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World×World  作者: シクル
少女が見た夢
109/123

World14-2「それともダンスはお嫌いかい?」

 黒服の男達から逃れた永久達は、街道からは少し離れた場所にある橋の下へ逃げ込んでいた。周囲はあまり人通りがないのか、人の気配はない。

 橋の下にはテントが張っており、逃げる先としてこの場所を男が指定したことも考えると、男は恐らくここに住んでいるのだろう。

「……助けてもらったことには礼を言う。だが目的がわからん。何者だ?」

 少し睨みつけるような視線を向けて、男は静かに永久へそう言う。

 黒い短髪の、精悍な顔立ちの男だ。大柄ではないものの服の上からでもわかる程筋肉は発達しており、睨みつけられると威圧感がある。顔にはタトゥーのような印がしてあり、それが永久の目を引いた。

「いやその、なんか……困ってるみたい、だったし」

 当然永久には何の目的もない。ただあのカフェテラスから見えた路地裏で、男が黒服の男達に取り囲まれているのを見つけて思わず飛び出してしまっただけである。打算も何もない、ただ助けようとしただけだった。

「信用出来んな。俺に関わることが得策でないことくらいわかるだろう?」

「ううん、わかんないよ。だって私、このせか……じゃない、この国に来たばかりだし」

 永久の言葉に、男は眉をピクリと動かした後、ジロジロと永久を眺め始める。

「言われてみれば見ない格好だな。水兵か?」

「水兵……?」

 永久がキョトンとした表情を見せると、男はしばし黙した後違うのか、とだけ呟いた。

「その服が水兵の制服と似ていたのでな。違うのならすまなかった」

「あ、いや、謝るようなことじゃ……。それより、あなたはどうして囲まれてたの?」

「……言い方は悪いがお前には関係のないことだ」

 男は冷たくそう言い放つと、永久へ背を向ける。

「見ての通り俺には家も仕事もないのでな。すまないがお前に礼の一つも出来ない」

「そんな、良いよお礼なんて!」

 首を左右に振りながら永久がそう答えていると、どこかから誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。一瞬先程の黒服達かとも思ったが、橋の下まで駆け寄ってきたのは一人の小さな少女だった。

「ダーーーン!」

 男に飛びつかんばかりの勢いで走ってくるその少女に、男は少しだけ表情を緩めたがすぐに厳しい視線を向ける。

「ここには来るなと何度も言ったハズだ」

「えー! ダンは私のことが嫌いなの?」

「……そうは言っていない。スカーレット、お前には他にやるべきことがある。俺なんかに構っているのは時間の無駄だ」

「ダンまで先生達とおんなじこと言うのね! ピアノもテーブルマナーもダンに会うことと比べたら全然面白くないわ、それこそ時間の無駄よ!」

 薄汚れた服装の男――――ダンとは対照的に、スカーレットと呼ばれたその少女はどこかお嬢様然とした服装だ。ドレスのようなデザインのワンピースの裾からは沢山のフリルが覗いている。スカーレットは肩までの金髪を右手で弄びながら、何かに気づいたような表情でチラリと永久へ目を向けた。

「あら、こちらの方は? すごく綺麗な黒髪!」

「あ、そういえば自己紹介がまだだったよね。私は永久、坂崎永久」

 聞き慣れない名前なのか、ダンもスカーレットもイマイチピンと来ていない様子だ。

「外国の方なのね! 私はスカーレット・アルケミラよ!」

 よろしく、と差し出したスカーレットの手を握り返し、永久はこちらこそ、と微笑んで見せる。格好や雰囲気こそ高貴ではあるが、それを鼻にかけるような様子はない。スカーレットの屈託のない笑顔は、見ている永久も気分が良くなるくらいだった。

 しばらく、自己紹介を促すように永久とスカーレットがダンへ視線を向けていると、ダンは諦めたような表情で嘆息して見せる。

「……ダン・ウリア。改造兵士だ」

「ちょっとダン!」

「隠して何になる? 顔のマーキングを見ればわかることだ」

 あっけらかんとそう答え、ダンは不思議そうな顔をしている永久に対して言葉を続ける。

「トルベリアとの戦争中に人体改造を施された兵士のことだ。今この国では疎まれているがな」

 ――――信用出来んな。俺に関わることが得策でないことくらいわかるだろう?

 疎まれている改造兵士。ダンの素性を聞いて、永久はやっと先程のダンの言葉を理解する。となると、ダンがあの黒服の男達に囲まれていたのもダンが改造兵士であることと関係があるのだろうか。

「そういえばダン、永久さんとはどういう関係なの?」

「……ちょっとな。別に大したことではない」

 ややジト目でそう言うスカーレットに、ダンはそう答える。スカーレットはしばらく詳細を聞きたそうにダンを見つめていたが、やがて諦めたのかおどけた様子で肩をすくめて見せる。

「はいはい、どうせダンは話してくれないんでしょ。いいよもう、永久さんに聞くから」

 プイとダンへそっぽを向いた後、スカーレットは永久の方へ歩み寄る。

「ごめんね、ダンって無愛想で。どこで知り合ったの?」

「あ、えっと……」

 あの路地裏での一件をスカーレットに話すべきなのか、判断しかねて永久は戸惑う。そうしてどう答えたものかと永久は考えを巡らせていたが、不意にビクンと肩をびくつかせた。

