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薔薇の約束(リュウキ×セレン)

歌唄様に捧ぐ……。

今回もリクエスト頂いたものです。

 気が付けば、白い霧の中にいた……。



 霧は濃く、手を伸ばした先から、その乳白色の闇に呑みこまれてゆくようだった。

 その中を当ても無く歩いて行くと、ふと誰かが読んでるような気がして立ち止まる。

 耳を澄まして聞いてみれば、それは懐かしくも愛しい者の声だった。


「セレン!」


 此方も呼び掛けてみれば、あちらの声がよりはっきりと鮮明に聞こえてくるようになった。

 知らず、其方に向かって走る。逸る気持ちで彼女の声を追う。

 そして、望む者が目の前に現れた。


 煌く銀色の艶やかな髪。

 それは彼女の母であるシルフィーヌ王妃譲り。

 そして瞳は父でありアルフォレシア王、アルファード譲りの深緑。

 薄い夜着に包まれた、そのしなやかで柔らかそうな曲線を描く肢体。


 この白い闇の中で、彼女だけは鮮やかに彩られていた。


 激しくぶつかる勢いで互いにその身を寄せる。



「ああっ、リュウキ様……リュウキ……」


 その声は甘く耳朶に響き、胸にまで到達すると、それ以上の甘い声で彼女を呼んだ。


「セレン……セレンティーナ……」


 この濃い霧の中で、互いの顔しか見えず、彼ら自身それ以外は何も要らなかった……。


 リュウキの見下ろす先で、彼女のその美しい深緑の瞳は、浮かんだ涙でゆらゆらと揺れ、感情に呼応してか、色を濃くしてリュウキの姿を映し出す。

 熱に浮かされた狂おしい表情を浮かべた自身の顔をそこに見た。

 けれども逸らす事など出来ない。

 輝きを増すその緑色の瞳に、まるで囚われてしまったかのようだ。

 やがてそれに惹かれるように、顔を近づけてゆく……。


 紅を引かずとも紅く彩る唇。まるで薔薇の花弁のようだと思う。

 先に到達する自身の吐息に、軽く嫉妬心を覚え、半ば噛み付くようにその唇を奪った。


 腕の中の細く柔らかい身体。

 その存在を確かめる様に手を這わせてゆけば、腕の中でその身体は小さく震えた。

 まるで、全てを奪わんとする略奪者のように振舞う自分に、しかしセレンは翻弄されながらも抵抗する事無く全てを受け入れている。


 薄く開いた彼女の瞳は、少しの苦しみも無く、幸せと歓喜に溢れているようだ。

 その事が余計に自分を調子付かせていると、リュウキは唇を離し、荒い息をついて訴える。


「セレン……あまり俺を悦ばせるな……制御が利かない……」


 熱の篭もった掠れた声で囁けば、セレンもまた喘ぐ様に息をつき、


「制御などしないで、リュウキ……わたくしを求めてくれる事は、わたくしにとってとても嬉しい事ですもの……それにわたくしはあなたの妻です。これくらい受け止める器量は用意出来ていますわ」


