願い、聞き届けた。〜転生受付の神様は今日も忙しい〜
大きな扉が静かに開く。
中に入ってきたのは、10代の青年だった。
「魔王を倒す勇者になりたい!!」
「その願い、聞き届けた」
神様は無気力に手をかざす。
すると青年は光に包まれ消えた。
「次……」
「悪役令嬢になってみたいの」
今度は30手前の女性が入ってきてそう言った。
「その願い、聞き届けた」
女性も先ほどの青年と同様、光に包まれ消えた。
「スライムになりたいです!!」
また別の10代の青年が入ってきてそう言った。
「その願い……、ス、スライム?スライムって魔物のスライムか?本当にスライムでよいのか?」
「はい!!スライムがいいです!!」
神様は少し困惑しながらも青年の願いを叶えた。
今日も大勢の転生希望者が神様の元に訪れた。
一段落ついたところで神様はふぅと息を吐いた。
ここに訪れるのは寿命より早く亡くなった者だけだ。
事故
病気
災害
理由は様々だが、みな前世を全うできなかった者ばかりだ。
だから、次はより良い人生を送ってもらうために彼らが望む転生先に送っている。
だが、最近やたらと転生したいモノが偏ってる。
勇者
これはいい。
悪役令嬢
なぜ悪役?ただの令嬢ではダメなのか?
人外
魔王なら百歩譲って理解できる。
だが、スライムやらゴブリンやらになりたがるのは神だが理解できない。
あれは前世に罪を犯した者が罰としてなるものの一つだ。
でも、なりたいと言うのならそれを叶えないわけにはいかない。
それが彼らの望みなのだから。
──バァン!!
神様がいる部屋の扉が勢いよく開けられた。
扉の前には大層ご立腹な様子の青年が立っていた。
その腰には立派な剣を下げていた。
どこかの世界の勇者か、と神様は瞬時に理解した。
勇者はツカツカと神様に近づいてきて襟元を掴んだ。
神に掴みかかるとは何事かと神様は思ったが、とりあえず勇者の言い分を聞く事にした。
「何で、魔王を倒せず死んだ!?俺は魔王を倒す勇者になりたいと言ったはずだ」
神様は、彼の前世の姿とここに来た時の願いを書き記した書類を手元に出し確認した。
【魔王を倒す勇者になりたい】
確かにそう書いてある。
この願いは今まで何百人と聞き届けてきた。
そして、魔王を倒せずここに乗り込んで文句を言ってくる人間も何十人も来た。
神様は台詞をなぞるように説明を始めた。
「魔王を倒す”勇者”にはしたが、倒せる”勇者”にはしていない」
「はぁ!?」
神様は勇者と視線を一切合わさず淡々と話を続ける。
「勇者の目的は魔王を倒しに行くこと。ここについての理解は?」
勇者は頷いた。
「この時点で、お前の望みは叶ってる」
「どこが」
「さっきも言ったが魔王を倒す勇者にはしたが、倒せる勇者にはしていない。【魔王を倒す勇者】はあくまで職業、役目だ。魔王を倒したかったのなら正確に【魔王を倒せる勇者】にと頼むべきだったな」
「意味分かんねぇ」
「分からなくても、前世のお前がそう言ったのだから、そうなっただけだ」
神様は勇者との不毛なやり取りにとても面倒くさそうに話を続けた。
「現にお前さんと似たような願いを言った者の中にはちゃんと【魔王を倒せる勇者】になりたいと言った者もいたぞ?」
「じゃあ今度は魔王を倒せる勇者に転生させてくれ」
神に接してるとは思えないほど不遜な態度の勇者に神様は重く冷たい言葉を放った。
「お前の願いは既に叶った。二度目はない」
「そんなあああああああああ」
勇者は頭を抱え膝から崩れ落ちた。
「邪魔だから消えてね」
神様は人差し指をヒョイっと動かすと勇者の姿はパッと消えた。
勇者を希望する者の相手は疲れると、神様はふわふわのベッドを出し、そこに倒れ込んだ。
勇者の多くは自分たちのミスをこちらのせいにしてこようとする。
しかも遠慮なく、ズカズカと踏み込んでくる。
こっちは神なのだぞ。
もっと仰々しく接することはできんのかと、神様は頭を悩ませていた。
