義姉と義妹が、わたしの性悪な婚約者を奪おうとしています。馬鹿みたい。どちらでもいいので、さっさと持っていってください。
「お前とノーリス伯爵子息との婚約が決まった」
義父からそう告げられた時、卒倒しそうになりました。
「何かの間違いではないでしょうか?」
わたしは即座に返します。
「間違いではない。ご子息のベルハザード様から直々に申し入れがあった。格下の男爵家にはこれ以上ない相手だろう。本来ならドロシーかフローレンスを嫁がせたかったが、お前のことが気に入ったらしい。まあ、お前は男好きのする顔をしているから、夜会に参加させたのも無駄ではなかったようだ」
義父はそう言って、汚らしく笑いました。
「わたしは結婚なんてしたくありません。亡き父のような立派な研究者になりたいのです」
「もうそんな遊びは終わりだ」
義父の表情から笑みが消えます。
わたしは現在、王立院で染料の研究をしています。
二年前に亡くなった母の口添えがあり、研究室に通うことを何とか許してもらいましたが、それには実の父がわたしに遺してくれたお金があり、勉強するのに費用の面で義父に迷惑をかけずに済んだという事情があります。
でもそれも、今の義父の一言で全て終わり。
強欲な義父はわたしを伯爵家に輿入れさせ、無心でもするつもりなのでしょう。
先見の明もないのに、近頃次々と新規事業に手を出しているので、もしかしたら邸の財政が傾きかけているのかもしれません。
それにしても、ベルハザード様は一体何を考えていらっしゃるのでしょう。
あの方が、わたしを気に入るはずがないのです。
今から二週間前のことです。
義父の命令でわたしは初めて夜会に出席しました。
夜会常連組である義姉のドロシーお姉様と、義妹のフローレンスに馬鹿にされながら。
二人のお目当ては、伯爵令息のベルハザード・ノーリス様。会場に着いたが早々、彼に声をかけています。
興味はなくとも、彼について普段から二人が話しているのを耳にしていました。
ベルハザード様は、温故知新、眉目秀麗、清廉潔白、全女性の憧れの的であり、社交界で知らない人がいないくらい有名な方です。
ただし、どんな女性の誘いも笑顔でやんわりと断るため、とんでもなく理想が高いに違いないと、挫折する令嬢が後を絶たないようです。
今宵、初めて彼を見ました。
確かに一見、温和そうな印象です。
彼は数名のご自分の部下を引き連れ、挨拶をして回っております。
その時、彼の部下の一人が何かに躓き、正面のオブジェに勢いよくぶつかりました。
一瞬でオブジェはバラバラになり、オブジェを形作っていた箱や美しいリボンが散らばります。
「も、申し訳ございません。すぐに直します」
ぶつかった部下はそう言って、慌ててその場にしゃがみ込みました。
わたしも手伝おうと、その場に近づきます。
「大丈夫ですよ。僕が主催者に謝罪に行きます」
ベルハザード様は笑顔で仰いました。
「ですが、少しお時間をいただければ元に戻せます」
「……謝罪が済んだら、僕が直します。貴方は邸に戻っていて下さい」
「あの、どうかお時間を」
「心配しないでください。大したことではありませんから」
ベルハザード様は笑顔を崩しません。
「は、はい。本当に申し訳ございませんでした」
彼の部下は深々と頭を下げ、それからゆっくりと去っていきました。
「さすがはベルハザード様、お優しい」
「部下の失態をご自分でお引き受けになられるとは、なんてご立派なの」
「怒るわけでも咎めるわけでもなし、お心が広い」
周囲の人々が口々に褒め讃え、女性はみなうっとりと彼を見つめています。
ベルハザード様がわたしに近づきました。
「何か言いたいことがあるようですね。後で裏庭の陰になっている白いベンチのところに来てください」
彼は小声でそう言うと、何事もなかったかのように、また人の輪に戻って行きました。
無視するわけにもいかず、わたしは指定の場所で彼を待ちました。
しばらくして、ベルハザード様はお一人で現れました。
「先程のことで、僕に言いたいことがあるのでしょう。貴女の顔を見れば分かりますよ」
彼はそう言って、相も変わらず緩やかに笑んでいます。
