通じる想いと伝わる鼓動(シェル)
リクエスト頂きました。
シェルのお話です。
「あ……シェル、さん……」
「しー……少し黙っていろ……」
シェルは長椅子に座り、早夜のその華奢な身体を抱き上げ、膝の上に乗せた。
横抱きにし、体格差もあって、一見すれば子供をあやしているようにも見えなくも無い姿であるが、彼らの表情をよく見れば、そうでない事は一目瞭然である。
互いを見つめるその眼差しは熱く、早夜の白磁のような肌は、ほんのりと薄紅色に色づいていた。ただ、少し戸惑いが残っているようで、その瞳は熱を帯びてはいるものの、ゆらゆらと揺れていた。
「如何した? 俺のこの胸の奥を視てはくれないのか……?」
焦れた様に早夜の耳元で囁けば、彼女はビクンと身体を震わせた。
そして困ったようにシェルを見上げ、フルフルと首を振った。
「い、いくらなんでも、これは近すぎます……そ、それに、この姿勢だって恥ずかしいし……」
「何故だ? 恋人同士ならこれくらいは当然だろう?」
「こ、こいっ!? いつ恋人同士になったんですか!?」
真っ赤になって喚く早夜。
するとシェルは咎める様な視線を投げかけると、
「酷いな。この俺を本気にさせておいてそんな事を言うのか? それに、そんな顔で俺を見ておいて恋人同士じゃないと?」
「そ、そんな顔?」
どんな顔だろうと思いながら、早夜は自分の顔を撫でてみる。
しかしシェルは早夜の顔を覗き込むと、彼女の手をどけ自分の手を置いた。
するりと早夜の頬を撫でる。
途端に真っ赤になって、早夜は瞳を泳がた。
楽しげにその様子を眺めていたシェルであったが、頬に添えた手で此方を向けさせると、その青い瞳で早夜の瞳をを捕らえた。その瞳はまるで獲物を捕らえる檻のようだと早夜は思った。そして、その檻の中に早夜は閉じ込められたかのように身動きが取れなくなっていた。
シェルは目を細めると、先程の早夜の疑問に答えてやる。
「その顔……俺が好きで好きで堪らないと言う顔だ……」
「えぇ!? う、嘘……」
「嘘なものか。そんなに瞳を潤ませておいて、そんなに白い肌を赤く染めておいて、違うとは言わせない……」
「え、ぁ…ゃっ」
その時頬を撫でていた手が早夜の耳を擽り、小さく悲鳴を上げた。こそばゆさにゾクゾクとして、肩を竦めてしまう。
そんな反応を示してしまった事と、シェルがそんな自分を観察するようにじっと見つめている事が恥ずかしくて、両手をシェルの胸に突っ張るようにして置いた。
しかし、腰に置かれた彼の手は、離れる事を許してはくれず、己の身体を少し反らせる事しか出来ない。
「で? 視てはくれないのか?」
「え?」
「俺の魂を……」
そう言いながら、シェルは自分の服に手を掛け、前を肌蹴てゆく。
その行為はあまりにも自然で、早夜の反応が遅れた。
綺麗な鎖骨と、引き締まった胸板が見えてきた時点で、早夜は漸く悲鳴を上げた。
「き、きゃああああ!! な、ななな何してるんですか!?」
真っ赤になって飛び退ろうとするも、やはり早夜の腰はしっかり掴まれていて逃げる事は出来ない。
そんな早夜を前に、シェルは何処までも涼しい顔で、
「こうした方がより魂が視易いんじゃないか?」
と言いながら、完全に前を開いてしまった。そして横にグイッと開き、左胸を晒した時、何かが見えそうになって、早夜は慌てて俯き目を瞑った。
シェルは予想通りの反応に頬を緩める。その青い瞳は何処までも愛しげに揺れていて、優しいまでで、世の女性が見れば全てを投げ出してでも縋りたくなってしまいそうな表情を浮かべているが、今の早夜は俯いてしまっている為に見る事は叶わないだろう。
俯いたせいでパサリと長い髪が垂れ、早夜の表情を隠してしまっていた。その代わり、真っ赤に染まった耳が、黒い髪の間から顔を出している。
緩んだ頬をそのままに、シェルはそのチラリと覗いた耳に垂れた髪を掛けてやり、唇を寄せた。そしてわざと甘い掠れた声を出す、
「サヤ、此方を見ろ……」
すると、案の定過剰なまでに早夜はビクリと肩を揺らすと、ブンブンと首を横に振る。その目は硬く瞑ったままだ。
ならばと、シェルはニヤッと笑いながら早夜の手を取り、肌蹴た胸に導いた。
緊張している為か、その真っ赤な顔に反してその手はひんやりと冷たい。さぞかし彼女の指には熱く感じる事だろう。逆に熱を帯びた此方の胸には、酷く冷たく感じた。
そしてシェルの予想通り、指先に感じる熱に驚いたのか、早夜は咄嗟に目を開けるが、シェルの引き締まった胸板を目の当たりにしてしまい、「キャッ」と可愛らしい悲鳴を上げて再びギュッと目を瞑る。
