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World×World  作者: シクル
一切れのパン
101/123

World13-4「君が泣くなら」

 輝きの中から姿を現した英輔は、文字通り「鎧」を身にまとっていた。龍の頭部を模した兜に、龍の爪や牙を模した鋭利な装飾が至るところに施されている。その黄金色の鎧で全身を包み、英輔は周囲に雷の魔力を迸らせながら永久を真っ直ぐに見つめていた。

 決意、怒り、覚悟、その視線だけで英輔の様々な感情が永久へストレートに伝わってくる。思わずたじろいだ永久とは対照的に、英輔は堂々とその場へ佇んでいた。

「え、英輔……?」

 姿だけではない、纏っている雰囲気そのものが別人のように変貌してしまった英輔を見て、由愛は困惑の声を上げる。美奈子の手の中ではプチ鏡子が震えており、美奈子は事態が飲み込めないままあたふたしていた。

「一体……一体何が起こったというのですか……!? アレでは……アレではまるで……」

 その圧倒的な存在感、一目でわかる暴力的なまでの魔力。英輔は元々魔力が常人より多い方だったが、今の英輔から感じられる魔力は完全に人間の域を超えていた。

 そう、人間の域を超えた超常だ。美奈子のいた次元管理局では、それらの存在を「超常」と称していた。

「ダメよ英輔! そんな力危険過ぎる! あなたにどんなデメリットがあるかわからないのよ!?」

 聞こえていないのか、あえて聞こえないフリでもしているのか。英輔は真っ直ぐに永久を見つめたまま一度も振り返らなかった。

「ねえ英輔。どうしてそんなことするの……? 無茶苦茶だよ、それ。そんな力……無事じゃすまない……」

 細い声でそう言って、永久は不安げに英輔を見つめる。これだけの力が、そんな簡単に手に入るわけがない。大きな力には必ず代償がある、恐らく英輔の纏う龍衣とて例外ではないだろう。

「お前が全部ぶっ壊すってンなら、俺は力づくでも止めてやる! それだけだッ!」

 ――――その力は使っている限り貴様の魂と魔力を削り続ける。そうまでする理由が貴様のどこにある?

「わからない……! どうしてなの英輔!? そんなことしたって、何の意味もないよ!」

「泣いてたんだ……」

 ほんの少しだけ、顔をうつむかせて英輔が呟く。ポツリと落ちた言葉が、涙のように地面に染みこんでいった。

「俺の大事な奴らがさ、みんな泣いてンだよ……ッ」

 ――――望むのならくれてやる。だがそれだけでは勝てぬこと、貴様は十分わかった上で挑め。

「そんだけだッ! そんだけで良い! 戦う理由も、意味もッそんだけだッ!」

 ――――良かろう。全ては貴様次第だ。

「本気なんだね、英輔」

 次の瞬間、永久の身体から漆黒のオーラがにじみ出る。前にルークと戦った時に見せたオーラを遥かに凌ぐ程にドス黒く、そして力を増したそのオーラには、永久の抱く負の感情全てが込められていた。

「だったら私も本気。もう手加減は出来ないっ!」

 永久の背中から姿を現したのは、真っ黒な翼だった。かつては純白だったその翼は、今や闇のような黒に染まってしまっている。黒い羽を周囲に舞わせながら、永久はショーソードを強く握りしめて英輔目掛けて羽ばたいた。

