World14-6「俺からの選別だ」
ダンが鉄格子のドアを解錠してスカーレットを解放すると、スカーレットは弾かれるようにしてダンへ飛びついた。
「ダン! ありがとう……ダン!」
「すまない、遅くなった」
「そんなのいいよぉ……」
ダンの胸に顔を埋めて泣きじゃくるスカーレットを横目で見ながら、永久は倒れているマシモフへと歩み寄って行く。今まで欠片を持っていた人物に比べると、マシモフはほとんど欠片の力を使いこなせていなかった。というよりは、マシモフから欠片を使う意思がほとんど感じられなかったのだ。
今まで欠片の力を使っていた人物達は、その誰もが何らかの形で「強い力」を求めていた。それに対してマシモフは、そもそも改造兵士として常人を遥かに逸脱した身体能力を持っていたため、新たに力を欲する理由がなかったように思える。今でこそ簡単に倒すことが出来たが、欠片がほとんどそろっていなかった頃の永久なら間違いなく敗北していただろう。
「クソ! 離せ! イスタ!」
「大人しくしていろ。腕の骨を折られたくなければな」
「この化物が! 私の元を離れれば、お前に価値を見出す人間はおらんのだぞ!」
暴れながら叫ぶプルケーに、イスタはしばらく逡巡するような様子を見せたもののすぐにかぶりを振って見せる。
「必要ない。俺の価値は、俺が見つけなければならない。そうだろ?」
ややおどけた風な表情でイスタがダンへ視線を向けると、ダンは言葉では答えないまま微笑して見せた。
「うん、後は欠片を回収して終わりだね」
再びショートソードを出現させ、倒れているマシモフに対して振り上げる。この欠片を回収すれば、恐らく次は刹那達との戦いになるだろう。永久は強くショートソードの柄を握りしめると、意を決したかのように振り下ろそうとする。しかし、その両腕は振り下ろす直前でピタリと止まった。
「この感じ……!?」
不意にただならぬ気配を感じて、永久は意識を集中させる。じっとりとした汗が額に滲み、永久が気配の正体に気づいた時には既に、永久の背後では空間の歪みが発生していた。
「どうした?」
ダンの問いには答えないまま、永久は素早く歪みから距離を取る。歪んだ空間がバックリと避け、中から現れたのは漆黒の鎧だった。
「っ……!」
逆立った黒髪、真紅の双眸。王たるその男は、刃へと変質した右腕をマシモフへと突き出していた。
「かッ……!」
呻き声を上げながら血を吐き、マシモフの身体から小さな欠片が弾き出される。
男はそれを対して興味もなさそうにキャッチすると、軽く眺めて鼻で笑った後永久の方へ投げてよこした。
「アンリミテッドキング……っ!」
「俺からの選別だ。散る前に受け取っておけ」
罠を警戒したのか、永久はしばらく足元の欠片を手に取ろうとはしなかった。それとは対照的にキングはただ悠々自適に笑みを浮かべるだけで何の行動も起こそうとしない。
「何者だ……!」
ギロリとキングを睨めつけるダンだったが、キングは全くダンを相手にしておらずただ永久の方だけを見つけている。ダンが苛立ちを隠せずに顔をしかめると、永久は待って、とダンを右手で制止した。
「今すぐ逃げて」
「どういう――――」
言いかけて、ダンは何かを察したのか小さく頷く。永久の真剣な声音から察したのもあったが、ダン自身、目の前にいるキングとの戦力差を感覚的に感じ取ったのかも知れない。
確かにダンは改造兵士で、普通の人間と比較すれば遥かに強い。しかしそれはあくまで普通の人間と比較した場合の話だ。マシモフが永久に手も足も出なかったように、アンリミテッドクラスの超常が相手では改造兵士も普通の人間も大差がない。
幸いキングは永久以外には興味がないようで、ダンやイスタ、スカーレットには目もくれない。それを好機と見た永久は、欠片を即座に拾い上げた後キングの背後へ空間の歪みを出現させる。
「――――ッ!」
次の瞬間、純白の翼を広げた永久がショートソードを構えてキングへと滑空する。すかさずキングは剣へ変質させた右腕で永久のショートソードを受けたが、永久はそのまま止まらずに突進していく。
「相変わらず優しい奴よ……アンリミテッドクイーン!」
「キングっ!」
キングはあえて永久の勢いのままに、背後にある空間の歪みに背中から飲み込まれていく。そうして永久も空間の歪みへ入り込んでいくと、すぐに空間の歪みごと永久とキングはその部屋から掻き消えた。
