バレンタインの悪夢
バレンタインの小話です。
夢落ちではないです。
それは蒼達がお土産として持ってきたお菓子を食べていた時の事。
ふと蒼は思い出し言ったのだ。
「あれ? そういえば、もうすぐバレンタイン?」
「バレンタイン、デツカ?」
「そーよー、女の子が想いを寄せる相手にチョコと共に想いを伝える一大イベントよ!」
「何ト!」
「まあ、メインイベントはそれだけど、お世話になっている人とかに日頃の感謝の気持ちと共にチョコをあげる事もあるわ」
「ジャア、僕ハ蒼二チョコヲアゲルデツネ!」
「え? ほんとにー? その気持ちだけで凄く嬉しいよ、花ちゃん!」
「キャー!」
嬉しい事を言う花ちゃんに、蒼は感情のままにそのもちもちの頬っぺをもにゅもにゅと揉み込む。花ちゃんは小さい為、実質的に頬っぺただけでなく体全体も揉み込む結果となるのだが、非常に楽しげに声を上げる事から全く問題はないのだろう。
蒼曰く、問題はこのけしからん病みつきになる触り心地なのだそうだ。
そんな風に戯れていると肩に手を置かれた。
「はい?」
反射的に返事をし、振り返った蒼の目に写ったもの。
それは、ただならぬ妖気を纏ったイーシェの姿。
思わず「ヒッ!?」と喉を引きつらせてしまうのだが、更にもう片方の肩を捕まれ再び声にならぬ悲鳴を上げた。
今度はミリアであった。
こちらは目を血走らせていて、また別の意味で怖かった。
蒼は花ちゃんと体格こそ違うが抱きしめ合った。
「一人だけでお菓子を食べるなんてぇ、何てひでぇ奴ミョ~。独り占めはダメ! ゼッタイ! ミョ」
「い、今のばれんたいん?の話、詳しく聞かせてもらえないかしらぁ!?」
「は、はい~!?」
「怖イノデツ~!」
蒼は二人に恐怖を感じつつ、バレンタインの話をするのだった。
「フーン、なるほどミョ。なかなか興味深いイベントミョ。特に次の月にはお返しが貰えるのがいいミョ。……ムフフ、三倍返しかミョ……」
「お、想い人にチョコを渡すのね! ああ、ムエイ様~! で、チョコはどうやったら手に入るのかしら?」
「あ~、こっちの世界にあるのかなぁ? 後、想い人には手作りが定番ですね」
「それなら任せて! お料理は得意よ!」
「でも、手作りするにも私が持ってきた物だと既に加工されちゃった物が殆どだし……。出来るとすれば、お徳用の一口チョコぐらい? でもこの前皆で食べてしまいましたし……」
「ああ……イーシェが気に入ってバクバク食べてたものね……」
「それは仕方ないミョ。そこに旨い物があれば止まらなくなるのが世の摂理ミョ。それにイーシェだけじゃないミョ。カムイも遠慮なくボカスカ食ってたミョ」
「ああー、でも別にチョコじゃなくともいいと思いますよ。本来は花にメッセージカードを添える物だったらしいし。相手の好きな物とかで……」
「花とカード……安上がりミョ」
「じゃ、じゃあ、あたしの得意なお菓子とかでもいいのかしら?」
「いいんじゃないですか? 気持ちがこもってれば」
「そう? そうよね!」
斯くして彼女達はチョコに変わるお菓子を作る事となった。
用意できる材料で作れる物は限られるが、マヒィンやパウンドケーキ擬きなら作れそうであった。
そして……。
「いや、これは……」
それを見た人間は、皆言葉を無くした。
この世にこんなにもおどろおどろしく見える菓子があったのかと……。
「こ、この所々に見える蛍光色のピンクやら紫って何ですか?」
「それはイーシェの世界では定番の隠し味に使われる、ミンダモンダっていう草ミョ。この世界にもあってよかったミョ」
「いや、全然隠されてないですけど!? ヤァ、僕ミンダモンダ!って、自己主張してるんですけど!?」
「熱を加えた事によって色鮮やかになってるだけミョ。味はちゃんと隠されてるミョ。文句を言う前に食べてみるミョ。試食用はちゃんと残してるミョ」
そう言って取り出された一口サイズの菓子と呼ぶのは烏滸がましい物体。
蒼とミリアはそれを前に冷や汗を流しながらそれぞれこう思った。
『可笑しい。可笑し過ぎるわ。だって材料は皆同じ筈。現に私が早夜に教えて貰った作り方で作った物はそれなりの出来映えだったわ。隠し味のせい?』
『可笑しい。可笑しいわ。だって大体あたしと同じ行程で作った筈よ。でも、何か混ぜてる間に少しづつ色が可笑しくなった気がするけど……。隠し味が原因? でも、それっぽいのは最後に入れてたような……』
