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あなたのいる場所

冬はどんどん押し寄せる。

バケツの水にたらした紺色の絵の具がとけるみたいに、あっというまに。


静か


目の前を騒々しく通り過ぎていく親子や女子高生グループやカップルは

楽しそうで暖かそうだけど

私のまわりには無色透明の冷たい氷の壁があるみたいだ。


冷たい気体をすいこんで白い息を吐く。

私は自分の体温で必死に夜の闇を暖める。


凍えないように。


あなたが働いているというレストランの窓からは柔らかなあかりがあふれていた。

私との間にある二車線の車道は渡りたくても渡れない冷たい氷河のようであり、

私を守る厚い氷の防御壁のようだった。

あなたと再会してから、あの道を通る度、私の足はあの場所で動けなくなった。

それはきっと数十秒間だけのことだけど。

お皿を運んだり、下げたり、あなたとは違う男の人や女の人が窓の向こうにみえた。

デザートの説明をしているっぽいあなたの姿も2回みたことがある。

どちらにしろ、それは私のもう知らない、あなたの世界。


あなたはわたしに

「通りかかったら顔だしてよ。サービスでスペシャルデザートつくるから!」

って言ってくれたけど、そんなに簡単に過去を飛びこえられるほど

私は強くないみたいだよ。


だからあなたが私を見つけて、扉を開けて、反対側の歩道から私の名前を呼んだとき

わたしはすごくうろたえてしまった。

「仕事帰り?よってきなよ。俺おごるから。」

あなたの笑顔に負けないように、なんでもない笑顔を作ろうとした。


私はこんな場所でたちどまったりしない。

あなたの姿を探したりしていない。

ただ通りかかっただけなのに偶然だね。

そういう笑顔。


「今日は帰る。」

でもその声は力なく、あなたまで届かなかった。

「ちょっと待ってて!」

そのまま立ち去ろうとする私を呼び止め、あなたは車の合間を縫って、二車線の車道を渡ろうとする。

こないで。と私は思った。

私の世界にこないで。この壁を飛び越えないで。

「今日は急いでるの!!また今度ね!!」

必死に叫んだから怒ってるみたいになった。あなたは

「うん。またね。」

って手を振ってくれたけど、寂しそうな顔をした。


また昔のことを思い出した。


あの日、昔よく行った喫茶店、あなたを傷つけた夏の日。

柔らかで、年下で、ちょっと頼りないあなただったけど

涙を見たのははじめてだった。

ごめんね、さよなら、げんきでね

ありきたりな言葉でお別れして、逃げるように去った私。

あなたは最後につぶやいた。私に向けてなのか、独り言なのか分からない調子で。

「俺の作ったレモンタルト・・・食べさせたかったなぁ・・・。」

あなたの視線の先にはグラスに残ったレモンの輪があった。


足をはやめると、私のまわりの空気はもっと冷たくなった。

もう二度とあの店の前で立ち止まったりしない。








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