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バレンタイン当日1

夢落ちではないです。



 バレンタイン当日。

 彼女達は一種異様な熱気を持ってこの日を迎えた。


「ククク、待っていろ男共。今よりこのイーシェがお前等に恵みを授けてやるわっ、ミョ!」

「何かなー、何でこんなに悪の親玉みたいかなー」

「ハァハァ、待ってて下さいムエイ様! 今から貴方に、お、想いを伝えにっ!」

「こっちはこっちで目血走らせてるしぃ……。ほら落ち着いて、ミリアさん。興奮しすぎですよ。愛しのムエイさんの前で鼻血なんて出したくないでしょう?」


 何とかミリアを宥めすかす蒼。

 イーシェはあれだ、放っておいても大丈夫だろう。逞しいし。

 蒼の言葉で若干落ち着きを取り戻したミリアは、それでも震えは止まっていなかったけれど何とか笑みを取り戻した。


「あ、ありがとう。何とか落ち着いたわ……」

「まだ震えてますけど?」

「こ、これはっ、むむ武者震いよ!」

「噛みまくってますけど」


 緊張しまくっているミリアの様子に苦笑いを浮かべるしかない蒼。

 イーシェは、こちらがミリアを宥めている間にさっさっとお菓子を配りに行ったらしい。あの様子だと、ばっちりお返しを請求する気なのだろう。ちゃっかり、自分の容姿を武器に強請るのかもしれない。

 彼女はそういう部分は非常に強かだ。

 ふと、ミリアのお菓子の入っている袋を見れば、どうやら一個だけではないらしい事が伺える。

 バレンタインの話をする時に、義理チョコや友チョコの話もしたのでその類の物かもしれない。

 そんな風にぼうっと袋を眺めていると、ミリアが袋に手を入れ紙に包まれた菓子を取り出し蒼に渡した。


「え?」

「一応今回お世話になったし、友達同士で渡したりするんでしょ?」


 驚き、一瞬言葉を失ったが、蒼もまた自分の抱える物を一つミリアに渡した。

 早夜から作り方を教わったパウンドケーキ擬きだ。木の実入りだったり、ドライフルーツ入りだったりする。


「じゃあ私もミリアさんに」

「あら、これだとお返しを貰った事になるのかしら?」

「いえ、互いに友チョコを渡したって事になるみたいですから、次の月にはお互いにお返ししてましたよ」

「そう。でもこの事はイーシェには言わない方がいいわよね」

「そうですね、三倍返し要求されても困りますし……」

「彼らには犠牲になって貰うしかないわね」

「ですね」


 そうして、ミリアはいざ決戦の場へと旅だった。

 それを見送る蒼は「さてと」と呟くとある物を取り出す。

 それはとあるお菓子に付いていたオマケである。しかもシークレットと呼ばれるレア物。

 日本に帰った時、花ちゃんのお気に入りとなったロボットのストラップである。

 これを花ちゃんが受け取ったら。その時の反応を思い浮かべると、自然と口元が緩んでくる。


「蒼ー!」

「花ちゃん!」


 そこに思い浮かべていた花ちゃんが現れる。

 どうやら他の魔導生物も一緒のようだ。見れば、そのまた後ろの方にも此方を窺う魔導生物達の姿があった。


「コレ、受ケ取ッテ下タイ! 僕達ガ力ヲ合ワセテ作ッタノデツ!」


 それはとても大きなパウンドケーキ擬きだった。

 花ちゃん一体だけでは持ち運べない位に大きい。


「え!? 本当にくれるの!? こんなに大きいの大変だったでしょ? 凄く嬉しいよ。ありがとう花ちゃん!」

「エヘヘーデツ」

「あなた達もありがとうね」


 花ちゃんと一緒にお菓子を運んできた者と後ろで様子を窺っている者。彼らにもお礼の言葉を送った。

 彼らは嬉しそうに小踊りしている。相変わらず、全身で感情を表す子達である。

 これは早速こちらも渡さなければと、ストラップをその手に持ち変えた。


「花ちゃん、これ私から。バレンタインのプレゼントだよ」

「ヒ、ヒョー!? コ、コレハッ!!」


 蒼が手を差し出すと、素直に両手を差し出してくる花ちゃん。

 そのちっちゃな手に引っかけるように、ストラップの紐を掛けた。

 花ちゃんはそれを見た途端、奇声を発してそれを眺める。

 他の魔導生物達も、「ナニナニー?」と集まってストラップを見ると、皆花ちゃんとそう変わらないリアクションで驚きの声を発した。


「アリガトーデツ、蒼!!」


 花ちゃんを筆頭に、皆口々に感謝の言葉を伝えてくる。

 その目は皆一様にキラキラと輝いていた。しまいには皆で“喜びの舞”踊っていた。

 こんなにも喜んで貰えるなんて。何か彼らの中で、ロボットの存在は神聖化されてないだろうか。ちょっと心配になる蒼であったが、もしそうだとしても彼等の事だ。実害などないのだろう。

