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World×World  作者: シクル
少女が見た夢
108/123

World14-1「従うつもりはない」

 そこにあるのは、無数の死体の山だった。

 立っているのは、後方に控える味方を除けば己のみ。うず高く積み上げられた死体の頂で、男は呆然と空を見上げた。

 灰色の空は雨粒を落とし続けるばかりで、男の空虚な表情を彩ってはくれない。

 後方から感じるのは怯えや恐怖ばかりで、尋常ならざる戦果を上げた男を誰一人として称賛しようとしない。

 男にとって戦いは全てで、勝利することのみが存在理由だった。それが正しいと信じてやまなかった……というよりは、そう信じることでしか存在意義を自分に見出すことが出来なかったのかも知れない。

 男は心のどこかで知っていた。自分には他の生き方など存在せず、人が夢見る一般的かつ平凡な未来など訪れないということを薄々感づいていた。この戦争が終われば自分がどうなるのか、考えないようにしながらも心の奥底ではハッキリと理解していた。

 ゆっくりと。男は頂から降りる。血まみれの腕や足の階段を降りて大地を踏みしめた時、何かを踏み潰したような気がしたが、振り返りもしないで男は味方の元へと戻っていく。

 男の背後で、小さな花がクシャリと潰れていた。









「あ、あのさ……」

「あら、何?」

 やや引きつった笑顔を浮かべる英輔に、“鏡子”は屈託ない笑みを浮かべて英輔の口元についたコーヒーをハンカチで拭き取る。

 そんな二人の様子を見ながら由愛は溜息を吐き、永久と美奈子は穏やかに笑みを浮かべながら紅茶を口にしている。

「そういえば英輔はコーヒーが飲めるようになったのね。ミルクを入れていたけど、昔は牛乳すら飲めなくて朝大泣きしてたのに……大きくなったわねぇ」

 べたべたと寄り添いながら頭をなで始める鏡子を邪険に出来ず、英輔は諦めたように嘆息した。

 英輔達がいるのはカフェテラスで、当然人の目もある。他の客や由愛達の視線が恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、英輔は困り果てた様子で鏡子を見つめている。

「頼むからべたつくのやめてくれって! 俺ももうガキじゃねえんだよ!」

「何を言うの! 何歳になってもあなたは私のかわいい子供よ」

 結局人前でも構わずべたつき続ける鏡子であった。



 ナイトの協力を得て、なんとか窮地を脱した永久達は客室にて休息を取った後、永久の感覚を頼りに次の欠片を探して新たな世界へと旅立った。

 動ける状態になるまでにはそれなりに時間を要したため、恐らく残っている欠片のほとんどは刹那が回収しているであろうことが推測されたため、今回の欠片が最後の欠片になってしまっても不思議ではないだろう。

 今回訪れた世界は、永久達が元いた世界に比べると百年程前のようで、鏡子が言うには大体十九世紀くらいのヨーロッパに近いのではないかとのことだった。

「それにしても……手がかりらしい手がかりは見つかりませんね」

 飲んでいた紅茶を飲み干し、静かに一息吐いて美奈子がそう言うと、隣で永久が頷く。

「うーん微かには感じられるんだけど、もう少しハッキリしないと位置がわからないんだよね……」

 永久のコアはほぼ修復され、ポーンやナイトのコアも取り込んでいることもあってかなり強化されているハズだが、どうにも永久は欠片やコアの探知はあまり得意ではないらしい。永久が言うには、刹那は欠片の探知がかなり精密だったらしいのだが、逆に永久は欠片の探知についてはひどくアバウトなようなのだ。

「それはそれとして……」

 言いながら持っていたティーカップをコースターへ置き、永久は鏡子をジッと見つめる。

「メガ鏡子さんだね!」

「いやこのサイズが普通よ永久」

 そもそもメガもプチもなかった。



 前回刹那にプチ鏡子が破壊されたため、境界から出られない鏡子は旅に同行することが出来ないのだが、事情を理解した龍は例外的に鏡子が次の世界へ行くことを許可した。もう既に永久が他のアンリミテッドを破壊出来る程に力を取り戻していることを理解している龍は、名目上は「断った場合の永久による報復を恐れて」鏡子が外の世界へ出ることを許可していた。

「あの龍、なんだか情が移ったって感じがするわね」

 口の中で氷を弄びながら由愛がそう言うと、鏡子は小さく頷く。

「……そういう見方も出来なくはないわね」

 かつての龍であれば、こんな例外は認めなかっただろう。それに、英輔に龍衣を与えるようなことだって恐らくしない。そもそも鏡子と龍が接触することはほぼなかったし、鏡子はただ黙って境界を管理するだけだった。

「どちらにしても、こうして生身で動けるのだから、私もしっかり欠片探しに協力したいわね」

「……うん、鏡子さんの助けがあれば百人力だよ!」

 ニコリと微笑む永久に、鏡子も釣られるようにして笑顔を返した。



 そんな会話を五人がしていると、カフェテラスの隅の席に一人の男が座った。元々客は多い方ではなかったが、男がそこに座った途端、その周囲の席にいた客達が矢継ぎ早に席を移動したり帰り支度をし始める。そんな様子を、英輔は訝しげに見つめていた。