躊躇いましたが、ずっと黙っているわけにはいきません。偽りを述べるのも嫌です。
わたしは覚悟を決め、口を開きました。
「……その、失礼を承知で言わせていただきます。先程は、お優しい言葉で仰っておりましたが、少しの失敗で挽回のチャンスを与えないというのは、厳しすぎるのではないでしょうか」
「成程。許したのに厳しい、と」
「許したのではなく、わたしには諦めてしまったように見えました。それでは彼は成長できません」
「成長?」
彼は初めて笑みを崩し、目を丸くしています。
わたしは頷きます。
「成長なんて期待していませんよ。俺に恥をかかせたあの男はクビです」
「え?」
「こんな何気ない日常のやりとりで俺の本性を見抜くとは、ずいぶん聡いじゃないか」
彼は突然別人のように顔を歪め、わたしを見つめました。
「ハッ、女にそんな顔されたのは初めてだ。名は何と言う?」
「ルビー・ロゼットです」
「ロゼット男爵の娘か。他の姉妹と似ていないな」
もはや口調も表情も変わった彼には、品性の欠片も感じられません。
「わたしは母の連れ子で、義理の姉妹ですから」
「ああ、そうか。あの強欲そうな男爵とも血が繋がっていないのか。俺のこの本性のことは他言無用だ。まあ、お前が何か言ったところで誰も信じないとは思うが」
「誰にも言いません。ただ、さっきの彼をクビにしないであげてください」
「なんだ。あんな下らぬ男に同情か。お前に関係ないだろう」
「お願いします」
「……分かった。お前の要求を呑む代わりに、俺の要求も呑んでもらう」
「お金ならありません」
「俺が金に困っているように見えるか」
彼はそう言うと、いやらしい表情で笑いました。
義父に婚約の話を聞いた翌日、わたしはノーリス伯爵の邸を尋ねました。
「早速、美しい婚約者の顔が見たくなったか。ほら、感謝して拝めよ」
ベルハザード様は開口一番、憎まれ口を叩きます。
勿論、人払いをして部屋には二人きりです。
「婚約だなんて嫌がらせですよね。ベルハザード様のイメージを壊すようなことは決して口外いたしません。ですから、どうかこの婚約は破棄してくださいませ」
「破棄なんてするか」
「どうして……」
ベルハザード様は、どこが遠くを見るような表情をしています。
「お前は似ているからな」
「似ている?」
「俺の初めての女に」
「え?」
「年上の家庭教師で、勉強だけでなく俺に色々と手ほどきをしてくれた。彼女はお前と違い、そんな貧相な体ではなかったが、そこら辺はまあ妥協してやる」
ベルハザード様は、小馬鹿にした表情で笑います。
「後は、そうだな。素のままでいられるから楽でいい。それにどんな扱いをしようと、すぐに俺に屈することもないだろうからな」
更に、ついでのようにそう付け足しました。
性格が悪すぎます。
それから、事あるごとにベルハザード様に呼びつけられました。
会うたびに彼は、偽りの姿を保つストレスからか、わたしに酷い暴言を吐いてきます。
研究を続けたい旨も、当然却下されました。
「染料? 草だか何だか知らないが、そんな貧乏くさい研究はさっさとやめろ。お前は俺のことだけ考えていればいい」
そして脅しもします。
「お前は父親に売られたようなものだ。もう金も払った。そっちから婚約を破棄するようなことがあれば、即座に返してもらう。お前に払えるわけもないだろう。ついでに慰謝料も請求してやる」
言い返しましたが、当然取り合ってなどくれません。
邸は邸で、義姉と義妹からの嫌味が前より増えていきました。
二人はわたしから彼を奪おうと、未だにあの手この手で頑張っているようです。
それも彼の性格の悪さを知らないが故のこと。滑稽に思えます。
婚約して一ヶ月。
今日もまた、二人が絡んできました。
「そんな貧相な体で、どうやってベルハザード様に取り入ったのよ」
フローレンスが、階段の上から威圧的にわたしを見下ろします。
「優しいけれど、どんな女性にも興味を示さなかったのに……」
ドロシーお姉様も、わたしを睨みつけました。
「私は諦めないわよ。あんたなんか、あの方に相応しくないもの」
「わたくしだって諦めませんわ」
