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心音の子守唄(リジャイ)

夢の逢瀬、リジャイバージョン。

「早夜、早夜……起きて……」

「うん……リジャイさん?」

「うん、そう。僕だよ」

「リジャイさん!」


 ガバッと顔を上げると、何故だか早夜はリジャイの膝の上にいた。


「あ、あれ?」

「フフッ、あんまり可愛い顔して寝てたから……つい、ね」

「あ、ああああの!! お、降ろして――」

「だーめ」


 慌ててリジャイの膝の上から降りようとした早夜は、クスクスと笑うリジャイに引き止められる。


「折角こうして夢の中で会えたのに、つれないこと言わないでよ」

「え? 夢?」

「そう、これは夢だよ」


 早夜は膝の上に座らせられたまま、リジャイを振り返る。「ん?」と首を傾げるリジャイ。

 三つ編みにしたグレーの髪と怪しい光を放つ紫色の瞳。不思議な色合いの額の第三の目に尖った耳。その飄々とした雰囲気はそのままだ。何も変わらない。


「でも、ちゃんと感触はハッキリしてるし、こんなに温かいですよ」


 手を伸ばして、早夜はリジャイの頬に触れる。

 すると、リジャイの紫色の瞳が僅かに揺れる。そしてフッと苦笑した。


「相変わらず無警戒で無防備だね」

「え?」


 首を傾げる早夜の目の前で、リジャイは頬に添えられた小さな手のひらに口付けをする。

 途端に真っ赤になって手を離す早夜。


「誰彼構わずそんな調子だと、僕は心配で自分の仕事に集中できないよ?」

「だ、誰彼構わずじゃありません!」

「本当~? 怪しいなぁ」


 ムキになって否定する早夜に、リジャイは疑いの目を向ける。


「じゃあ、リジャイさんは如何なんですか?」

「うん?」

「無茶な事はしてないですか? ちゃんと自分を大事にしてますか?」


 むくれていたのが嘘のように心配そうな顔になっていた。

 リジャイは僅かに目を見開くと、フッと目元を和らげた。そして、キュッと早夜を抱き締める。


「はわっ、リ、リジャイさん!?」

「大丈夫、ちゃんと大事にしてるから……でないと君に怒られちゃうでしょ? “めっ!”ってさ」


 クスクスと笑うリジャイ。甘えるように、早夜の首元に顔を埋めた。

 そして一言、「よかった」と呟く。

 この体勢に、恥ずかしそうに頬を染めながらも、何が「よかった」なのか分からずに、早夜は訊ねた。

 すると、リジャイは顔を上げ、ちょっとだけ寂しげに笑う。


「これが夢で、だよ。夢の中だったら、本気で抱き締めても君が壊れる事はないから……」

「リジャイさん……」

「ねぇ、サヤ? 君からも抱き締めてくれないかな? ここ()でなければ力いっぱい抱き締め合うなんて出来そうもないからさ……」


 寂しそうに請うリジャイに、早夜はそっとリジャイの背に手を回す。

 一瞬だけリジャイの体が震える。そしてすぐに「早夜」と名を呼びながら抱き締める手に力を込めた。


「早夜、ありがとう。……君は影でも優しいな……」

「影……?」

「ううん、なんでもないよ……ねぇ、キスしてもいい?」

「えぇ!?」

「駄目?」


 眉を下げ、じっと目を覗きこんでお願いすれば、早夜は嫌とは言えないと確信しての行為。

 とどめに、


「こうして思いっきり抱き締めてキスするのって、僕の憧れだったんだよ? 現実だったらキスする前に早夜はきっと壊れちゃうし……」


 そう言って、「ね、お願い?」と懇願するリジャイに、押しに弱い早夜はとうとう折れた。

 顔をこれでもかという程に赤くして、ギュッと目を瞑って唇を突き出す。

 そんな早夜の様子に吹き出しそうになりながら、リジャイはボソッと耳元で囁いた。


「キスが終わったら、心臓の音を聞かせてね。服の上からじゃなく、素肌に直接に……」

「えぇ――んむっ!!」


 驚いて目を見開き声を上げた瞬間に、唇を塞がれる。開いたままの唇に、素早く舌が入り込み、口内をくまなく蹂躙していった。