「なんだぁ、ありゃ?」

 男は強面で、体格もかなりいかつい。巌のような、という表現がしっくりくるその風貌はそれだけで威圧感があったが、だからと言って避ける理由としては不十分に思える。

 よく見ると顔にはタトゥーのような印がついており、男のいかつい顔つきも相まって近寄り難さを強めている。

「あちらのお客様ですか?」

 思わず英輔がジッと男を見ていると、女性の店員が机の上のカップを片付けながら英輔へ声をかける。

「あ、いや、すいません……!」

「申し訳ありません。当店ではお客様の素性や経歴で入店をお断りすることはございませんので……」

「え、いや、なんで他のお客さん、あの人から離れたのかな……って」

 英輔の言葉に、店員はしばらくキョトンとした表情をしていたが、やがて英輔達の服装を見て何か納得したかのように小さく両手を叩いた。

「あまり見かけない格好ですけど、もしかして遠くからいらっしゃったのでしょうか? でしたらご存知ないのも無理はありませんね」

 遠くと言えば遠くなのだが、やはり異世界がどうのこうのと説明するわけにはいかず、英輔の代わりに鏡子が適当に国外から来たことにしておくと、店員は隅の男について話し始めた。

 なんでもこの国、リリグアはかつて隣国のトルベリアから攻めこまれ、戦争をしていたらしいのだ。しかし数年前にリリグアの勝利という形で戦争は終結しており、その時リリグアを勝利に導いたのが――――

「改造兵士?」

 店員の言葉を英輔が繰り返すと、店員は小さく頷く。

「ええ、私も詳しくは知りませんが、人体実験で強化された兵士なんだそうです」

「それがあの隅のおっさんってこと?」

 由愛の容赦ない“おっさん”発言に、店員は苦笑しながらも相槌を打つ。ちなみに男は全体的にいかついものの、少しだけ幼さが残っておりおっさんというよりはまだ青年と言った顔立ちである。

「……かつての英雄も、平和になった今では畏怖の対象でしかない、ということですか」

 少しだけ不愉快そうに呟いて、美奈子は目を伏せる。彼女、下美奈子は改造兵士に近い存在だ。思うところがあるのか、美奈子はそれ以上改造兵士の男については何も言おうとはしなかった。

 話し終え、店員が英輔達の傍を離れてから数秒後、不意に由愛があれ? と間の抜けた声を上げる。

「……どうかしましたか?」

 美奈子がそう問うたが、由愛はすぐには答えずにキョロキョロと辺りを見回している。そんな由愛の様子を見て、他の三人も異変に気がついたかのように口を開けた。

「永久、いなくない?」

 決定的な言葉を由愛が口にした瞬間、しばしの沈黙が訪れる。

「……おい、誰だよ永久から目ェ離した奴」

 呆れ顔で英輔が沈黙を破った後、四人分の溜息がテーブルの上に落ちていった。





 英輔達がカフェテラスで溜息を吐いている頃、一人の男が路地裏黒服の男達に囲まれていた。男は抵抗するような素振りは見せず、落ち着いた様子で黒服の男達を見つめている。

「何度来ても無駄だ。俺はお前達と手を組むつもりはない」

 冷たく男が言い放つと、黒服の内一人が銃を取り出してその銃口を男へ向ける。すると、他の黒服達もそれにならうようにして銃を取り出した。

「……銃で俺が言うことを聞くとでも思うか?」

「従わないようなら殺してしまえと言いつけられておりますので」

 淡々と黒服がそう答えると、男は小さく舌打ちをする。こんな狭い場所で囲まれ、その上これだけの数の銃口に囲まれているとなると、仮に逃げることが出来たとしても無事ではすまないだろう。

 男はしばらく考え込むような表情を見せていたが、やがて諦めたようにわざとらしく溜息を吐いて見せた。

「好きにしろ。従うつもりはない」

 吐き捨てるように男がそう言うと同時に、複数の銃口から一斉に弾丸が発射される。しかし、その弾丸は突如現れた何者かによって防がれる。

「――――ッ!?」

 当然その場にいた全員が驚き、突然現れた紺色の乱入者に視線を集中させる。

「えっと、大丈夫?」

 緊迫した状況下にはどこか不釣り合いな、明るい少女の声だ。西洋甲冑を身にまとい、身の丈程の大剣によって弾丸を防いた少女――――坂崎永久は、男の方を振り返るとすぐに武器を切り替えた。

「貴様ッ!」

 閃光と共に武器を二本のショーテルに切り替えた永久は、半ば強引に男の手を掴むと、ツインテールを揺らしながら高速で黒服達の間を駆け抜けていく。数秒と経たない内に永久と男はその場から消えており、路地裏では黒服達がポカンと口を空けて呆然としているだけだった。


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