フローレンス、ドロシーお姉様の順に叫びます。
「……はい。諦めないでほしいです」
わたしは思わずそう返していました。
「馬鹿にしてるの? 余裕ぶって嫌な女ね。あんたなんて姉だと思っていないわ。ベルハザード様に選ばれたからといって、自分の方が優れているとでも思っているんじゃないわよね?」
「そんなことは思っていません。わたしはただ、結婚をせずに研究を続けたいだけです」
「だったら自ら引いたらいいでしょう。嫌われてしまうのもいいと思うけれど」
ドロシーお姉様が割って入ります。
「……その通りです。けれど、上手くいかないのです」
「はあ? それほどまで気に入られているっていうの? もう、ホントに何なの!? 調子に乗らないでよ!!」
フローレンスは、わたしの胸元を掴みます。
「そうだ。酷い火傷の痕が残るように、顔に熱湯をかけるというのはどうかしら」
ドロシーお姉様が、冷静に怖い提案をします。
もしかしたらそれもいいかもしれません。
見た目が醜く変われば、ベルハザード様はわたしに興味がなくなるのではないでしょうか。
代償と引き換えに、研究に打ち込めます。
なんて愚かな考え……。
わたしは、緩く左右に首を振りました。
そうとう追い詰められているようです。
「馬鹿なことを言うな」
いつの間にか、義父が側に立っておりました。
「お父様……」
ドロシーお姉さまは俯きます。
「こいつは、こいつの母親同様、顔だけが取り柄なのに、そんなことをしては役に立たなくなってしまうではないか」
「だってお父様!!」
言いながら、フローレンスはようやくわたしの胸元から手を放しました。
「ベルハザード様のことは諦めろ。そんなことより、彼の親類なり友人なり、他の男を紹介してもらえばいいだろう。待っていろ。お前たちにはもっといい男を見つけてやる」
義父は諭すように言います。
義父が言ういい男というのは、ただ単に彼にとって都合がいい男に違いありません。
ドロシーお姉様もフローレンスも、義父の言う通りにするしかないようです。
これで、わずかな希望も絶たれました。
わたしの足は、いつの間にか自然と王立院の染料研究室に向かっていました。
母が亡くなってからは、ずっと研究室だけが心安らげるわたしの居場所だったのです。
どうすることもできず、心は弱っていました。
研究室に入ると、カルド教授が一人で書き物をしています。
何も考えずに来てしまいましたが、確かにもう夜も遅く、人がいる時間ではありません。
「……ルビー嬢、久しぶりだな」
教授はわたしに気づくと目線を上げ、声をかけてくれました。
久しぶりに聞く、教授の落ち着いた声に涙が出そうです。
「はい。教授、お元気でしたか?」
「ああ。こちらは何も変わっていない。ところで、君はいつからまた研究室に通えるのだ?」
とりあえず、今は休みという形をとっています。
もう通うことはできないと言いたくなくて、わたしは無言で俯きます。
教授は首を傾げました。
「ノーリス伯爵令息と、婚約したと聞いたのだが」
「はい」
「喜ばしいことのはずなのに、浮かない顔だな」
「お恥ずかしい話ですが、この婚約は義父にお金で売られたようなものなのです」
「相手は皆から慕われている好青年だと聞いたが?」
わたしは左右に首を振ります。
「みなさまは本当の彼を知りませんので。わたしは父のような研究者になって自立したいのです。けれど、彼からは研究自体をやめるよう言われています」
「君は婚約者のことをよく思っていないのか」
「……はい」
「答えづらいことを聞いて悪かった」
教授は、考えるように視線を下方に落としました。
「ところで、君は私のことをどう思う?」
「教授のこと……ですか?」
彼は真剣な顔で頷きます。
「実直で責任感があり、とても尊敬しています」
「そうか。君には厳しく指導してきたから、てっきり嫌われているとばかり。私は嫌われていなかったのだな」
「嫌っているはずがありません」
「では何故、いつも話をしている時に視線を逸らす?」
教授はそう言って、わたしを凝視します。
「ほら、やはりまた逸らした」