 普段の彼からは想像もできないくらいの激しい口付けに、早くも息も絶え絶えな早夜。その背に回された彼の手は更にきつく早夜を抱き寄せる。


「ンンッ……ハァ…」

「……ん……早夜……」


 リジャイは暫しそうやってきつく抱き締めていたが、やがてその手を早夜の体の形を確かめるように動かし始める。

 細い肩、細い腰、太腿や膝小僧にまで手を伸ばした。

 リジャイはそうやって、現実であれば少し力を入れただけで折れてしまうだろう場所を、思う存分堪能する。


「ぁぅ……やっ……」


 勿論早夜は抵抗しているが、激しい口付けを前に、その抵抗も弱々しいものであった。

 やがてリジャイの中に黒い欲望が湧き上る。

 唇は離さぬままに、早夜をその場に横たえ、自分の下に組み敷いた。

 その紫の瞳に、明らかな劣情を見出したは早夜は、怯えた目で自分を組み敷く者の目を見返す。

 リジャイは漸く唇を離し目を細めると、早夜の服に手を掛けた。

 しかし、それは途中で止まる。

 震える小さな肩に、紫の瞳が揺れた。

 そして顔を伏せるとポツリと呟く。


「夢の中なら自分のものにしてしまえると思ったんだけどな……」

「リ、ジャイ…さん?」


 掠れた声で、途切れ途切れに彼の名を呼ぶ早夜であったが、伏せられた彼のその顔を窺い知る事は出来なかった。


「どんなに泣いても喚いても、自分の望むままに君を抱こうと思ってたのに……」


 呟く声は弱々しく、まるで泣いているようで、早夜はそっとリジャイの頬に手を添える。

 顔を上げたその顔は、泣いてはいなかったが苦しげで、今にも泣いてしまいそうに見えた。

 リジャイは頬に添えられた小さく柔らかな手に頬擦りをすると、やがて諦めたようにフッと笑う。


「ほら、君はやっぱり優しい……。早夜に触れたくて作り出した君でも……例え影だとしても、君という存在は何も変わらない……。

 ごめんね、怖がらせて。もうしないから、だからどうか僕を嫌わないで欲しい……」


 縋るように願うリジャイ。

 早夜は手を伸ばしリジャイを引き寄せる。

 リジャイは目を見張り、「早夜?」と声を掛けるが、早夜は「御免なさい」と言った。


「御免なさい……私が影で御免なさい……何も出来なくて御免なさい……」


 何度も謝り、静かに涙を流す早夜に、リジャイはクシャリと顔を歪ませた。


「全く、君って子は本当に……」


 それ以上は何も言わずに、リジャイは早夜の胸に顔を埋める。


「心臓の音を聞かせて。その音を聞きながら眠りたいんだ……」

「でも、私は影で……」

「大丈夫。ここは僕の夢の中だから、聞こうと思えばちゃんと聞こえるから……」


 早夜はその言葉にホッと息をつくと、嬉しそうに微笑んでリジャイの頭を抱き締めた。


「よかった。影の私でも出来る事があったんですね」

「……嬉しそうだね」

「はい。例え影でも……いえ、リジャイさんが作り出した影だからこそ、私はあなたの役に立ちたいです」

「僕は馬鹿だな……」

「リジャイさん?」

「早夜の魔力の残滓から作り出した影だとしても、やっぱり君は君で……考え方や行動まで皆同じ……。そんな君をどうしたって傷付ける事なんて出来ないのに……」

「……リジャイさんは、とても優しいです……」

「優しくなんかないよ。そうだとしたらそれは君だからだ」

「そうだとしても、リジャイさんは優しいんです」


 きっぱりと断言する早夜に、リジャイは軽く吹き出す。


「そういった強情な所も変わらないな」


 そして笑みを引っ込めると、静かな声でリジャイは早夜に訊ねた。


「ねぇ、君は僕の事をどう思ってるんだろうか? 少しでも好いてくれてる?」


 すると、早夜は少し考えた後、「好きですよ」と答えた。

 リジャイが顔を上げると、少し困ったような顔で肩を竦め、


「えっと……恋愛感情かどうかはまだよく分かりませんけど、でも私、リジャイさんの事好きです。私の中で、ちゃんと掛け替えのない人になってます」