「何ブツブツ言ってるミョ。さっさと食うミョ」
『ムグッ!?』
なかなか手を出せずにいた二人に焦れたイーシェは、それを無理矢理口に放り投げた。
一口サイズな為、それは容易く口に入り込み、蒼とミリアはそれを無意識に租借してしまった。
途端に広がる得も言われぬ味に、二人は悶絶する。
「ングッ!? あまっ……え? 辛い!?」
「~~っ!? に、にがっ!?」
口に入れた瞬間は甘みを感じたが、次の瞬間には舌を刺激する辛み。そして強烈な苦みというかえぐみが襲ってきた。同時に生臭いような青臭い臭いも。
とてもじゃないが飲み込めそうもない。
鳩尾辺りがぐるぐるとしてもう駄目だと思った瞬間だった。
『え? 何この清涼感?』
二人同時に呟いていた。
今まで感じていたとんでもない味も臭いも、爽やかなミントを思わせる清涼感と共に消え去り、すんなりと飲み込む事が出来たのだ。
「その清涼感がミンダモンダの特徴ミョ。どんな酷い後味も、爽やかな清涼感と共に消し去ってくれる素晴らしい隠し味ミョ。おまけに整腸作用もあるからお腹壊さないミョ」
「え!? ちょっと待って? どんな酷い後味も!? 整腸作用!?」
「イーシェあんた! 最初からこんな味になるって分かってたの!? しかも整腸作用って! お腹壊しそうな物人に食べさせようとしてたの!?」
「エヘヘ。イーシェ料理は苦手なんだミョ」
頬を染めながら照れたように言うイーシェ。
なまじ見た目が可憐なのでとても愛らしく見える。
しかし、それでも先ほどの味はあんまりである。可愛さで許せるものには限度があるのだ。
「え? ここ照れるところ? 反省する場面じゃ……」
「イーシェ、こんな物貰った方の気持ちを考えなさいよ。お返し貰えないわよ?」
「ガーン! な、何だってぇー!?」
凄くショックを受けるイーシェ。その場に膝をついた。
そこに救いの手を差し伸べる者が居る。
「イーシェタン」
「コレ、使ッテクダタイ」
「皆デ作ッタノ」
それは花ちゃん達魔導生物だった。
彼らは、蒼達がお菓子を作るのをこっそりと見ていた。花ちゃんに至っては、蒼のサポートもしており、行程も全部覚えたのだ。
それで彼らは健気にもせっせとお菓子を作った。
ピトや蒼達に日頃のお礼も込めて。
でも魔導生物達は数が多い。気付いた時には結構な数になっていたのだ。
「ダカラ僕タチノ分使ッテクダタイ」
「私達ハ食ベレナイカラ、ソノ方ガ無駄ニナラナイノ」
「無駄ニナラナイシ喜バレルナラ幸セヨー」
「は、花ちゃん……」
「あ、あんた達……」
感動し、目頭を熱くさせる。そしてイーシェはというと……。
「フ、フフフ……これで来月のお返しは頂いたミョ。さーんばーいがーえし! ミョ!」
「イ、イーシェさん……」
「イーシェ、あんたって子は……」
「フフン、感動で腹は膨れないミョ。感謝は見事三倍返しを貰ってからするミョ!」
イーシェはどこまでいってもイーシェなのであった。
《おまけ》会話文
「おーい、何してんだ!?」
「あ、カムイ」
「何かいい匂いすんなぁ(クンクン)」
「ちょっと、盗み食いは駄目よ」
「何だよ、何かいっぱい作ってるじゃねーか。一つくらいいーだろ?」
「じゃあ、これやるミョ」
「え!? ちょっ、それは!?」
「イーシェ、いくら何でもそれは駄目じゃないかしら!?」
「あ? 何だこりゃ。変な色だな。ま、いっか。腹減ってるし(パク)」
『ああ~!?』
「んぐっ!?」
「カ、カムイさん!?」
「ちょっと、大丈夫」
「ンン……ゴクン。プハー、ハハハ! なんだこりゃ、面白い味だなぁ!」
「え゛!? 面白い!?」
「あの料理を冒涜している物を面白いで済ませるの!?」
「ミリア、ヒデー言い草ミョ。でも、否定はしない……ミョ」
「ハハハ、食えりゃ何でもいいじゃねーか(モグモグ)」
「凄い。全部食べる気だ」
「結構量があったのに……カムイ、あんた凄いわ……」
「ある意味尊敬します」
「食べ物無駄にしちゃ、ダメ! ゼッタイ! ミョ!」
『あんたが言うな!!』
カムイ。彼の生まれた世界では食べ物が貴重で、あったとしてもまともな味なんかしなかった事が殆どでした。大抵泥臭かったり、腐っていたり。
なので、一般的に不味いと言われる物でも、食べれるなら何でも食べれます。
こうして、イーシェのお菓子は無駄にならずに済んだのでした。
こうして、カムイのお陰で彼らのバレンタインは悪夢とならずに済んだのでした。