「永久さん?」

「――――欠片だ……!」

 永久がそう呟いたのと同時に、橋の上から二つの人影が飛び降りて来る。一人はいかつい大柄な男で、もう一人は細身で背が高く、糸目の男だった。

 どちらも顔にダンと似たマーキングがされており、それがダンの言う通り改造兵士の証なのだとすれば、この二人もダンと同じ改造兵士なのだろう。二人共サーベルらしき武器を帯刀しており、軍服らしきデザインの服を着込んでいることから軍人であろうことが推察出来る。

 橋の方を見上げると、一台の蒸気自動車が停められていた。

「……イスタ・レスタ」

 呟くようにダンがそう言うと、大柄な方――――イスタは小さく頷いて見せる。

「ここにいたのかダン。その少女と共に来てもらおう」

 そう言ってイスタが手招きすると、スカーレットは怯えた様子でダンに寄り添う。ダンはスカーレットを庇うようにして彼女を後ろへ追いやると、イスタをギロリと睨みつけた。

「何度も言わせるな。俺はお前達に協力するつもりはない」

「お前こそ何度言えばわかる? 俺達改造兵士の居場所は、戦いしかないのだと」

 ダンとイスタはしばらく睨み合い、周囲を剣呑な空気が包み込む。永久には事情がわからなかったが、とりあえず今はダンの味方をするつもりなのだろう、ダンと同じくスカーレットを庇うようにして身構えている。

「戦うために生まれた俺達に平和は必要ない。所詮俺達は兵器だ、戦うことでしか生きられない」

 ダンは何か言い返したそうに表情を歪めていたが、イスタの言葉を否定出来ないまま顔を背けている。

「来い、ダン・ウリア。お前の生きられる場所は、俺と同じでこちら側だけだ」

「違う。俺は……ッ!」

「なら――――」

 ダンが言葉を言い切るよりも早く、イスタはダンへ接近するとその腹部へ拳を叩き込む。

「うッ……!」

「ダン!」

 慌てて永久がダンの元へ駆け寄ろうとすると、すかさずサーベルを抜いた細身の男が永久へ襲いかかる。慌てて永久がショートソードを出現させてサーベルを受け止めると、細身の男は不敵に笑って見せる。

「おや、奇術か何かですかい? 一体その剣……どこから出したんですかねお嬢さん……このマシモフ・アシモフに――――」

 数刻の鍔迫り合いの後、細身の男――――マシモフは強くサーベルを振り抜いて永久のショートソードを弾いた。

「教えてくだせぇよォッ!」

「くっ……!」

 態勢を立て直しつつ、永久はマシモフを睨みつける。どうやら欠片を持っているのはこの男のようで、マシモフからは強く欠片の気配が感じられた。

「どいて! 今はあなたの相手をしてる場合じゃ――――」

「釣れないねお嬢さん、踊りましょうや。それともダンスはお嫌いかい?」

 そんなやり取りをしている内に、イスタは呻くダンを尻目に強引な手つきでスカーレットを右手で引き寄せていた。

「放して! お父様が黙っていないわよ!」

「囀るな。別の鳥カゴへ移るだけだ」

「スカーレットッ!」

 スカーレットを取り返そうとしてイスタへ掴みかかるダンだったが、イスタはスカーレットを抱き寄せてバックステップでダンを回避すると、チラリとマシモフへ目で合図を送る。

「っと。良いんですかい? ダンは?」

「今はスカーレットだけで良い。ダン、どうするかはお前が選べ」

 ダンへ視線を戻し、イスタはそのまま言葉を続ける。

「このまま何もせずに腐るのか、我々の側につくのか……選ぶのはお前だ、ダン」

「待て、スカーレットを放せ! 彼女は関係ない!」

「行くぞマシモフ」

 ダンの言葉には取り合わず、イスタがそう言うとマシモフはコクリと頷いてポケットの中から閃光手榴弾を取り出す。それに気づいた永久とダンが表情を変える頃には既に遅く、炸裂した閃光が永久とダンの視界を奪っていた。

「待て、イスタ! イスタ・レスタッ!」

 ダンの叫び声も虚しく、光が収まる頃には既にイスタとマシモフ……そしてスカーレットはその場から消えていた。恐らく橋の上に停めていた車で移動したのだろう、もうどこに行ったのかわからない。欠片の気配は少しだけ残っていたが、マシモフが欠片の力を使った様子はなく、気配も微弱なせいでやはり正確な位置がわからなかった。

「やはり彼女は……スカーレットは俺といるべきではなかった……! 俺が巻き込んだ……俺のせいだ!」

「……ねえ、あの人達はどうしてスカーレットを……?」

 永久の問いにダンが答えるまで、しばしの沈黙があった。一秒、二秒と永久が返答を待っていると、やがてダンは静かに口を開く。

「彼女は……スカーレット・アルケミラは……この国の首相、グレイトン・アルケミラの一人娘だ」

 ダンの言葉に、永久は小さく息を呑んだ。


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