 その強い眼差しに、リュウキは一瞬息を呑み込んだ。そして、それ以上の強い眼差しでその緑色の瞳を覗きこむ。

 セレンが少し怯んだ様に見えた。きっとこの黒曜の瞳の中に、獣でも見出したのだろう。

 しかし今更怯んだ所でもう遅い。自身の中の獣はその獲物を捕らえんと牙を晒そうとしている。


「俺の全てを受け止めるというのか……?」

「ええ、あなたの全てを……」

「では俺の中に居る獣も? お前の全てを奪いたい……喰らい尽くしたいと思っている獣だと言うのに?」


 そっと耳元で囁くと、セレンは細い肩を小さく震わせた。

 けれど次の瞬間には、キッと何処か睨むようにリュウキを見上げる。


「そ、それなら、わたくしにだって居ますわ! 獣が!」

「姫……?」

「セレンですわ!」


 姫と呼ばれて不機嫌な顔になるセレン。

 リュウキは予期せぬ彼女の言葉に目を見開いていた。

 そしてクッと堪えきれずに笑いを漏らすと、「笑うなんて酷いですわ」とセレンは拗ねて唇を尖らせてしまう。


 そんな彼女を可愛く思う。

 小さな頃から知っている、可愛いセレン。

 早夜の手を離してしまった自分が、最初は早夜の代わりにと護り慈しんできた少女。

 そうとは知らず、素直に無邪気に自分を慕って懐いてくれたセレン。

 けれど互いの感情は、いつしか恋慕に、そして愛情に変わった。

 心の底から彼女を愛しいと……護りたいと思っている。


 笑いを引っ込め、けれど口元には笑みの形を浮べたまま、リュウキはセレンを見下ろした。


「セレンの中にも獣が居ると?」

「そうですわ。わたくしだって、リュウキを……」

「ならばきっと可愛らしい獣なのだろうな。自らが捕食されるとも知らず、無邪気に無謀にも自分を喰らう獣に近付く小さい獣……」

「何だか馬鹿にされているように感じますわ……」

「馬鹿になどしていない……俺という獣は、そんな小さい獣が可愛くて愛し過ぎて、喰らう事も躊躇うほどだというのに?」


 フッと苦笑いを浮べ、セレンの頬に手を置いた。

 そして、先程の激しい口付けが嘘のように、穏やかに優しく慈しむ様に口付ける。


「あの時約束しただろう? 無事アルフォレシアに戻れたら続きをしようと……俺は必ず戻る。そうしたらお前に俺の全てを受け止めて欲しい」

「リュウキ……ええ、必ず……」

「今まで話してこなかった俺の世界の話もしよう。俺の家族の話も……ちゃんとセレンと家族になれるように……」

「ええ…待ってますわ……あら?」


 その時、セレンは初めて気づいたというようにリュウキの頭部に目をやった。


「そういえば、リュウキの髪が短いですわ……」

「……今頃気付いたのか……?」

「だ、だって、もう夢中で……」


 気まずそうに目を伏せるセレン。

 リュウキは少しばかり意地悪そうに笑うと、耳に掛かるサラリとした銀色の髪を後ろに流した。そして、露わになったその耳に唇を寄せる。


「夢中と言うのは口付けにか?」

「そ、そんなっ、違いますわ!」

「違うのか……?」


 真っ赤になって必死に否定するを見て、僅かに眉を寄せたのをどう思ったのか、セレンは慌てて言い繕った。


「い、いいえ。それも違わなくは無いですけど、リュウキ様に会えたのが嬉しくて……例え夢だとしても……」

「様が付いているが……?」

「あっ、そ、それは……さっきわたくしを姫と呼んだ罰ですわ……」

「フッ、そういう事にしておこう……しかしセレン、これは夢であって夢で無い……」

「え?」

「互いに会いたいという気持ちが、俺たちを夢の中で出会わせたんだ」


 気付けば霧は晴れ、ここは白い薔薇の咲き乱れるアルフォレシアの庭園だった。

 空には巨大な月が二人を見守っている。

 月は明るく照らし、お互いをはっきりと映し出した。

 その時、見回りの兵が、セレンの後ろからやってきたのだが、その兵士は二人がまるでいないかのように此方を見る事もなく通り過ぎてゆく。


「人は寝ている間は魂が抜け出しているという……」

「では、私たちは今、魂だけの存在……?」


 セレンの疑問の声に、リュウキは曖昧に笑って見せる。

 そして、傍らで咲いている薔薇を一輪手折ってセレンに差し出す。


「ならばたった今手折ったこの薔薇はどうなるんだろうな……目が覚めたら元に戻ってしまうのか……」


 セレンはその薔薇に手を伸ばし、その白い花弁に指を触れると、その傍からその白い花弁は赤く染まってゆく。


「まるで俺たちの想いを吸って色付いている様だな」

「ええ、本当に……」

「俺たちの想いの色は、赤なのだな」


 何気なく呟いたリュウキの言葉に、セレンはフフッと笑って、


「赤は情熱の色、愛情の色ですわね」


 そう言うと、リュウキも笑って、「そうだな」と頷く。

 そして、薔薇が完全に赤く染まると、リュウキは花弁を一枚抜き取った。


「ならば、この花弁、夢ではないという証に、一枚貰っておこう」


 そう言いながら、指先で摘んだ赤い花弁に唇を落とす。


「では、わたくしも……」


 セレンも細くしなやかな指先で、赤い花弁を摘み抜き取った。

 そして花弁に唇を落としながら、


「そして願いましょう。どうか、これが夢だけで終わりませんことを……再び、こうして出逢えます事を……」


 その言葉を聞きながらリュウキはフッと笑うと、セレンの腰に手を回し此方にグイッと引き寄せ、手に持っていた一輪の赤い薔薇はセレンの銀の髪に挿した。

 その手はそのままセレンの頬を撫でてゆく……。


「お前が願うのなら俺は誓おう。夢でなど終わらせはしない。必ず戻る。ちゃんと早夜も連れてな……再びこうしてお前に触れる為に……」


 リュウキはそう言うと、セレンの唇を優しく啄ばむ。



 月の明かりに照らされ、白いバラの園で誓いの口付けを交わす二人の姿は、幻想的でまるで一枚の絵画のようだった。

 だが、その幻想的な一枚の絵を、鑑賞する者は誰一人として存在しない。

 強いて言うならば、あの巨大な月か、二人の魂を引き合わせた神のみか……。 







「………」


 翌朝目を覚ましたリュウキは、昨夜の夢の感触を思い出すように、しばし瞑想するように静かに目を瞑っている。

 そしてふと、握り締めていた手を開き、目を見開かせた。

 そこには赤い花弁が存在する。それが薔薇である事は、微かに香るその芳香からも分かった。

 フッと微笑み、リュウキはその花弁に口付けた。

 何よりも、夢が夢で無い証……。

 となれば、セレンの元にも証はある筈。

 リュウキはまだ白み始めたばかりの空を眺めながら、国境をまたいだ彼の地へと思いを馳せたのだった。







 時を同じくして、セレンもまた手の中にある赤い花弁を見て目を見開かせていた。


「リュウキ……」


 そっと呟き、その花弁に愛しげに口付けた。

 そしてハッとして、髪に手をやるのだが、そこにはリュウキに挿して貰った筈の一輪の薔薇は存在しなかった。

 それは何より、やはり夢であったのだという証。夢であり夢でない事の証。


 しかし、空も大分明るくなってから、夕べの事を思い出しながら白い薔薇の園へと足を踏み入れたセレンは、それを目の当たりにする。



 真白き薔薇の中に、たった一輪だけ赤い薔薇が存在した。

 セレンは「ああ……」と溜息をつく中で、その薔薇に近づきそのしっとりとした花弁に触れる。手折ろうかどうするか迷った後で、セレンは薔薇をそのままに身を屈め唇を落とす。

 それはそう、夢の中で交わした誓いの口付けのように……。





 リュウキの恋愛模様に、書いてる私も結構ドキドキものでした。本編では二人の恋愛は、最初にちょろっと出ただけですもんね。

 今回は、二人が同時に同じ夢を見ていた事にしました。

 二人の想いの深さと言うか、愛情の強さと言うか、そんなのが皆さんに分かっていただけたらなぁと思って。


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