「遠慮などせず、好きなだけ見て触れていいんだ。俺はお前のものだからな……」
「っ……」
シェルの手に力がこもり、胸に置かせたその手を動かし撫でさせようとしたが、早夜の手は硬く強張っている。
これでもかというほど真っ赤になって、その手同様体を強張らせている早夜を、フッと苦笑するように眺めてから、グイッと手を後ろに引いた。
「その代わり、お前も俺のものだ……」
悲鳴を上げる間も無く、早夜はその肌蹴た胸に飛び込む事になってしまった。
「っ……!」
頬に熱い肌を感じて彫像のように固まった早夜の身体は、その喉も緊張させ叫び声を上げる事も出来ない為、心の中で上げるに留まっているようだ。
「ククッ、そんなに緊張するな。ますます苛めてしまいたくなる」
「~っ!」
苛めるという言葉にビクンと肩を震わせるが、やはり声は出ない。
離れたいのに体は強張って動けないし、己の手と腰をしっかり掴まれてしまっている為、動けたとしても逃げる事は叶わないだろう。
どうしたらと悶々と考えていた早夜の耳に、シェルが言葉を発した。
「聴こえるか……?」
「……ぇ?」
何の事か分からず、小さく疑問の声を発した。
顔を上げようとする早夜の頭に、シェルは手を置き己の胸に押さえつけてしまう。
「俺の心音だ……」
「ぁ……」
先程から自分の心臓の音しか聞こえなかった早夜は、シェルの言葉に少しだけ心を落ち着かせて耳を澄ませてみる。
その涼しげな顔からは想像もできない位に、彼の心臓は早く音を奏でている事が分かった。
「聴こえたか?」
シェルの問い掛けに、早夜は小さく頷く。
「お前を前にすると、俺の心臓はこうも激しく脈打つ。その意味がサヤ、お前は解ってくれているか?」
そう訊ね、シェルは早夜の顔を上げさせる。
真っ赤に染まった顔。
その漆黒の瞳が捉えるのは真剣さと熱情をはらむ青い瞳。
その瞳を見て、早夜は先程言ったシェルの「好きで好きで堪らない……」云々と言う言葉は、彼にも当て嵌まるのではと不意に思った。
急に堪らない想いが早夜の胸に迫り、彼の名を呼ぶ。
「……シェル……」
名を呼んだだけでこんなにも胸が震える。そして、その声は思いの外甘く掠れていて、何だか自分の声では無い様に思う。それでも、この湧き上る想いは本物だと確信した。
ふと目線が僅かに下がり、彼の形のよい唇を眺めた。
彼の気持ちはもう既に知っている。以前聞かされたから。
けれども今直ぐその言葉を、彼のその唇から聞きたいと思った。
見つめる先で、その唇が僅かに開く。シェルの低く撫ぜる様な声が耳に届いた。
「随分と熱心に見ているのだな……口付けが欲しいのか……?」
ハッと見上げた目線の先で、青い目がスッと細まる。「え?」と顔を赤める早夜に、シェルは艶っぽく笑うと顔を近づけてきた。
けれども早夜は唇が触れ合う寸前でフイッと顔を背けてしまう。
「何故顔を背ける? 口付けが欲しかったのではないのか?」
少々不機嫌そうな顔で、シェルはそう言った。
「ち、ちがっ――」
自分はただ言葉が欲しいだけだと言おうとして、早夜はハッとなった。
自分はまだ何も伝えていない。
この溢れ出しそうな気持ちを……。
早夜はじっとシェルの顔を見つめ返し、そっと口を開く。
「私……私は、シェルさんの事が……」
目の前の青い瞳が見開かれてゆく。
そこに映る自分の姿を見た時、急に恥ずかしさに気持ちが萎む。思わずフイッと目線を外してしまった早夜は、肌蹴た彼の胸をまともに見てしまい更に顔を背けた。
頭上で、「サヤ?」と呼ばれるのを聞いたが、顔を上げる事が出来ない。
「俺の事が何だと? サヤ、教えてくれ……口付けを拒むほど、俺の事が嫌いなのか?」
「ち、違います!」
否定するのに咄嗟に顔を上げてしまった。
青い瞳が鋭く早夜を見据える。再び早夜は身動きが取れなくなった。それでも必死に言葉を紡ごうとする。
「あのっ、それはその……私はシェルさんの事が……」
「俺の事が?」
「す、す――……」
シェルの瞳が期待するように光を放っているが、どうしてもその先を紡ぐ事が出来ない。
微かに身を震わせながら、早夜はギュッと目を瞑った。そして、勇気を振り絞りギュッとシェルの首にしがみ付く。
こうしてしまえば彼の顔を見ずに済む。抱きつく恥ずかしさは、この際告白する恥ずかしさを前に、なりを潜めていた。
「サヤ?」
いきなりしがみ付かれた事に驚きながらも、その細い腰に手を回す。
花の様な甘い香りが鼻腔をかすめる。その香りは強く抱き締める毎に強く香ってくるようだった。