 ロボットのフィギュアを祭壇にまつって、崇める魔導生物達の姿を思い浮かべて、見てみたいなんて思ったのは蒼の心の中での秘密である。

 そんな彼等を暖かく見守っていたら、騒ぎを聞きつけたのか亮太がやってきた。

 手ぶらな事から、どうやらまだイーシェの被害にはあっていないようである。その代わり、亮太の存在に気付いた魔導生物達にわらわらと取り囲まれていた。

 何故か彼等は、豆の様な物を投げつけている。一粒こちらに転がってきたので拾ってみると、それはたまごぼーろであった。彼等はたまごぼーろを投げつけている。

 一体何故、と思った蒼は「あ、」と思いだした。

 バレンタインの話をする序でに、節分の話もしたのである。それがどうやら彼等の中で不思議な科学反応を起こし、このような結果になったようだ。

 蒼はただそれを眺めていた。亮太の「あだだだだっ!?」という声が聞こえたが、きゃらきゃらと楽しそうな魔導生物達の前では些末な事。彼等の笑顔、マジ天使なのである。

 暫し癒されていた蒼。彼等の豆まきならぬ、ぼーろまきは終わったようだ。一体どういった基準でそれは成されたのか分からないが、たまごぼーろに埋もれる亮太を見て、「ああ、自分じゃなくて良かったな」と思うのだった。


「あ゛ー、酷い目にあった……」

「一応バレンタインのつもりらしいからちゃんと食べてあげなさいよ?」

「まあ、あいつ等に悪気はないのは見て分かったけどな……あ、以外に美味い」


 潰れてしまった物や汚れてしまった物は仕方がないが、そうでない物はなるべく拾って集めた亮太。その中の一つを摘んで口に放り込むと、サクッとした歯ごたえとほんのりとした甘さと共に、ホロホロと解けて口の中で消えていった。素朴で懐かしい味である。


「後これ私から」

「え? あー……ありがと、な」

「ん」

『…………』


 蒼から菓子を受け取った亮太は何故か無言になった。何となく蒼も無言になってみる。

 当然の事ながら、二人の間に静寂が訪れたわけだが、じっと見つめる蒼を前に、亮太はやたらと視線をさまよわせた。目の下を赤く染め、何処か気まずそうな彼の様子に、蒼は漸く合点がいった。