「すみません。……教授の顔が整いすぎているので、少し緊張してしまうんです」
「成程、緊迫感を与えるか。それは申し訳なかった。外見はどうにもできないが、不快というわけではないのだな」
「はい、勿論です。教授を不快に思う人はいないと思います。大体、教授は女性から大変な人気ではないですか」
「いつも騒ぎながら遠ざかられるのだが……。嫌われている、の間違いではないのか?」
わたしは左右に思いきり首を振ります。
これまで全く気づきませんでしたが、教授はかなり天然のようです。
彼は小さく息を吐きます。
「こんなことなら、もっと早くに想いを伝えるべきだった。私は君に好意を持っている。熱心に草花を見つめる真面目な姿勢、笑った表情、気遣いの眼差し、落ち着いた柔らかな声、何もかもが愛おしい」
「え?」
「すまない。指導する立場で、君にそんな想いを抱くのは不適切だと重々承知している。しかし、想いは止められず……」
教授の顔は、心なしか赤く染まっているように見えます。
彼は話を続けます。
「もし、ノーリス伯爵令息との結婚を望んでいないのなら、君の義父に彼との婚約を破棄してもらうように進言する。金で解決する問題だというのなら、いくらでも出そう。我が家は複数の鉱山を持っていて、財政力だけが取り柄だ。だから、寧ろ金で君を救えるというのならありがたい」
一度呼吸を整えると、彼は更に話を続けます。
「君は、これからも研究を好きなだけしたらいい。自立したいという考えは尊重するが、是非私に側で支えさせてほしい。いや、支えるというか、これからも共に研究していきたい。私のことは、死ぬまでに好いてくれたらそれでいい。どうだろうか?」
ようやく言葉が途切れ、教授は改めて私を見つめました。
「あの、どうと言われましても……」
本当にありがたい申し出ですが、あまりにも突然すぎて言葉が出てきません。
「考えてみてほしい」
「……はい」
わたしの返事を聞き、教授は頷きます。
そして無表情で有名な彼が、柔らかに笑いました。
こちらの研究室に入り、教授の笑顔を初めて見た気がします。
元々綺麗な教授ですが、流れるようなライラック色の髪、そしてトパーズの瞳が、ひときわ輝いて見えます。
胸のあたりは、苦しいのに温かく……。
わたしは自分の胸に手を当てます。
この経験したことのない感覚は、一体なんなのでしょう。
それから教授はまたいつもの冷淡な表情に戻り、準備室で淹れてくれた紅茶を、わたしの前に差し出しました。
わたしはお礼を言い、カップに口をつけます。
「心配しなくていい。金銭面以外も、君の婚約者に劣る点など何一つない。辺境伯の爵位を、たまには役立てるか」
教授は、考えるようにそう言いました。
辺境伯!?
思わず口に含んだ紅茶を、吹き出しそうになります。
確かに王立院の研究者は、爵位を持つ方も多いのですが、教授がそこまでの上級貴族だとは思っていませんでした。
彼は再び口を開きます。
「私の正式な名はエヴァン・カルドリニアと言う。研究に身分など関係ないから、敢えて伝えていなかったが、これでも辺境伯としてきちんと自分の領地を統治している。まあ、私がこうして自由にできるのは、邸や領地を任せられる優秀な部下がいるからなのだが」
カルドリニア家……。
名家であるその名を知らない貴族はおりません。
次々と知らされる新事実に、唖然とするばかりです。
「私では君の力になれないだろうか」
彼は、自問も交えたように呟きます。
とんでもありません。
ここまで仰ってくださるなんて、本当にありがたくて、夢のような話です。
わたしは決心しました。
「……本当に頼ってしまっても、教授の好意を利用してしまっても、構わないのですか?」
「是非に」
彼は嬉しそうにそう言って、再びわたしに綺麗な笑顔を見せました。
教授がカルドリニア辺境伯だと知った義父は、わたしが彼と結婚することを条件に、ベルハザード様との婚約破棄を承諾しました。
ベルハザード様からは慰謝料として莫大な金額を提示されましたが、それは仰っていた通り、教授が全て払ってくださいました。勿論、義父がベルハザード様から先に受け取っていたお金も隈なく。