「英輔っ!」

 滑空し、凄まじい速度で英輔へ向かって行く永久へ対抗するように、英輔は力強く地面を蹴って跳躍すると永久目掛けて龍衣に包まれた右拳を突き出す。

「永久ァァァァァッ!」

 永久のショートソードは英輔の拳にぶつかる直前で、魔力障壁によって防がれる。周囲に雷の魔力と漆黒のオーラを迸らせながら、永久と英輔は互いに右手へ力を込める。

「俺はもう、誰も泣かせたくねェッ!」

「誰も泣かない世界なんてない、あり得ない! だから壊すんだ!」

 お互いに拳とショートソードを弾き合い、一度距離を取る。その後すかさず先手を打ったのは英輔で、右腕から迸る魔力を集中させて一気に永久へと射出する。

 それはまるで一筋の閃光で、瞬く間に永久へと直進していく。

「こんっなもの!」

 瞬時にショートソードから切り替えたフランベルジュで魔力の閃光を消滅させ、今度は大剣へ切り替えると片手で大きく振り上げる。

「壊れてよっ!」

 振り下ろされた大剣から放たれる衝撃波はドス黒く、周囲の木々を消し飛ばしながら英輔へと向かって行く。

「おおおおおおおおおおおおおッ!」

 それに対して英輔は、両腕に魔力をかき集めて左右の手を同時に衝撃波へと突き出す。すると、英輔の両手から放たれた膨大な量の魔力が永久の衝撃波を完全に相殺した。

「――――っ!?」

 これには永久も驚愕の色を隠せない。ポーンのコアを半分取り込み、刹那の協力によってかなりコアが修復された永久の衝撃波を、こうも簡単に相殺されるとは少しも想定していなかった。

 どうやら見掛け倒しではないらしく、今の英輔は本当に超常クラスの力を持っている。

「もう嫌なんだよ……! 誰かが悲しいのも、どっかいっちまうのも、もう沢山だッ!」

「それが当たり前なんだよ! 何の意味もないのに誰かが悲しんで、消えて、死んでっ! 私だってもう沢山!」

 そこまで言って、永久ははたと気づいてしまう。英輔もまた、自分と同じように父を失っていることに。

 記憶を失っていた頃の永久にはわからなかったが、あの時英輔がどんな思いでいたのか、今ならわかるような気がする。けれど永久と英輔は違う。愛されて、受け入れられて、守られた英輔と、愛されず、拒絶され、ただ失った永久。

 そこに意味があるだなんて思いたくもなかった。どうしてこんなに違ってしまうのか。考えれば考える程妬ましくて仕方がなかったし、愛されたくて仕方がなかった。

 英輔は最後まで愛された。永久は最後まで憎まれた。嫉妬で感情がぐちゃぐちゃになって、引き裂きたいくらいに英輔が憎たらしく思えてくる。戦いたくないだなんて嘘で、本当は英輔が妬ましくてたまらなくて、最初から殺したかったんじゃないかと思えるくらい今は憎悪にとらわれていた。

 意味なんてない、そう思わないとやり切れない。永久と英輔の違いに意味はない。ただ、悲しいだけ。

「永久……お前もだ!」

「は? なんのこと? 関係ない、私にはっ!」

 あからさまな憎悪を顔中に塗りたくり、永久は再びショートソードを振り上げて英輔へと迫る。

「愛された子供が甘い言葉を吐いてっ!」

 振り下ろされたショートソードを右腕と魔力障壁で防ぎながら、英輔はその態勢のまま永久へ顔を近づける。

「だって……だってよぅ……お前、こないだからずっと――――」

 不意に英輔が取った行動は、開いている左手や足での攻撃ではなく、頭を思い切り後ろへそらすことだった。その意味を永久が理解するよりも、勢い良く振られた英輔の頭部が永久の額へ直撃する方が早かった。

「泣いてンじゃねェかッ!」

 その強烈な頭突きに耐え切れず、永久はそのまま後方へ吹っ飛んでしまう。地面に激しく身体を打ち付けられてのたうつ永久だったが、すぐに身体を起こして態勢を立て直した。

「泣いてる……? 私が? 馬鹿言わないでよ!」

 武器を二本のショーテルへ切り替え永久はギロリと英輔を睨みつける。

「お前、ホントは何にも壊したくねェんだろッ!」

「知った口を聞くっ!」

 常人には視認することさえ不可能な速度で接近し、超高速のショーテルを繰り出す永久だったが、英輔はその全てに反応し、両腕で交互に防いで見せる。

「な――――っ!」

「全部勝手に抱え込みやがって馬鹿野郎がッ!」

 ショーテルを弾き、今度は英輔の拳が永久へと迫る。完全に英輔は今の永久の動きに対応していたし、それに迫る程の速度で拳を放っている。ポーンの一撃よりも重く感じられる英輔の拳をどうにかショーテルで受けながら、永久は歯噛みした。

 馬鹿にしていたつもりもなめていたつもりもない。ただ自身がアンリミテッドである以上、ただ魔力が使えるだけの人間である英輔相手に苦戦するようなことはないと思っていた、思い込んでいた。