「なに、亮太。もしかして私があんたを好きだって言った事気にしてるとか?」

「っ!!」

「うわー、図星かー」


 言い当てられて更に気まずそうな亮太。蒼はそんな彼に特に何か言うでもなく、もう一つの包みを渡した。


「あ? なんだ?」

「早夜から」

「なっ!?」


 ボンと音がするんじゃないかと言うくらいに一気に顔を赤くする。明らか自分の時とは違う反応に、蒼は口に手を当て吹き出した。


「プフーッ、わっかりやす! 態度めっちゃわかりやす!」

「か、からかうな!」

「フフン! 今からかわなくて何時からかうのよ。

 まぁ、あんたの好きなのは早夜なんだから、もっとどうどうとすりゃいいじゃない。今更気を遣われても逆に傷つくわよ」

「う゛……すまん」

「ほらほら、謝るな。それに、今の所私の一番も早夜なのよね……」


 そう言って、可愛らしくリボンや花などを使って包んである菓子の包みを見せた。まるで見せびらかすように。


「そ、それは!?」

「ふふーん、どう? これ早夜からの友チョコ! あ、チョコじゃないから友菓子? まぁ、どっちでもいいわ。

 ねぇ、どう見てもあんたと私の、違うと思わない?」

「そ、そんなの女同士なんだから見た目を可愛くするのは当たり前だろ!?」

「ふーん……じゃあこれは?」


 次に取り出した物は明らかに大きさが違った。落ち着いた感じのその包装にも気を使っており、亮太の物とは比べようもない。


「これね、リュウキさんにだって。義理だとしても、全然違うわよね、気合いが……」

「そっか……分かってた。俺のは……」


 ガクリとその場に膝をつく亮太を慰めるように、蒼が力無く下がった肩に手を置く。


「俺は、その他大勢に過ぎないんだな……」

「気落ちするのはまだ早いんじゃないかしら」

「蒼……?」

「よく考えても見なさい? あのナイール王子の目を盗みつつ、このお菓子を作った早夜の事を」

「あ……」

「作る数も限られてくる上に、リュウキさんなんて生き別れのお兄さんと分かって、初めてのバレンタインなのよ。他の物が疎かになってしまうのも頷けるわ」

「そ、そうか、そうだよな」


 亮太の顔つきが若干明るくなった。

 蒼は続けて言う。


「今の所、本命が居ないのは確かだわ。亮太の事も、きっと振られた訳じゃないの。ただ、今まで色んな事があり過ぎて、告白の事を忘れちゃってるだけなのよ!」

「…………」


 亮太が地面に突っ伏した。

 何だか腕の隙間から見える地面が湿っている様に見えるのは気のせいだろうか。


「大丈夫よ。今色々とキャパオーバーなのよ、あの子。きっと今の状況が落ち着いたら思い出してくれるわ。

 記憶なんて、あんなキラキラしい王子様達を前にしてご覧なさい。地味な物が埋もれてしまうのは仕方がない事なのよ」


 フォローの様で全然フォローになっていない蒼に、今度こそ亮太の顔の下の地面は濡れるのだった。


「あ、そう言えば。イーシェさんからはまだ貰ってないみたいだけど、気を付けた方がいいわよ」

「うん? それならさっき此処に向かう途中で会ったぞ?」

「え!? お菓子貰わなかったの!?」

「いや? ただ、すれ違うときに俺をじっと見たと思ったら鼻で笑われたんだけど、あれって何だったんだ?」

「イ、イーシェさん……」


 蒼には分かった。

 イーシェはきっと、亮太を見て「こいつに三倍返しは見込めないミョ」とか思ったに違いない。

 何だか凄い罪悪感に見舞われる蒼。


「亮太……」

「ん? 何だ?」

「何か、ごめん……」

「は?」

「いや、なんて言うか……色々とご免なさい」

「何だろうな。何でこんなに哀れんだ顔で見られんだろうな」


 何だか、酷く遣る瀬無さを感じる亮太。

 そんな亮太のじとっとした視線に耐えきれなくなった蒼は「あ、早夜のお菓子をリュウキさんに届けなくっちゃ☆」等と言って彼の側から離れた。

 実際渡す予定であったのだから、これは逃げではない。自分に言い聞かせる蒼なのであった。


「あ、いたいた。リュウキさーん!」

「……? ああ、君か。あまり外を出歩くと見つかるぞ」

「大丈夫です。花ちゃん達が見張ってくれてますから!」


 蒼のその言葉に、「そうか」と言って目を細めるリュウキ。

 背も高く整った顔に、程良い筋肉のついた均整のとれた体付き。姿勢正しく真っ直ぐに延びた背筋は彼の性格を表しているようである。

 そして極めつけはその甘く優しげな眼差し。

 蒼はホゥッと溜息をつく。内心、ミリアが一目惚れしても可笑しくないわ、と思った。目元に関しては、兄妹らしく早夜と似ていると感じる。


「リュウキさんって目元が早夜と似てますよね」

「そうか?」

「はい! 流石兄妹です!」


 リュウキは嬉しそうに笑った。

 蒼は当初の目的の菓子を取り出す。


「リュウキさん! はい、バレンタインです!」


 蒼は菓子の入った袋ごと渡す。彼に渡せば必然的に全員に行き渡ると思ったからだ。


「バレンタイン……ああ、あの行事か」

「やっぱり分かってましたか。その中に他の人の分も入ってますから。私と早夜からです。因みに、一番大きいのが、早夜からリュウキさん宛の物ですからね」

「ああ、有り難う」


 菓子を受け取ったリュウキは、愛しげに袋の中身を見た。

 恐らく、早夜の気合いの入った菓子でも眺めているのだろう。

 すると、ふと思い出したように顔を上げ、リュウキは蒼に訊ねた。


「そういえば、このバレンタインの事をミリアやイーシェに話したのか?」

「え? はい、話しましたけど? あ、もしかしてもう渡されたんですか?」

「ああ、イーシェにはしっかりと三倍返しを要求されたよ」

「あははー、やっぱりー」


 イーシェにとって見込み有りと見なされたようだ。


「それで、ミリアなんだが……」

「あー、告白されたんですね?」

「いや」

「えっ?」


 てっきりセオリー通りに告白でもしたのだと思っていた。しかし、困ったように笑うリュウキに違うのだと分かった。


「菓子を渡された途端走り出してしまってな……」

「ああ……」


 どうやら想い人を前に怖じ気づいてしまったらしい。いつもはグイグイ来るくせに、いざとなるとテンパってしまうようだ。

 先のミリアの様子を思い出し理解する。

 ミリアは本番に弱いと、蒼は脳内プロフィールに付け足しといた。


「イーシェさんのお返しってどうするんですか?」


 気になったので聞いてみる。

 すると、リュウキはさして困った風でもなく、逆にニヤリと笑った。

 何だかこういう悪どい顔も、以外と様になっていて思わずドキリとする蒼。後で早夜に教えてあげようと決めた。


「なに、見たところ菓子の材料の値段はさほど高くはなさそうだ。それの三倍と言われた所で、さして困りはしないさ。色を付けても市で売られているパタゴーヤ一つで事足りるだろう」

「まぁ、この環境で用意できる材料なんて高が知れてますもんね。イーシェさんも爪が甘いな……。

 ところで、パタゴーヤって何ですか?」

「ああ、それはこの世界ではごく一般的な果物だ。見た目は君の世界のスイカに似ているかな。とても甘くて子供のおやつにされる事が多い。それと、美容に良いとされ、若い女性にも人気の果物だな」

「なるほど、美容にうるさいイーシェさんにぴったりのお返しですね!」

「ああ、よければ君へのお返しも同じ物にしようか」

「是非、お願いします! 凄く興味あります!」


 そんな感じで、蒼のバレンタインはほのぼのと終わったのだった。





次はミリア視点でいきます。



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