そればかりか、義父にはそれ以上のお金を渡し、今後もうわたしに干渉しないことを約束させました。
ベルハザード様は慰謝料を払った後もしつこく騒ぎ立ててきましたが、教授が容赦なく伯爵家に圧力をかけ、彼を黙らせました。
教授は正に、財力と地位でわたしを救ってくれたのです。
結婚後すぐに、教授にもう実家への援助をしないでほしいと頼みました。
いくら財政力があるといっても、限りなく無心を続ける義父の面倒をずっと見ていく義理はありません。
これ以上、彼に迷惑をかけたくはなかったのです。
援助を断ると、実家は簡単に没落しました。
結婚前に渡したお金を、義父は湯水のように使ってしまっていたようです。
義姉と義妹は嫁ぎ先がなくなりました。
ベルハザード様は、今回のことをきっかけに苛立つことが多くなり、周囲の人々に性格の悪さを見抜かれてしまったようです。挙句、二重人格で気味が悪いとまで噂されるようになりました。
あんなに素敵だともてはやされた笑顔も、顔に張り付いた嘘くさい笑顔だと言われ、あっという間に皆、彼から離れていきました。
やはり、偽りはいつかばれるもの。
そうなる運命だったのだと思います。
結婚して、教授の邸で暮らすようになり、三ヶ月が経ちました。
「教授、庭園のサフランがようやく咲きました。染料に使えますし、一緒に見に行きませんか?」
教授は緩く頷きます。
二人で庭園に向かう途中、教授が唐突に足を止めました。
「ルビー、その……頼みがある。一応夫婦なのだから、邸の中だけでも名前で呼んでもらえないだろうか」
「……カルドリニア辺境伯?」
「そうではなく、名を……」
「エヴァン様?」
わたしは彼を見上げます。
ご自分で頼んでおきながら、エヴァン様は驚いた顔でわたしを見つめています。
「エヴァン様……では駄目でしょうか?」
「それでいい」
照れたのか、彼は急に背を向けてしまいました。
やはり、研究室の凛々しいお姿からは考えられないくらい、可愛らしいお方です。
また、ふんわりと心が温かくなります。
そうして、いつの間にか半年が過ぎました。
わたしは今日こそは思い、夕食後、席を立ったエヴァン様に近づきます。
意を決して、彼の服の端を引っ張りました。
「どうした?」
エヴァン様は、不思議そうな表情でわたしを見ています。
「わたしたちは、いつになったら同じ部屋で……その……」
頬が異常に熱く声も震えますが、何とか分かってもらわないといけません。
「ん?」
「はしたないと思いましたが、どうしていいのか分からず」
「あ、ああ」
わたしが言いたいことが伝わったのか、エヴァン様は視線を彷徨わせた後、困ったようにご自分の首筋に手を当てました。
「いや、しかし、無理をしているのではないか?」
「いいえ。……すみません。考えてみたら、機会を逃してしまい、きちんと想いを伝えていませんでした。改めて、今日こそ言わせてください」
一呼吸置いて、わたしは彼を真っ直ぐに見つめます。
「エヴァン様が好きです。エヴァン様のことを知れば知るほど、大好きになってしまいました。ですので、今は尊敬の念だけではありません」
彼は黙り込んでいます。
「迷惑……でしょうか?」
「そんなわけがあるか。嬉しすぎて、言葉が出てこなかっただけだ」
それから、エヴァン様は「ありがとう」と言って、そっとわたしを抱きしめました。
わたしも彼を抱きしめ返します。
ようやく想いを伝えられました。
……よかった。
これで今日からは、朝も昼も夜も彼と一緒にいられます。
わたしはもう、片時もエヴァン様の傍を離れたくはないのです。
そうして、なんとこの日以降、エヴァン様はとんでもなく甘々な旦那様になってしまいました。
これまでも十分優しい旦那様でしたが、これまでの比ではありません。
これ以上溺愛されたら、身が持たないと危機感を覚えるくらいです。
けれど、とてもとても幸せな日々です。
わたしを大切にしてくれる旦那様を、これからもずっと愛していきます。
お読みいただきありがとうございました。
評価やリアクション等いただけましたら、大変嬉しいです。
今後の執筆活動の励みになります。




