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World×World  作者: シクル
一切れのパン
100/123

World13-3「覚醒の龍衣」

 とある廃屋を根城にして、刹那達はこの世界での活動を行っていた。まともな寝床を作る方法なんて手段を選ばなければいくらでもある、そう言っていた刹那に、永久は誰にも迷惑がかからないように偶然見つけた廃屋を根城とするようにどうにか説得したのだ。

 本来一日以上一つの世界に滞在することはほとんどなく、刹那と行動を共にするようになってからは凄まじい速度で欠片が集まっていた。残っている欠片はもう少ない、アンリミテッドクイーンのコアが完全な状態になるのに、もう然程日数はいらないだろう。

 刹那は、コアを半分ずつにしてまた共に生きようと言っていた。事実、刹那は手に入れた欠片を永久と均等に分け合うようにしており、コアの状態はもうほとんど変わらなかった。

「ねえ永久? もういっそのことあの子達のいる境界ごと壊してしまえば良いじゃない」

「……出来れば私は、皆を傷つけたくない」

 夜、廃屋の一室でベッドに腰掛けて提案する刹那に、永久は首を左右に振る。

「そんなことにもう意味なんてないのよ永久……。今はコアを完全にすることが最優先、そうでしょう?」

 諭すように言う刹那だったが、永久は首を縦に振ろうとはしない。もう刹那は何度もこの提案をしていたが、頑なに永久は拒否し続けている。あの時は容赦なく振る舞おうとしたものの、戦いながらもやはり永久は躊躇していた。

「……私は陛下の意思を尊重したいと考えております」

 不意にそう発言したのは、今まで黙っていたナイトだった。言葉だけでは永久と刹那、どちらの意思を尊重しようとしたのかわからないが、ナイトの視線は永久の方へ向けられている。そんなナイトへ、刹那はチラリと視線を向けると、少しだけ眉根をひそめて見せた。

「あら……私も陛下よ、ナイト」

「失礼いたしました。ですが私も陛下……永久様同様、あまり事を荒立てたくはありません。どうか、なるべく穏便に……」

「ふぅん。そう。騎士風情がよくもまあハキハキと意見するのね」

「……申し訳ありません。処罰は如何ようにも」

「ちょ、ちょっと待って! 処罰なんて……!」

 そう言って首を差し出すかのようにその場へナイトが跪いた途端、ナイトを庇うように永久は刹那の前へ立ちはだかる。

「……面白くないわ」

 心底退屈そうにそう呟いて、刹那は静かに部屋を後にする。その背中を少しだけ見送った後、永久は小さく顔をうつむかせて息を吐く。

「ありがとうございます。言葉だけでは感謝を伝え切れません」

「いいよ、そんなの……。私が、意気地なしだからいけないんだ」

 そう言って肩を震わせる永久に触れようとして、ナイトはすぐに手を止める。あくまで己は騎士であり、女王の剣だ。みだりに触れるようなことがあって良いハズもない。しかしそれでもナイトは手を引っ込めようとはしない。その肩はあまりにも華奢で、小さくて、強く触れれば今にも崩れてしまいそうだった。

 この悲しげな肩を抱き寄せてしまいたかった。何の代わりにもなれないとしても、少しだけでも彼女の寂しさを埋めることが自分に出来ればどんなに良かったか。

「陛下は、……陛下は、意気地なしなどではありません。ただ、優しすぎるだけです」

「弱さだよ」

「強さになり得ます」

「ならない。私が弱くて、意気地なしだから、何も救えない。例え強くたって、なんにも救えない」

 どうしてこんな少女が何かを背負おうとしなくてはならないのか。なまじ力があるとは言え、彼女は本来普通の少女として生きるハズだったのだ。きっともっと愛されたくて、遊びたくて、何かを楽しみたくて、町を歩く普通の少女のように生きていたいハズなのに。彼女が胸に抱えるものはあまりにも大きい。一人でなど抱えきれなかったから、コアは二つにわかれてしまったのだろうか。

「嫌だ……嫌だよ、戦いたくない……」

「陛下……」

 次の瞬間、倒れ込むようにして永久はナイトの胸元に顔を埋める。突然のことに目を見開くナイトだったが、何か察したのかそっと永久を抱き寄せる。

「ご無礼をお許し下さい」

「英輔は……大丈夫だよねっ……私、私もう嫌われたかな……もうダメかな……どんな顔して会えば良いの……欠片、奪わないといけないかな……っ!」

 弱音を吐き続ける少女を、ナイトはただそっと包み込むように抱きしめる。きっとこうして欲しいのはナイトにではなく、もういない父親なのだろう。けれど、これで少しでも彼女の心が安らぐのならどれだけ虚しくとも彼女を抱きしめていたいと思う。