「掛け替えのない、か……何人かいる中の一人なんだろうけど、それでもそう言ってもらえて嬉しいよ」


 そう言うと、リジャイは顔を上げ、早夜の唇に優しくキスをした。先程とは違い、触れるだけのキス。


「ありがとう、早夜。お陰で気持ちよく眠れそうだ」


 柔らかく微笑むリジャイに、呆気に取られていた早夜は真っ赤になりながらも「どういたしまして」と返事をする。

 リジャイは静かに「おやすみ」と言うと、早夜はハッとして何か考えたかと思うと、リジャイの頬にキスをした。


「早夜!?」


 吃驚して目を見開くリジャイに、早夜は真っ赤な顔ではにかみながら、「おやすみなさい」と言った。


「私、ちゃんとリジャイさんが眠るまで傍にいますから……だから、安心して眠ってください」

「………」

「あ、後、無茶な事とか絶対にしないでくださいね、本物の私が“めっ!”て怒りに来ちゃいますからね!」

「分かってる。でも、でもほんのちょっとだけ無茶な事しなくちゃならなくなったら、早夜は許してくれるかな?」

「それは、どんな無茶をするのかによりますけど……でも、それがどうしても必要な事だったら……リジャイさんにとって大事な事だったら……」

「大事な事だったら?」


 早夜は一旦言葉を止め、右手を出して親指と中指をくっ付けると、リジャイの額に近づけ、重々しくこう言った。


「デコピンくらいで許すかもしれません……」


 リジャイは瞬きを繰り返すと、やがて弾けるように笑い出す。


「ハハッ! デコピンて……それは、三つ目の僕には最大の攻撃じゃないかなっ!」

「えっ!? あっ! ああっ、そっか! じゃあしっぺでっ!」」

「ブプーッ! しっぺって……ククッ……はぁー、やっぱり早夜は僕の笑いのツボを押さえてるよねぇ」

「ううっ……」


 恥ずかしそうに唸る早夜を抱き締めながら、リジャイは耳を彼女の左胸に押し付けた。規則正しいその鼓動に、リジャイは自然と口を綻ばせる。

 例え偽者でも、この心音は記憶の中にある早夜の音そのままであった。

 柔らかく頭を撫でる彼女の手もまた、記憶どおりの感触そのままに、リジャイを深く眠りに誘う。

「おやすみ、早夜……」

「おやすみなさい、リジャイさん」


 まるで別れの挨拶の様に二人はそう交わした。

 リジャイが術によって夢の中に出現させた早夜の影は、リジャイが夢も見ないほどに深く眠る事によって解ける。二人ともそれを知っていての言葉であったのだ。


 それでも穏やかに二人は微笑んでいる。


 リジャイは、偽りであってもこの逢瀬に安らぎを覚え、早夜の影である彼女はそんなリジャイの様子に安堵していたのだった。








「あっ! 三つ目の神様!」

「あ、こらライッ、シー」


 オキは慌てて弟のライの口を塞いだ。


「へー、神様って寝るんだなー……」

「もー、邪魔しちゃ駄目だからね、ライ」

「だって、神様が寝てるとこなんて初めて見た」

「それは私だってそうだけど……」

「ほら、ねーちゃんだって珍しいんじゃん。でも、一体どんな夢見てんだろーなー? だって神様、物凄く幸せそうな顔して寝てる」


 二人の幼い兄弟は、木の根元で寝ているリジャイをしげしげと眺めている。

 その表情はとても安らかで、口元には笑みまで浮かんでいる。起こす事は憚れる幸せそうな寝顔だ。


 兄弟は顔を見合わせ、そっとしておこうと物音を立てないようにその場を離れるのだった。





 リジャイは何故だか切な系になってしまいました。

 現実で叶わぬ事を夢で叶えようとする彼。だけども出来ない臆病なリジャイです。


 では次はリカルドのお話を書きます。まだ書き終えてませんが、ほのぼの系となるのだろうか? 途中でギャグに走るとも限らない。そんな感じで、お楽しみに!

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