夜勤の俺が深夜の騒音トラブルに巻き込まれた話
より洗練された表現を目指し、AIを校正やアイデア出しの補助として利用しています。
「騒音に関する注意喚起」
ある日、そんな件名が書かれた一枚の紙が、ドアポストに入っているのを見つけた。
ポストの蓋を開けて取り出すと、「304号室の住人の方へ」と俺の部屋番号が名指しされている。
読み進めてみると、それは深夜の騒音を止めろという内容だった。
「え……、俺、夜勤だから深夜は家にいないんだけど……」
工場で夜勤帯に働く俺は、昼夜逆転した生活を送っている。夜中に留守にする俺が、騒音など立てられるはずがない。この注意書きを書いた人物は、別の部屋と間違えたのだろうと思い、この時は気に留めもしなかった。
*
それからというもの、毎日のようにあの紙がドアポストに投函されるようになった。
「違うんだけどなぁ……」
一体、誰がこれをポストに入れているんだろう。
この部屋は三階建てアパートの最上階、つまり三階に位置している。騒音の苦情なのだから、入れているのは間違いなく下の階の住人だろう。
そこまで考えて、あることを思い出した。
「──この真下の部屋って、確か空室だ」
その結論に至ってしまった瞬間、背筋にゾクゾクと悪寒が走った。
慌てて管理会社に連絡を入れる。昼間の営業時間帯に動けたことだけは、夜勤でよかったと初めて思えた。
『では、今のところ「騒音の注意喚起」と書かれた紙が毎日入れられる、ということですね?』
電話越しの担当者が、俺の言葉を怪訝そうに繰り返した。
「ええ。俺は夜勤なので夜中は留守にしているはずなのに、おかしいなと。下の二階の方でしょうか?」
『いえ、実は現時点で、弊社に304号室様への苦情は一件も届いていないんです。そもそも真下の204号室は現在空室ですし……。私共の方で一度事実確認をさせていただきます。また何かありましたら、すぐにご連絡ください』
「ありがとうございました……」
電話を切り、これで一段落だとホッとした。
数日後にはロビーの共有掲示板に貼り紙が掲示され、各部屋のポストにも注意喚起のプリントが配布された。
これでようやく収まるだろう。そう思うと気が楽になり、朗らかな気分で仕事に出かけた。
その日の仕事はトラブルもなくスムーズに進んだ。ストレスから解放されたせいかもしれない。帰りも仕事の疲れを引きずることなく、軽い足取りで帰路についた。
帰宅して、玄関の鍵を開ける。中に入って廊下の電気を付けた。
ドアロックを締めてから、何気なくドアポストの蓋を開ける。
(まあ、もうないだろう)
そう高を括っていた俺の目に、見慣れた白い紙が飛び込んできた。
*
得体の知れない注意喚起に、これ以上振り回されてはいられない。俺はネット通販で小型の監視カメラを二台取り寄せ、犯人を突き止めることにした。
一台は室内、玄関の扉の内側を完璧に捉える位置に。そしてもう一台は、玄関前の廊下を見通せるメーターボックスの隙間に仕掛けた。
これで犯人の正体が分かる。期待に胸を膨らませ、その日も仕事に出かけた。
仕事を終え帰宅すると、真っ先にドアポストを確認する。そこにはいつもの騒音注意の紙が入っていた。
よし、かかった。
俺は部屋に駆け込み、室内のカメラからメモリーカードを抜き取った。ノートパソコンに接続し、動画データを再生する。
しばし早送りで動画を再生させていると、動きがあった。再生速度を戻す。
ギィッ──ガコン。
ポストの口から白い紙が差し込まれる、決定的な瞬間が記録されていた。
「よっしゃあ!!!」
録画成功に歓喜する。俺はすぐにデータを閉じ、急いで外のカメラからカードを回収してきた。犯人の顔を拝める。
パソコンに二枚目のカードを差し、再生ボタンを押した。
画面に映し出されたのは、窶れた初老の女性だった。ところどころ毛羽立ったグレーのカーディガンを羽織っている。
……当然、心当たりなどない。
女性はゴソゴソと何かをポストに入れる。そして、この部屋の窓や壁を落ち着きなくキョロキョロと見渡している。
その時だ。
ゴンッゴンッ!!!