 戦いたくない、傷つけたくない。それはどこまでも永久が英輔を圧倒する前提の思いだ。

「何でいつもッお前は勝手に一人になりやがんだよォッ!」

 一瞬の油断――――その隙に英輔の右拳が永久の顔面を捕らえる。

「永久様ッ!」

 ここで思わず声を上げたのはナイトだ。派手に吹っ飛んで倒れ込む永久へ駆け寄ろうとするナイトを、隣にいた刹那は右手で制止する。

「言いつけくらい守りなさいな」

「ですが……!」

 そうは言いながらも刹那の表情にもあまり余裕はない。龍衣を纏った英輔が、まさかここまでの力を発揮するとは思わなかったのだろう。永久とて力は抜いていない。むしろ感情的になっている分一切の加減がない程だ。

「勝手に一人に……? 違う、私は最初から一人だよ……刹那と私で一人きり――――」

「ああそうだよな! 最初から一人だと思えば、もう何にも失わねェですむ」

 ここで不意に、英輔は永久は嘲笑するように鼻で笑う。

「最初から何にもなけりゃ何にも失わねェ、何も悲しまねェですむ。楽だよな、その方がよ」

「幸せな人間は言うことが違うんだね。それじゃあ何? 私が逃げてるって言いたいの?」

「わかってンじゃねえか」

 永久よりも先に、英輔の言葉を聞いて刹那が歯を軋ませる。もし永久に止められていなければ、恐らく刹那は最速で英輔に襲いかかっていただろう。そんな刹那とは裏腹に、永久の方は言葉を返せずに言い淀んでいた。

「全部ぶっ壊しゃそれで良いなんて、そんなわけねえだろ! 刹那の口車に乗ってンじゃねえぞ永久!」

「違う! 口車なんかじゃない! 刹那は私なんだよ!? 刹那だけが私をわかってくれて、私だけが刹那をわかるの! 刹那の言葉は私の言葉だ!」

「刹那の言葉は刹那の言葉だ! お前は自分で考えるのやめちまって、刹那に寄っかかってんだよ!」

 刹那はわかってくれる。刹那は助けてくれる。刹那は自分だから、刹那の言葉は自分の言葉で、刹那が何でも言ってくれる、決めてくれる。後は刹那と一緒に、刹那の言う通りにやっていれば良い。そう思っていた、思いたかった。何かに寄りかからないと立てないくらいに足は弱々しく、華奢な体躯は小刻みに震えるばかりだった。もう自分の足では立てなくなって、歩けなくなって、どうしたら良いのかわからなかった。だからこそ刹那が差し伸べた手は救いになり得たし、刹那の言葉が全てになった。

 英輔の言う通りなのかも知れない。あの時ヨハンが亡くなって、刹那と出会って、そこから何か一つでも自分で決めただろうか。吐く言葉も刹那の言葉ばかりだ。

「目ェ覚ませよ永久! 今までの旅はそんなことするためにあったわけじゃねえだろうがよッ!」

「無駄……だったんだよ……旅も何もかも全部無意味で! 私さえも!」

「何でお前が……お前自身が、自分のしてきたこと、信じてやらねえんだ……ッ!」

「うるさい……うるさいうるさいうるさいっ! もう何も聞きたくない!」

 まるで子供のように首を無茶苦茶に振り回して、永久は再び漆黒の翼を広げる。右手に握られたショートソードには、真っ黒なオーラが集中し始めていた。

「馬鹿野郎ォォォォォッ!」

 それに応えるように、英輔も右腕一本に全ての魔力を集中させる。恐らく永久が次に放つのは全力の一撃だ。それに応えるならば英輔もまた全力でなければならない。

 迸る魔力とオーラが空中で弾け合ってバチバチと音を立てる。その剣呑さはこれから互いが放つ一撃が如何に強力であるかを物語っていた。

 鈍い輝きを放つは常闇の黒刃。

 眩い輝きを放つは龍王の閃光。

 英輔の右腕に集中した魔力が象っているのは、紛れも無く龍だった。

「英輔ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「永ォ久ァァァァァァァァァァァァァッ!」

 互いが互いを絶叫するかのように呼び合い、黒い刃と龍の拳が激突した。


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