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World×World  作者: シクル
一切れのパン
102/123

World13-5「傷痕」

 派手に吹っ飛んだのは永久も英輔も同じだった。お互いの力の反動で激しく吹き飛ばされ、英輔は大木をぶち抜いて背中から地面に叩きつけられる。永久の方も同じ吹き飛ばされたようだが、由愛達のいる場所からはどうなったのか確認出来ない。

 由愛はしばらく逡巡するような様子を見せたが、やがて英輔の方へ視線を向けると、すぐに英輔の方へ駆け寄っていく。

「英輔!」

 その後ろを美奈子が追いかける。由愛と美奈子が英輔の元へ辿り着いてすぐに英輔の安否を確認したところ、かなりの疲労とダメージはあるものの死んではいないらしい。既に龍衣と呼ばれる鎧は外れており、ボロボロになった英輔が仰向けに倒れているだけだった。

「英輔! 返事をしなさい、英輔!」

 金切り声を上げつつ、美奈子の肩から英輔へ飛び込むプチ鏡子だったが、英輔は気を失ったまま何も答えない。

 英輔にあの力を与えたのは、境界の龍だ。永久と戦える力が、助けられる力が欲しい。そんな英輔の思いに応えた龍は、英輔の願った通りの力を与えた。デメリットのない力などない。今は永久との戦いで傷ついているだけのように見えるが、英輔がどんな代償を支払ったのか誰にもわからない。

 ここに来る前、英輔の頼みに応えてゲートを開いたことをプチ鏡子は心底後悔する。

 ――――俺はもう、由愛や永久が泣いてるとこなんて見たくねえんだよ。だから……頼む。

 英輔が本気なのは目を見れば理解出来た。だからこそ鏡子は門を開いたし、龍もそれに応えたのだろう。もう失いたくない、英輔がそう強く思うのはきっと父の死が原因なのだろう。英輔の気持ちは理解出来るし、鏡子だってそれは同じだ。だけれども、目の前でこうして息子が傷ついて、ボロボロになっている姿には耐えられるハズがなかった。

「永久様……!」

 向こうでは慌てた様子のナイトが永久を捜して駈け出している。刹那の方はどこか落ち着いた様子で、退屈そうに自分の髪をくるくると右手でつついていた。

「はぁ。台詞がお寒いのね、永久の仲間は」

 その言葉に対して、一番最初に反応を示したのは由愛だ。目に涙をためたままキッと刹那を睨みつけ、由愛は感情のままに言葉を吐き出した。

「馬鹿にしないで……! アンタなんかが、英輔を馬鹿にしないで!」

「馬鹿を馬鹿にするのは至極当然のことよお馬鹿さん。アンリミテッド相手に無茶して、クソガキみたいな理想論垂れ流して、寒いったらありゃしないわ。あんなのにやられちゃった永久にもガッカリよ、私」

 平然と、未だに髪をいじりながら刹那はそんなことをのたまう。それが許せないのは由愛だけではなく、美奈子やプチ鏡子もギロリと刹那を睨めつけた。

「あら、あらあらあらあらお気に触ったかしら? ごめんなさいね。私よく人を怒らせちゃうの、何でかしらね」

 クスリと笑みをこぼして、刹那は挑発的な態度をわざとらしく取って見せた。

「全部……全部アンタのせいでしょ! 永久を騙して、あんな風にしてっ……! 英輔がこんなになったのだって……!」

 涙まじりに由愛がそう言い始めた途端、刹那の姿がその場から一瞬で消える。

「――――っ!」

 そして次の瞬間には由愛の眼前まで接近し、容赦なくその首を掴みあげた。

「うっせーのよクソガキ。私のせい? そうよ私のせい。それが? じゃあ私が全部悪いとしてあなたは何が出来るの? やって見せなさいよ、ほら、怒ってんでしょ、ぶっ殺してみなさいよ!」

「アン……タなんかぁぁぁぁぁぁっ!」

 歯を食いしばり、刹那の顔面へ右手をかざす由愛だったが、黒弾が生成されるよりも刹那の左手が由愛の右手を握りしめる方が早い。今にも折らんばかりの力で刹那は由愛の首と右手を握り続ける。

「アンリミテッドクイーンっ!」

 恐らくアンチ・インフィニティが装填されているであろう銃を構える美奈子に、刹那はまるで盾にするかのように由愛の身体を突き出した。

「はい、どうぞ。いつでも撃ちなさい? やってみなさいよ愚図。憎いでしょ私が。お祖母ちゃんを殺した仇よ?」

 刹那の挑発に、美奈子は身体を震わせる。殺したくて仕方がなかったし、今にも引き金を引いてしまいそうだったが、そうやって美奈子や由愛から冷静さを奪うのが刹那のやり方だ。管理局が襲われた時と同じやり口に、また乗るわけにはいかない。

「……冷静なフリをしているようですが、あなたの方こそ冷静には見えませんね。どうかされましたか? 冷血に見えるあなたも、姉がやられたとなれば冷静ではいられませんか」