その香りに陶酔してしまっていたのだろうか。次に聞こえて来た早夜の言葉に、シェルは咄嗟に反応が出来ずにいた。
「好きです……」
今にも消え入りそうな囁き声。抱き付かれていなければ聞こえなかったかもしれないその言葉。
シェルは徐々にその言葉を理解すると共に瞠目する。
そして、噛み締めるように喜びが込み上げ、シェルは早夜を抱き締める腕に力を込めた。
「本当か……?」
「……っ」
早夜はコクコクと頷く。
しかしシェルは「信じられないな」と呟き早夜を抱きかかえたまま身体を反転させた。
「え? あの……」
目の前にはシェルの顔とその肩越しには天井。
長椅子に自分は組み敷かれていると理解する。
「な、何で……? あ、あのっ、ほ、本当ですよ! 本当にシェルさんの事――」
――プチン。
「え……?」
その微かな音は自分の胸元からしなかったか……。
しかも、持続的に聴こえてくるような……。
「な、ななな何してるんですか!?」
「見て分からないか?」
分かるも何も、今シェルは早夜の服に手を掛け、小さなボタンを一つ一つ取り外そうとしている。
胸の中に外気が入り込んでくる感じがして、慌てて早夜は胸の前で手を交差して、がっちりガードした。
「こら、これでは脱がせないだろう?」
「ぬ、脱がすって何でですか!? 何で脱がす必要があるんですか!?」
「サヤが俺を本当に好きか、確かめさせてもらおうとしているんだが?」
「た、確かめるって……」
「俺と同じ位に、もしくはそれ以上に激しく音色を奏でているか、だが?」
そう言いながら、丁度心臓の上辺りを、人差し指でトントンと軽く叩くシェル。
「やっ、激しいですから! 物凄く激しく脈打ってますから!!」
「そうか。それは是非とも聴いてみたいな……」
早夜の必死の訴えは聞き入れられず、シェルは再び服を脱がせにかかる。
「~~ッ……あっ! 脈! 脈を取ってください! そうすれば分かりますよね!」
「……チッ、上手く逃げたな……」
「きっ、聞こえてますよぅ! ほら、早く脈とって下さい! そしてどいてください!」
ズイッと手首を差し出してくる早夜に、つまらなそうな顔をするシェルであったが、やがて彼は悪戯っぽく笑うと、
「分かった。脈をとればいいんだな」
そう言って頷いた。
その笑顔が引っ掛かる早夜ではあったが、取り敢えず手を差し出すと、シェルはその手を無視して身を屈めてくる。
「えっ!? ちょっ、シェルさん!?」
首筋に熱く柔らかいものが押し付けられる。同時に湿った感触も。
熱く柔らかいものは唇。湿った感触は彼の舌。それが分かった瞬間、早夜は声にならない声を上げた。
「脈は首からも取れるだろう?」
早夜のパニックなど何処吹く風なシェルは、シレッとした顔でそんな事を呟く。
「ななな何も口でとる事無いじゃないですかっ!」
「生憎と両手はお前を愛でる事で塞がっていてな……ああ、成る程、凄く早いな……」
「ひゃわっ! て、っててて手が!」
首元で喋られるこそばゆさと、際どい所を撫でられる感触に早夜は最早何を言っているか分からない。
「これだけ速ければ俺の事が好きなのだと判断しよう」
「じゃ、じゃあもういいですよねっ! ねっ?」
早夜は必死にシェルの手をどけようとする。しかしその手は離れる所か益々大胆になっていった。
「止められる筈が無いだろう? これほど嬉しい事はないというのに……今までの分も愛でてやるから覚悟するんだな」
「ひ、ひゃぁぁぁ~!!」
「………」
「と言う夢を見ました」
「……シェル、それはあまりにもアレじゃないだろうか?」
「? あれとは何がですか?」
「いや、都合よすぎというか……フゥ、流石にサヤ嬢と再び再会した時が心配になるよ……」
マウローシェに昨夜見た夢の内容をにこやかに語って聞かせるシェル。
ここまで開き直ってこられるのも如何だろうとクリオーシュの男装の王女は思い悩む。
「くれぐれも再開した時に暴走して嫌われるような事にならないように、ささやかだけれども祈っておくよ……」
「それはどうも。でも、ここまではっきりとした夢であれば、正夢になっても可笑しくない様な気になります」
「いや、うん。まぁ、正夢になるといいね……」
(シェル……ここまでくると君、薄ら寒くなってくるよ……)
これは早く会わせてやらねば、彼の人格が崩壊しかねないと、この目の前の元恋人の友人について本格的に考え出すマウローシェであった。
シェルの妄想万歳。
キスシーンは無いのに、何だかエロい。
早夜との会えない時間が広がるほどに、彼の妄想は止まる事を知りません。
早く本編の方で再会させてあげねば。