──バアァン
また扉が勢いよく開かれた。
神様はまた勇者か……とため息と一緒に体を起こした。
だが、そこに立っていたのは煌びやかなドレスを身に纏っている女性だった。
「神様、これはどういった事かご説明頂けませんこと?」
女性は怒っているものの、最低限の礼儀は持ち合わせてるようで、声を荒げたり、必要以上に近づいてくることはしてこなかった。
「と言うと?」
「わたくし、転生させていただき悪役令嬢になったのですが」
「うん」
「民衆がクーデターを起こして一族ごと根絶やしにされてしまいましたわ」
神様は目の前の女性が至極当然の事を言っており、何に怒ってるのか分からず、言葉が出てこなかった。
神様の様子を見た悪役令嬢はさっきよりムスッとした表情になり話を続けた。
「わたくし、悪役令嬢になって、悪どい王族や貴族たちをバッタバッタと断罪していきたかったんですのよ」
……。
「そして、そんな王族の中でも良識のある第一王子と恋に落ち、結ばれる人生を送れると思ったのに……」
……。
この悪役令嬢は何を言っているのだ?と神様は首を捻った。
悪役令嬢なのだから、民衆から嫌われて当たり前だ。
嫌われていても天寿を全うできる可能性もあるが、大体はどこかで処刑や暗殺をされる。
それでもあえて【悪役】令嬢になりたがったのは自分だ。
恋に落ちる?悪役令嬢にそんなピュアな心などない。
王族と結婚できたとしても民衆の血税を好き放題使うわがまま女になり、やっぱり処刑される。
王族を巻き込むのでこちらは更にたちが悪い。
彼女の思い描く人物はもはや悪役令嬢ではない。
令嬢と言えるのかも怪しいが……。
「悪役令嬢に憧れていたから希望したのではないのか?」
神様は呆れつつ悪役令嬢に尋ねた。
「憧れていましたが、私が思い描いていた悪役令嬢とは違いましたわ」
一転、今度はしおらしくなり、涙をポロポロと流した。
悪役令嬢はあくまで【悪役】令嬢だ。
それ以上もそれ以下もない。
「まず、君は悪役令嬢を自ら望んだ」
「はい」
「ならば、君が断罪される側になるのは自然の摂理では?」
悪役令嬢は神様の言葉に何かを言おうと口を開きかけるがすぐに閉じた。
「断罪する立場になりたかったのなら、どこぞの王子と結ばれたかったのなら──」
神様は一息置き、悪役令嬢を真っ直ぐ見て言った。
「悪役令嬢は最も正反対の存在だと思うのだが?」
神様の言葉に悪役令嬢はハッとし目を見開いた。
悪役令嬢はしばらく何かを考えてるかのように沈黙し、その後フッと笑みをこぼした。
「そうですわね。よくよく考えてみましたら当たり前のことですわ。【悪役】なんですから悪役に相応しい最後が待ってるに決まってますわよね」
自嘲気味にポツリと漏らす悪役令嬢に神様は何も言わず、ただ見守る。
「悪役令嬢が悪どい王族や貴族を断罪するなんて有り得ませんわよね。そんな事にも気づかないなんて滑稽ですわ」
「結局、君は悪役令嬢になりたかったのか?悪どい王族や貴族を断罪するヒロインになりたかったのか?」
神様は真剣な眼差しで悪役令嬢を見た。
悪役令嬢は目を閉じ考えた後、胸を張り神様を真っ直ぐ見た。
「悪役令嬢かヒロインかと問われたら、わたくしは悪役令嬢を選びますわ。わたくしは悪役令嬢になった自分を恥じていませんわ。それにたとえ何度選び直せても、わたくしは悪役令嬢を選びますわ」
「何故?」
「何故ですって?愚問ですわ、神様。悪役令嬢の方がわたくしの性に合ってるからですわ」
悪役令嬢は両手を上げ声を張り上げた。
神様はちょっとうるさいなと耳を押さえた。
「だったら今回の人生は──」
「ええ、見事に悪役令嬢の人生を全うした事になりますわ」
悪役令嬢は高揚し、自信に満ち溢れた表情で答える。
しかしその後すぐに落ち着きを取り戻し、静かに言った。
「そう……ですか。悪役令嬢をわたくしはやりきったのですね」
「そうだな」