 美奈子の言葉に、刹那は一瞬だけ目を丸くしたが、やがて小さく鼻を鳴らしていつも通りの余裕に満ちた表情に戻っていく。

「言うのね。言われて見れば、私もあなた達のような取るに足らない蟻ん子に対して少し大人気なかったかしらね?」

 そう言って刹那が見せびらかすように由愛の身体を揺らしていると、紺のロングスカートから覗く足首を英輔の手が力強く掴んだ。

「はなッ……せ……! 放せよ……テメエッ……!」

 下から響く、呻くような英輔の声に刹那は冷めた表情を見せる。

「はいはいうるさいわね。ほら」

 ゴミでも放るように刹那は由愛を放り投げると、自身の足首を掴んでいる英輔の右手をいたぶるように踏みつけ始めた。

「がッ……あァ……!」

「で、どうしてくれんの。あなたのせいで永久がぶっ飛んじゃったわけだけど。責任取ってくれないかしら?」

 ここでついに、刹那が怒りを露わにする。やはり美奈子の指摘通り冷静ではなかったらしく、いつになくキツい目つきで英輔を睨みつけている。

 美奈子はすぐに発砲したものの、刹那は最低限の動きでそれを回避し、そのまま英輔をいたぶり続けた。

「ほら答えなさいよ。どうしてくれるのって聞いてんのよ私は。人の質問には答えなさいって習わなかったかしら」

「やめて……! やめなさい、刹那ぁっ!」

 普段の様子からは想像も出来ないような悲鳴を上げるプチ鏡子を、刹那は嘲るように笑う。狂気を孕んだその笑い声に、美奈子は歯を軋ませた。

「坂崎刹那っ!」

 危険だとわかっていながらも、美奈子が刹那との距離を詰めんとして一歩踏み出そうとした――――その時だった。

「刹那様!」

 不意に、先程永久を捜しに行っていたナイトの声が響く。全員が声のした方向へ目を向けると、ナイトがひどく狼狽した様子で息を荒げていた。

「永久様が……永久様が見つかりません」

「はぁ? そんな訳が――――」

 言いかけ、刹那は眉を潜める。

「……随分とこっぴどくやってくれたみたいね。こんなに弱ってちゃどこにいるのかわからないわ」

 どうやら先ほどの戦いで永久は随分とダメージを負っているらしく、かなり力が弱まっているようだった。アンリミテッド同士はコアの力で互いを感じ取ることが出来るが、今の永久は随分と弱っているらしくコアが完全なナイトでも正確な位置を感じ取ることは出来ないらしかった。

 ナイトは心底永久のことを案じているのか、いてもたってもいられないとでも言わんばかりの様子である。そんなナイトの様子に呆れたのか、刹那は小さく溜息を吐いて見せると英輔の手から足を放した。

「めんっどくさいわね……どうしようかしら」

 依然として銃を構えたままでいる美奈子を無視したまま、刹那は人差し指を口元にあてて何かを思案するような様子を見せる。それを隙だと判断し、即座に美奈子は発砲したが刹那はわかっていたかのように回避した後、瞬時に出現させた日本刀で美奈子の銃を切り裂いた。

「――――っ!」

 いや、正確には刹那は美奈子自身を斬るつもりだったのだ。美奈子の反応が後数瞬遅れれば、両断されていたのは銃ではなく美奈子自身だっただろう。

「じゃ、ちょっと試してみましょうか」

 刹那は不敵にそう微笑んだ後、目の前の美奈子に勢い良く膝蹴りを叩き込んだ。









 穏やかな流れに身を委ね、永久はどこかまどろみにも似た感覚の中たゆたっていた。

 全力だった。力も、思いも、言葉も、必死でぶつけた。そのせいか何だかすっきりしたような気さえしてしまう。全力だったのはきっと英輔も同じだ。口では英輔を突き放すようなことを言い続けた永久だったが、英輔が今まで出会った誰よりも本気でぶつかってきてくれたことが少し嬉しかった。

 水の流れが心地良い、何もかも委ねてしまってこのままたゆたっていたくなる。

 少しずつ、少しずつ意識が薄れていく。もう段々と思考もまとまりがなくなり、取り留めもなく色んなことをバラバラに思い出していく。

 思い出すのは昔のことや、刹那と旅したことよりも、今まで無駄だったと否定し続けてきた旅のことばかりだった。

 沢山の出会いと別れがあって、色んな思いに触れて、何度も何度も戦いを重ねていたあの旅は決して楽な旅路ではなかったけれど、今思えば由愛や英輔、プチ鏡子と過ごした日々はきっと楽しかった。

 果たしてその旅に意味がなかったのか、本当に何にも価値はないのか、もうわからない。考える気力ももうなくて、永久はそっと意識を手放し始める。



 どこかで誰かの声が聞こえる。何か叫んでいるようだったが、もう何を言っているのかまるでわからない。そんな声に耳を傾けたまま、永久の意識は眠るようにして途切れた。


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