「ごめんなさい……ごめんなさい……許して……」

「悪くありません。謝ることなど、何も……」

「助けてっ……」

 今日まで気を張り過ぎたツケが回ってきたのか、永久はその場で子供のように泣きじゃくり続けた。どうすることも出来なくて、ナイトはただ寄り添い続けながら、何も出来ない自分の無力さを噛みしめた。

「私でよければいつでも、どこでも、助けになりましょう」

 その思いも、言葉も、彼女にとっての本当の救いにはならないと知っていながら。









 永久と戦った翌日、すぐに四人は行動を開始した。

 英輔の傷は完治したわけではなかったが、どうしてももう一度永久と話がしたいと本人が言って聞かず、結局全員で客室を出て永久の捜索を始めることになる。

 町で聞き込みをした結果、町外れの廃屋に誰かが入っていくのを目撃したという証言があり、英輔達はすぐにその廃屋へと向かった。

 廃屋へ向かう道中も、英輔達の表情は浮かない。特に由愛の落ち込みようは酷く、昨日の夜泣き止んでからはほとんど口を聞いていない。かける言葉もうまく見つけられず、三人共が由愛にまともに声をかけられずにいた。

 落ち込んでいるのは他の三人だって同じだ。誰もが動揺していたし、未だにこの現実を受け入れ切れないでいる。

 そんな中、不意に口を開いたのは英輔だった。

「心配すんな。俺が永久の目を覚まさせる」

 英輔の言葉に、由愛は顔をうつむかせたまま答えない。いつもの憎まれ口もすっかりショックの中に沈み込んでしまっていた。

「アイツだって、好きでやってるハズがねェんだ。声が届けばきっと……」

「冗談言わないで!」

 英輔の言葉を遮るように、由愛は金切り声を上げる。もうその目にはたっぷりと涙が溜まっていて、瞬きすればすぐにでもこぼれ落ちそうな程だ。

「無理よ……! だって永久は英輔に襲いかかったのよ!? 消えたい、居場所がないって、あんなの……あんなのっ……」

 永久じゃない。消え入りそうな声でそう呟いて、由愛はその場に膝から崩れ落ちると泣き出してしまう。

「……英輔さん。申し訳ないのですが、私も由愛さんと同じ気持ちです。今の彼女に、声が届くだなんてとても思えない……。何か術でもかけられて――」

「……それはないと思うわ。あの子は自分の意思で動いている。それが見抜けないあなたじゃないハズよ……」

 悲しげにそう言ったのは英輔のポケットから顔を出したプチ鏡子だ。プチ鏡子の言葉に反論出来ず、美奈子は目を伏せたまま顔をうつむかせる。

「おい由愛、由愛!」

「――――何よ!」

 急に強く呼びかけられ、半ば苛立ち気味に返事をしながら由愛が顔を上げると、英輔は由愛のすぐ傍まで歩み寄って身を屈めて由愛と視線を合わせていた。

「一番アイツのこと信じたいのは、俺よりもお前だろうが」

「……だから何だって言うのよ! 永久はっ……永久はぁっ……!」

 言い始めてまた昨日のことを思い出したのか嗚咽混じりになる由愛の肩を、英輔は強く両手で握る。

「だったらまずお前が信じろ! アイツが今どうなってんのか、どうしたいのかわかんねえ、俺だってどうすりゃ良いのかわかんねえ! でもな、信じるくらいは出来ンだろ!」

「信じて何になるのよ……私は今までずっと永久のこと信じてたのに、裏切られたのよ! 居場所がないって、消えたいって言ってた私を助けてくれた永久が消えたいって、居場所がないって……だったら私は、私はどうしたら良いのよ! わかんないわよ!」

 元々由愛は強いわけではない。いつも強がって虚勢を張って、本当は歳相応の少女で誰よりも寂しがり屋だった。それでも永久を、永久の言葉を支えに歩いてきた……由愛を支えていたのは誰よりも永久だった。そんな支えを失った今、由愛がどうすれば良いのかわからなくなるのは至極当然なのかも知れない。

「そんなモン、俺にだってわかんねえ。けどな」

 そこで少しだけ間を置いてから、英輔は再び口を開く。

「お前がするべきことは、諦めることなんかじゃないハズだろ」

 そう言って背を向けた英輔の背中を、由愛はしばらくポカンとしたまま呆気にとられたかのように見つめていた。しかしやがて泣きながらもどこか悔しそうに顔を歪めて、落ちていた小さな石ころを英輔の背中に軽く投げつけた。