スピーカーから、鼓膜を劈くような激しい打撃音が響いた。彼女が、玄関扉を叩き始めたのだ。
さっきまでの歓喜は一瞬で吹き飛んだ。身体から血の気が引いていくのが分かる。
『ねえ、いるんでしょ!? 答えてよ!!』
少し嗄れた、女性の叫び声。
『あなたッ!! 帰ってるんでしょ!? ここを開けて!?』
彼女はどこか必死そうに、壊れた機械のように扉を叩き付け、叫び続けている。
(誰だ。俺は知らない。こんな女、身に覚えがない)
画面の中で狂ったように扉を叩く女の姿を目の当たりにして、俺は動揺を隠せなくなった。
震える手で、俺は慌てて管理会社に電話した。
*
『この方は……もう、十年以上も前に退去された住人の方ですね』
監視カメラの映像を管理会社の担当者に見てもらったところ、その女性は、かつてこの部屋に住んでいた入居者に酷似しているという。
『当時、この女性のご主人が突然、蒸発されてしまって……。彼女はここで一人、ご主人の帰りを待ち続けていたんです。ですが、ここ、三階でしょう? エレベーターもないし……、ある日、階段から転げ落ちて大怪我をされてしまって。一人での生活が難しくなってしまったんです。最終的には息子さん夫婦に引き取られる形で引っ越されたはずですが……』
そこまで聞いて、ほんの少しだけ同情が芽生えた。あの女性は、今もいなくなった夫を待ち続けているのだろうか。
そうは言っても、実害が出ている以上このまま放置するわけにもいかない。管理会社から元住人の家族へ連絡を入れてもらい、引き取ってもらうよう手配を頼んだ。
これで一安心だ。あとは家族がどうにかしてくれるだろう。謝罪も、賠償もいらない。ただ、この気味の悪い問題が解決してくれればそれでいい。
そう自分に言い聞かせ、俺は布団に入った。夜勤の疲れを取るために、少しでも眠らなければならない。
目を瞑り、意識が微睡みに落ちようとした、その時。
唐突に、冷や水を浴びせられたような疑問が脳裏を過った。
(あれ……? 階段で転んで、一人で歩けないほどの大怪我をして、介護が必要になったんだよな?)
映像に映っていたあの女は、杖すら持っていなかった。それどころか、自分の足でしっかりと立ち、激しく扉を叩いていた。
(──そもそも、なんで『騒音の注意喚起』なんだ?)
夫を待っているなら、普通は手紙を置くか、名前を呼ぶはずだ。なぜ、見ず知らずの俺に対して「夜中の騒音を止めろ」という紙を毎日入れ続ける?
一つの疑問が、次なる歪な謎を呼び起こす。
すっかり冷え切ってしまった体は、もう二度と眠りを受け付けてくれそうになかった。
*
「えっ……、そうですか……。わかりました、失礼します」
管理会社の担当者は、力なく受話器を置いた。あからさまに動揺している彼を見て、隣の席に座る上司が「どうした?」と声をかけた。
担当者は顔を引きつらせ、おずおずと口を開いた。
「実は……例の、304号室のドアポストに騒音注意の紙を入れられるっていうトラブルの件なんですけど」
「ああ、犯人が昔あのアパートに暮らしてた女性だったっていう、あれだろ? よく覚えてるよ。旦那が行方不明になって、一時期ノイローゼ気味になってた奥さんだよな。家族に連絡がついたのか?」
「はい。それで、さっき女性の息子さんに連絡を入れたんですが……」
そこまで言って、担当者は青い顔のまま言葉を詰まらせてしまった。上司が「おい、何かあったのか?」と身を乗り出す。
担当者はガタガタと震える唇で、絞り出すように言った。
「……あの奥さん、五年前に亡くなってるそうです」
最後までお読みいただきありがとうございました。




