姿があった。
「そぉら気をつけろォッ!」
ヘドロ状の巨大な口へと変化した両腕が、火球に気を取られていた永久に伸ばされる。永久は一瞬回避行動を取りかけたが、すぐに間に合わないと気づいて武器を大剣に切り替えて迎撃態勢になる。このまま衝撃波でキングを吹き飛ばそうという算段だったが、キングの両腕は突如軌道を変えて永久ではなく大剣の方へと伸ばされた。
「俺がその程度を読めぬとでも思うたかッ!」
大剣を両腕に捕らえられ、衝撃波を放てなくなった永久目掛けて、今度はキングの左足が伸びる。左足もまた、腕動揺ヘドロ状の口へと変化しており、永久に頭からかぶりつかんとして大きな口を開けていた。
「っ……!」
やむを得ず永久は大剣から手を放し、バックステップで左足を回避する。標的を失った左足が地面を穿ち、キングは大剣から両手を放してそのまま左足から着地すると、その勢いのままに右足で回し蹴りを繰り出す。当然、その右足も永久に食いつかんとして形状を変化させていた。
キングは、執拗なまでに永久を食べようとしている。永久のコアを自分のものにするために、不自然なまでに食べることへ……飲み込むことへこだわっていた。
このあまりにも強欲な男は、放っておけばきっといつか全てを飲み込もうとするだろう。ヨハンからマリアを奪ったように、アンリミテッドの力で他国へ攻め込み、民や兵士の命を奪ったように。
「どれだけ奪えばっ!」
「どれ程奪おうとッ!」
身をかわして右足を回避する永久へ、キングは右足でそのまま踏み込みながら今度は左腕を伸ばす。
「全ては俺のものだ……俺は全てが欲しいッ! まだ足りんぞォ!」
流石に避け切れず、永久の右肩をキングの左腕の牙がかすめ、わずかに血が滴る。
「足りない? 違う! あなたは何も持ってなんかいない!」
永久がその言葉を発した瞬間、キングがピクリと表情を変える。
「ほッざくなァッ!」
図星をつかれたのか、突如キングは激情を露わにする。かつてナイトに「空洞の王」と呼ばれた時と同じだった。
キングの全身がやや融解したように見えたかと思うと、身体から伸びた数十本の触手が永久の身体へ伸びる。完全な不意打ちだったこともあり、触手は瞬く間に永久の身体を捕らえてしまった。
「このまま喰らい尽くしてやろうアンリミテッドクイーンッ!」
「何を手に入れたって、あなたは絶対に満たされない。宣言してあげる、あなたはきっと、死んでも満たされない」
「どういう意味だッ……!?」
へばりつくような怒りが、永久にぶつけられる。しかし当の永久は苦痛に表情を歪めながらも強引に笑みを作って見せる。
「……そのままの意味。ナイトの言う通り、あなたは空洞だよ……」
「黙れェッ!」
「底の抜けた容器にどれだけ水を注いだって、いっぱいにはならない!」
次の瞬間、永久の全身から鮮血が吹き出す。触手についている牙が、永久の身体に噛み付いた証拠だ。
「ぐっ……!」
「それ以上の侮辱は許さんぞクイーンッ!」
「……ふざけないで……!」
ギリリと。音がする程歯を軋ませて、永久は目を剥いて見せる。
「底のない容器からこぼれた水っ! それがあなたが今まで奪ってきたものだ! お母さんだって……ナイトだって!」
「訂正しろ小娘ッ! 俺の何が空っぽだというのだッ!」
「わからないなら一生空っぽだよ! 私からコアを奪ったって一緒! それにあなたは、私を倒したっていずれ刹那に消されるだけだよ!」
ただでさえ歪んでいたキングの表情が、更に強く歪められる。キングは今まで、王として君臨し続けていた。生まれた時から王となることを約束され、望んだ全てを手に入れてきた。誰もキングを侮辱しない、出来ない、誰にも否定されることなく過剰に肥大化していった自尊心――――それがキングだった。そんなキングが、ここまでコケにされて冷静でいられるハズがない。
「どうやらわざわざ苦しんで死にたいようだなッ! クイィィィィィィィィンッ!」
「それに私は負けない! 私は違う、空っぽじゃないからっ!」
永久がそう叫んだ瞬間、永久の後方から一発の弾丸が飛来する。完全に永久の言葉に気を取られていたキングはその弾丸を回避することが出来ず、眉間にモロに弾丸が直撃してしまう。
「がッ……ッ……ッッッ!?」
本来アンリミテッドにとって、ただの弾丸はどこに当たろうとほとんどダメージにならない。しかしそれは、当たったのが”ただの弾丸”だった場合だ。その時キングに当たった弾丸は、決してただの弾丸ではなかった。
「アンチ・インフィニティっ! 今です、坂崎永久っ!」
「――――美奈子さんっ!」
緩んだ触手から抜け出しながら、永久は後方にいる美奈子に……否、美奈子達に笑顔を向ける。
「永久っ!」
そこにいたのは美奈子だけではない。鏡子に英輔、そして由愛が、永久の元へ駆けつけていたのだ。
恐らく鏡子と境界の龍の力で永久の居場所を突き止めたのだろう。キングと話しながらも、永久はこの場所を鏡子達が訪れたことに気がついていた。あのままでは永久が触手から脱出することは難しかったが、鏡子達の気配を感じた途端、永久はこの状況を打開出来ると確信したのだ。
そう、永久は”仲間を頼った”のだ。
「ごめんねキング。ちょっとズルいかも知れないけど、私は……一人じゃないっ!」
永久の手にはショートソードが握られ、既にその刀身は純白のオーラを纏っている。
「貴ッ様らァァァァァァッッッ!」
頭部に受けたこともあってか、アンチ・インフィニティを受けたキングはうまく身動きが取れないまま身悶えている。キングが避けられないと確信した永久は、一気に距離を詰めてそのショートソードを振り下ろす。
「がッ……ァァッ……!」
永久のショートソードがキングの身体を袈裟懸けに切り裂く。どこまでも穢れのない真っ白な刃が漆黒の鎧を打ち砕く。ヘドロのような体液を撒き散らしながら、キングは千鳥足で後退し、そのままその場へ仰向けに倒れ込んだ。
「よっしゃ! やったなッ!」
歓喜の声を上げて永久の元へ駆け出そうとする英輔だったが、永久はそれを右手で制止する。
「待って、ここからは離れて」
永久の言葉に、英輔は少し訝しげな表情を見せたがすぐに異変を理解して表情を驚愕に歪めた。
「キ……サ……マ……ラ……ッ!」
ドロリと。キングの身体が融解し、その場で膨張し始めた。