「……生意気、英輔の癖に」

「馬鹿、俺の方が年上だっつの」

 振り向くまでもなく英輔にはわかっている。もう由愛が、涙を拭い始めたことを。

「……いつの間にかかっこよくなったじゃない、英輔」

「……茶化すなよッ!」

 肩の上で微笑むプチ鏡子にそう答えながら、英輔は気恥ずかしそうにドンドン前へと進んでいく。その背中が妙に大きく見えて、由愛と美奈子は後ろで顔を見合わせた。

「ほんと、頼りになるんだかならないんだか」

 クスリと笑みをこぼす由愛を見て、美奈子も同じように笑みをこぼす。

「……でも、あなたは今少しだけ笑うことが出来ました。英輔さんのおかげです」

「ま、まあ……うん、今回はそうかも」

 やや頬を赤らめながら由愛がそう答えた時だった。唐突にピタリと英輔が足を止めると同時に、一気に緊張感が張り詰める。慌てて由愛と美奈子が前方へ視線を向けると、そこに立っていたのは坂崎永久だった。

「信じてくれてるなら……渡してくれないかな、欠片」

 その後ろには付き添うようにして刹那とナイトが立っており、それが更に緊張感を高めていく。

「ねえ、由愛、渡してよ」

 反射的に、由愛は数歩退き、首を左右に振る。永久のことを信じるとしても、今の永久にこの欠片を渡して良いとは思えない。永久が本気になれば由愛から欠片を奪うことなど造作も無いことかも知れないが、無抵抗のまま諦める気にはなれない。

「……どうして?」

 ひどく、悲しそうな声音だった。伸ばしている手が、今はまるで助けを求めているかのようにも見える。

「どうしてもこうしてもねェ。今のお前に、欠片は渡さねえっつってンだよ」

 永久の問いに答えたのは、由愛ではなく英輔だ。まるで由愛と美奈子を守るように前へ身を乗り出すと、英輔は永久をキッと睨みつける。

「じゃあ、戦わないといけないんだね」

 静かに身構えて、永久はショートソードを出現させる。それに合わせるように英輔も素早く身構える。

「……勝てないことは、前にわかったハズだと思うけど」

 永久の言葉には応えず、英輔は黙ったままポケットから何かを取り出して力強く握りしめる。その手に握られているのは黄金色の宝玉だ。それを見た瞬間、プチ鏡子は息を呑んだ。

「英輔あなた――――っ!」

「美奈子さん、母さんを頼む」

「待ちなさい英輔! 英輔!」

 もがくプチ鏡子を強引に掴んでポケットから引っ張り出すと、英輔は半ば押し付けるようにプチ鏡子を後ろの美奈子へ手渡すと再び永久へ向き直る。

「英輔退いて。戦いたくない」

「だったらお前が退けよ。ンで訳を話せ」

 互いに一歩も退かなかった。真っ直ぐに永久を見つめ続ける英輔とは対照的に、永久の方はどこか英輔から視線を外しているかのようだった。

「刹那、ナイト」

「わかってるわ。手は出さない。ナイト、あなたもね」

 手は出さないという意思を表すためか、刹那が数歩下がると、それに合わせてナイトも下がっていく。刹那は悠然と永久の背中を眺めていたが、ナイトはやや不安げである。

「教えてくれ、お前の……お前らアンリミテッドの目的は何だ?」

 しばらく、僅かではあるものの永久は逡巡するような様子を見せる。一度英輔から目をそらし、永久は何かを確認するかのように刹那へ視線を送る。

「教えてあげなさい」

 察したかのように刹那がそう告げると、永久は囁くような声音で言葉を紡ぐ。

「壊したいの、何もかも」

 遠巻きに見ている由愛達には聞こえなかったようだったが、目の前にいる英輔にはハッキリと聞き取れた。英輔は戸惑いを隠せずに目を見開いたが、やがてキッと永久を睨みつける。

「壊して……壊してどうすンだ……! お前が今まで守ってきたモンは何だったんだよ!」

「意味がなかったんだよ。なんにも、なににも。だから――――」

「壊すってのかよッ! 永久ァッ!」

 英輔がそう叫んだ瞬間、英輔の手の中にあった宝玉が強い輝きを放つ。その光は永久が姿を変える際に放つ輝きと似ており、瞬く間に英輔を包み込んでいく。

 その場にいた誰もが息を呑む。悠然と見守っていた刹那でさえもが微かに表情を変化させる程に、その輝きから感じられる力は膨大だった。

「やめなさいっ! 英輔!」

 悲鳴にも似たプチ鏡子の悲鳴も、輝きの中にかき消えていく。

「魔力ならいくらでもくれてやる……ッ! だから俺に力を貸せよッ……!」

 その身に纏いしは龍の鎧。境界に潜む龍の鱗から作られた、魔力と引き換えに超常の力を与える……黄金色に輝くその鎧の名は――――

龍衣ドラゴニックッッ!」


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