悪役令嬢はどこか清々しげな顔を見せた。
そして優雅にスカートの裾をつまんで一礼した。
「ありがとうございます、神様」
悪役令嬢は踵を返し、扉に向かって歩き始めた。
悪役令嬢が扉の取っ手に手をかけると神様の方に振り向いた。
「でも、少しだけヒロインもやってみたかったですわね」
「それはまた別の願いだ」
悪役令嬢は背筋をピンと伸ばし優雅に、それでいて堂々とした足取りで神様の部屋から退室した。
神様は彼女が去った扉をしばらく眺めていた。
神様はまたふわふわのベッドに倒れ込みそのまま眠りに落ちた。
ひんやりとした感触が顔に感じる。
目を開けると神様の目の前に青く丸いぷるんとした柔らかい物体がいた。
「スライムか……どうした?というか、どうやって入った?」
神様は掠れた声で目をこすりながらスライムを見た。
スライムは自分の体の一部を伸ばし、扉を指した。
「扉は……閉まっているが?……あぁ、わずかな隙間を通って入ってきたのか……」
スライムはピョンピョンと跳ねた。
どうやら正解みたいだ。
神様は身だしなみを手で軽く整え、こほんと咳払いをし改めてスライムを見下ろした。
「それで、何だ?」
「ぷるん。ぷるるん。ぷぷるるん」
「『スライムに転生したが、すぐに冒険者に殺された』?」
「ぷる!!」
スライムは飛び跳ねてそう神様に訴えた。
神様は、はぁーとため息をついた。
「それはそうだろ。【スライム】だぞ?」
スライムは首を傾げるようにぷるんと揺れた、神様の言ってることが分かってない様子だった。
「スライムなんて初心者冒険者の練習相手的な魔物だぞ」
「ぷるーん。ぷぷぷっぷるん。ぷるるるるん、ぷるーーーーーーーーん」
「『前世で読んだ本のスライムは、進化したり最強になったり、頼もしい仲間がたくさんできた(と言ってるように聞こえる)』?」
「ぷる!!」
スライムは肯定するかのように何度も飛び跳ねた。
どうやらあってたみたいだ。
神様は肩を落とし、スライムになりたいと言った者の書類を取り出し、スライムに突き付けた。
「お前はスライムになりたいと言っただけだ。だからスライムにした」
丸かったスライムの体がべちょりと崩れた。
おそらくショックを受けているのだと思う。
「その本みたいなスライムになりたかったのなら、もっと詳細に伝えるべきだったな」
「ぷる?」
「そういうものだ」
神様は人差し指を横に振る。
スライムは、納得したのか、してないのか、ぷるんと揺れて消えた。
初っ端から疲れた……。
神様は大きなため息をつき、本日の転生希望者を招き入れた。
入ってきた人物に神様は一瞬眉間に皺を寄せた。
入ってきたのは10歳にも満たない小さな男の子だった。
小さな子供がここに来ること自体はあるが滅多にない。
神様は子供の目線と同じ位置にしゃがみ、いつもより柔らかい感じで尋ねた。
「何に転生したい。勇者、魔王、ヒーロー、ここは望むものに何でも転生……生まれ変われる場所だ」
子供は首を傾げる。
神様が言ってることが、いまいち分かってないみたいだ。
「また赤ちゃんからする事になるが、大きくなったら好きなものになれるってことだ」
それを聞いて子供の表情は、ぱぁっと明るくなった。
「かみさま、ボクねパパとママの子どもになりたい」
子供は屈託のない笑顔で答えた。
「パパとママ?」
神様は聞き返した。
「うん。ボクのパパとママ」
神様は子供の言ってる事を理解した。
この子供は同じ両親の下に生まれなおしたいと言ってるのだ。
だが──
「すまない。ここは新しい命へ送り場所であって、同じ場所へ戻る道は、用意されていないのだ」
子供は黙って小さな手を握りしめた。
「パパとママにはもう会えないって事?」
子供は声を震わせ、涙を我慢しながら神様に尋ねた。
神様は子供の問いに小さく頷いた。
「……わがまま言って、ごめんなさい」
「謝ることはない。いいのだ、気にするな」