「一体何だ……何が起こっている……!?」
狼狽するプルケーをよそに、ダンは怯えるスカーレットを抱き寄せる。
「それがお前の戦いか……」
どこか口惜しそうにそう呟いた後、ダンはイスタと共にスカーレットとプルケーを連れて部屋の外へと向かって行った。
そこは乾いた荒野だった。空はどこか薄暗く、ひび割れた大地からは生命の気配を一切感じさせない。そんなある種虚無にも似た空間に、漆黒の鎧と純白の翼が舞い込んでくる。鎧はどっしりと地面に足をつくと、剣と化した異形の右腕を力強く振り抜く。鎧と鍔迫り合いをしていた純白の翼は、手にしたショートソードごと弾かれて宙に浮いたまま鎧から距離を取った。
「フ、ハ……ハハハハハハ! 他者に迷惑をかけまいとこんな辺境までわざわざ移動するとはなぁ……! 貴様はいつも”他人のため”だ!」
「違うよ。あなたを倒すのは私のため」
静かに鎧を、アンリミテッドキングを睨みつけ翼は――――坂崎永久はショートソードの切っ先をキングへ向ける。
「あなたは終わる……今日っ! ここでっ! 私の手でっ!」
凄まじい速度で接近する永久を見、キングはニヤリと笑みを浮かべて永久を待ち構える。そんなキングに容赦なく振り下ろされたショートソードを、キングは力強く受け止めた。
「私は前に進むっ! 過去を振り払って!」
「終わるのは貴様だクイーンの片割れよッ! かつて封じられた雪辱、ここで晴らしてくれようぞッ!」
しばし激しい鍔迫り合いが続いた後、そのまま剣と剣の応酬が続く。拮抗する戦いに痺れを切らした永久が武器をショートソードから大剣に切り替えると、キングから一度距離を取って大剣を振り上げる。
「おおおおおっ!」
雄叫びを上げて永久が大剣を振り下ろすと、大剣から真っ白な衝撃波が放たれる。キングはそれにピクリと反応するやいなや、衝撃波を飛び越えるような形で跳躍し、永久へ右腕を伸ばした。
「――――っ!?」
伸ばされた右腕は凄まじい速度で変質すると、ヘドロにも似た流動的な形質へと変化する。そしてそのヘドロ状のソレはバックリと口を開けると、鋭牙を剥き出しにして永久へ噛み付かんと肉薄する。
「くっ……!」
どうにか無理矢理身をかわした永久へ、今度は右腕と同じような形に変化したキングの左腕が迫る。流石に完全には避け切れず、永久のロングドレスから剥き出しになった右肩が僅かに噛み千切られた。
苦痛に表情を歪めつつも、永久は一度態勢を立て直すために急降下して地面に足をつける。
「ッハァッ!」
永久を追うようにして着地したキングは、再び右腕の”口”を永久へと突き出すが、永久は素早く身をかわして武器を日本刀へ切り替えた。
「……このっ!」
下から斬り上げるようにして振られた永久の日本刀が、キングの右腕を両断する。ドロリとした体液を撒き散らしながら地面へ落ちる右腕を、キングは気にも留めずに今度は左腕で永久へ襲いかかる。
左腕はみるみる内に二倍、三倍にも膨れ上がって永久を丸ごと飲み込まんとして大きな口を開ける。それに気づいた永久は慌ててキングから距離を取り、刀を構えた。
「……あなたっ……!」
先程から露骨な程に永久へ噛み付こうとするキングの思惑に、何か心当たりがあるのか永久は顔をしかめる。対するキングは相変わらず悠然と笑みを浮かべていた。
「貴様の中のコアはいくつだ? 自分のコアが約半分、ポーンのものが半分……そして――――」
「ナイト……!」
キングの言葉の続きを紡いだのは、キング自身ではなく永久だ。ナイトが託したあのコアを、永久は既に自分の中に取り込んでいる。命を賭してナイトが託した魂を、永久はしっかりと受け取っているのだ。それをわざわざキングが確認する意味を理解して、永久は自分の全身に怖気が走るのを感じた。
「お前を……コアを喰わせろ……!」
ここでやっと、キングが単体で永久の元へ現れた理由を永久は理解した。キングの目的は封印された雪辱を晴らすことでも、最後と思しき欠片を奪うことでもない。
最初から永久自身が、正確には永久の中にあるコアが目的だったのだ。
「これ以上力を手に入れて……一体何が目的だっていうの!?」
「さあなぁ? あるに越したことはない。力の使い道は得てから考えるものだ」
ドス黒く、それでいて純粋とさえ思える程の強欲。キングの言葉に、永久はただその場で戦慄した。