神様は子供の頭を優しく撫でた。
部屋に長い沈黙が流れる。
子供の場合、こちらから提案することはできるが決めることはできない。
最終決定はあくまでここに来た者なのだ。
またしばらく沈黙が続いた後、子供が顔を上げた。
神様は子供の顔を真っ直ぐ見て、次の言葉を待った。
「あの、ここで待っててもいいですか?」
「待つとは?」
「パパとママがここに来るのを待っていたい」
子供のまっすぐな言葉に神様は少し考え、子供に言った。
「待つのは構わない」
子供が嬉しそうに目を見開いた。
「だが──」
「ここに君の両親がくる保証はない。むしろ来ない可能性の方が高いし、来ない方がいい」
「うん」
「それでも待つか?」
「待つ。ここならパパとママが来たときすぐ分かるから」
子供の言葉を聞いた神様は書類を一枚手元に出した。
「その願い、聞き届けた」
子供は消えなかった。
代わりに、背中に小さな白い羽が現れた。
「……これは?」
「あのままの姿ではこの後に来る者たちが困惑する。だから君には天使になってもらう」
「てんし」
「ここで待つのはいいが、時々、手伝いをしてくれたら助かる」
子供は少し考えて、こくんと頷いた……。
しばらくして──
神様と天使になった子供は珍しく暇を持て余していた。
子供は足をぷらぷらさせ、扉の方を見ていた。
神様の机の上には、湯気の立つお茶が二つ。
「かみさま」
「何だ」
「早くパパとママに会いたいな」
神様は湯呑みを持つ手を止めた。
「それは、両親が亡くなるということだが?」
「……あ」
子供は目を丸くして、それから眉をギュッと寄せた。
「それは、やだ」
「そうだな」
「でも、会いたい……」
「そうか」
「でも、まだ来てほしくない。でも、会いたい。でも……」
子供は両手で頭を抱えて、うーんとうなる。
それに呼応するように小さな羽はパタパタと揺れていた。
神様はただ、聞いていただけだった。
助言もしない。
話を広げたりもしない。
ただ、湯呑みを置いて、悩み続ける小さな背中を眺めていた。
気づけば口元が少しだけ緩んでいた。
長いことこの場所にいるが、初めてのことだった。
そのとき、受付の扉が吹き飛んだ。
「うわあああああ!」
「ここはどこだ!」
「世界が、世界があああああ!!」
人が滝のように流れ込んできた。
数え切れない。
列もない。
神様の頭上に次々と転生希望の書類がひらひらと現れる。
神様は慌てて止めに入る。
「待て待て待て!!順番に並べ!!慌てるな」
神様は右へ左へ走り回った。
さっきまでの静けさは、跡形もない。
子供は、ぽかんとその様子を見ていた。
それから、受付の外に溢れている人たちを整列させながら、事情を聞き、神様のところに戻った。
「かみさま」
「なんだ!?今は忙しい!!」
「えっとね、多分ここで【まおう】として生まれかわった人が、世界を終わらせちゃったみたいですよ」
「…………は?」
「なんか、『俺様は、魔王として転生した。俺様を止めれるなら止めてみろ勇者!!ガッハッハッハッハ』って言ってたみたいです」
神様は記憶を辿る。
「そう言えば、少し前に魔王になりたいって言った奴がいたな」
その願いを聞き届け、送り出した事を思い出した。
「だとしても、勇者は?」
神様は声をわなわなと震わせながら子供に尋ねた。
子供はまた並んでる人に聞きに行き、戻ってきた。
「何人か勇者だって言う人たちがいたみたいですけど、ぜ〜んぜん、しょうぶにならなかったみたいです」
「なっ…………!!」
神様は頭を抱えた。
子供はそんな神様を見て、くすくすと笑い出した。
やがて、さらに混乱する神様を見て、お腹を抱えて声を上げて笑った。
「笑ってる暇があるなら、手伝わんか!!」
「はい、ただいま」
転生受付はにぎやかで、もう、ちっとも静かではなくなった。
神様と天使は今日も忙しく、転生希望者の願いを聞き届ける。
〜fin〜




