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甘い誘惑(シェル)

 以前活動報告内で書いた、ユニークアクセス数10万突破御礼小話です。

「サヤ、今日は俺とお茶会といこう」

「え? あれ?」


 気付けば早夜は、何故かお菓子のたくさん乗ったテーブルの前に座っていた。


「あれ? 私……なんでこんな所に?」

「フッ、何を言っているんだ、サヤ。お前はずっと俺の傍にいただろう?」

「あ、う……? シェルさん?」


 シェルはいつの間にか、早夜の隣に座り、優しいがまるで絡めとられるような瞳で早夜を見ている。


「今日は、お前の為にわざわざクリオーシュでしか採れない果物を使った菓子を作らせたんだ。

 甘い物、好きだろう?」


 そう言って、テーブルの上に置かれているトレイの中から、赤い実の乗った一口サイズのお菓子をいくつか皿にとって、早夜に差し出す。


「茶も、この菓子に合うようにクリオーシュから取り寄せた物だぞ」


 シェルは立ち上がり、一国の王子の身で、完璧な所作で給仕をして見せた。

 早夜はただ、それを呆然と見つめている。

 いきなり過ぎて、頭が追いつかない状況だ。しかしながら、目の前にあるこのお菓子たちはとても魅力的ではあった。


「どうした、サヤ? 食べないのか?」

「え? いや、その……一体これは……夢?」

「夢だと思うのならそう思っておけばいい。だが今は、俺とのこの時間を共に過ごしてはくれないか?」


 青い瞳が切なく揺れる。早夜はその瞳に見つめられ、うんと頷くしかなかった。

 シェルはそんな早夜を見てフッと笑い、


「俺が食べさせてやろう」


 そう言って、皿に乗せた菓子の一つを手で取った。そしてそのまま早夜の口まで運んでゆく。


「シェ、シェルさん! こんなのっ、私一人で食べられますからっ! それに、これは――」

「行儀が悪いなんて言うんじゃないぞ? ここには俺とお前しかいない……」

「っ!!」


 ビクリと身体を震わせる早夜。シェルが耳元で囁いたからだ。

 その早夜の反応に、シェルは満足そうに笑いながら、まるで今にもキスしそうな距離と眼差しで、早夜の目を真っ直ぐに捉える。


「ほら、口を開けるんだサヤ。それとも俺が口移しで食べさせ――」


 ぱくっ!


 早夜はシェルが言い終わらぬうちに菓子を口に入れた。


「残念だ……」


 苦笑するシェルであったが、その言葉は早夜には届いていないようだ。

 菓子を口に入れた途端、早夜は目をキラキラと輝かせて、その甘さに酔いしれていた。

 ゆっくりと味わい呑み込むと、うっとりとした顔でホゥッと溜息を付く。そして、もっとと強請る様にシェルの事を見上げる。


「全く……その顔は反則だぞ、サヤ……」


 少しばかり困ったように笑いながら、次の菓子を手に取る。

 今度はクリームのたっぷりと乗った物だ。早夜の目が期待にキラキラと輝いた。

 そして早速食べようと口を開け、その菓子に齧り付こうとするのだが、早夜が口に入れようとする寸前で、シェルがサッと手を引いてしまう。

 何でと言うように、早夜は恨みがましくシェルの顔を見るのだが、彼は口の端を上げ、もう一度菓子を近づけてきた。

 とても美味しそうな匂いのするその菓子に、早夜は何度も口を開け、齧り付こうとするも、やっぱりシェルは寸前で菓子を遠ざけてしまう。


「もうっ、シェルさん意地悪です!」


 プクッと膨れる早夜に、シェルは楽しそうな笑みを浮かべながらこう囁いてきた。


「なら、お強請りだ……」

「え?」

「欲しいと強請ってみせろ。俺に食べさせて欲しいと……」


 シェルは意地悪な笑みを浮かべる。

 早夜は暫し驚いた顔をしていたのだが、やがて顔を真っ赤にして非難の篭もった目でシェルをねめつけてきた。そして唇を尖らせて、目線を外す。


「そんな意地悪な事するなら、要りませんもん」

「何だ、拗ねたのか? でもそんな事言っていいのか? この菓子を作った料理長は、お前が食べるのだと知って、とても張り切っていたんだぞ?」

「う……?」

「それに、料理長の言う事には、会心の出来だと言っていたな。必ずやお前を満足させる味だとも言っていた……」

「ううっ……」

「でも、お前は食べないのか……それはさぞや悲しむだろうな……俺は甘い物が苦手だし、誰も食べる者が居なければ、処分するしかないしな……」


 さも残念そうに菓子を皿に戻そうとするシェル。だが、その手はガシッと早夜の手によって止められた。

 シェルは内心ほくそ笑みながら、不思議そうな顔をして、白々しくも「どうした?」と訊ねる。

 早夜は顔を赤く染め、今にも泣きそうに瞳を潤ませながら、ボソリと言った。


「……いです……」

「ん? なんだ? よく聞こえなかったが……」

「た、食べたいです……そのお菓子……」

「うん? それで?」

「~っ、た、食べさせてください! ほ、欲しいです!」


 自棄になりながらも、やっとの思いで早夜は言った。

 シェルは肩を竦めながら、菓子を持ち直す。


「俺としてはもうちょっと色気ある言い方をしてもらいたかったんだがな……」

「ふぅ……んむ?」


 クリームの付いた指を、早夜の唇に押し付ける。人肌で溶けたクリームが、早夜の唇を流れて口内に入ってくる。

 その甘さに、早夜はうっとりとした顔つきになる。

 シェルはクスリと笑って、早夜に顔を近づけそのまま唇をなぞった。


「本当に甘い物が好きなんだな……菓子を持ってなければ、勘違いしそうな顔だ……」

「ぅん……?」


 唇に付けられたクリームをぺろりと舐める早夜は、何の事かと不思議そうにシェルを見上げる。


「ほら、そうやって……俺を誘っているとしか思えない……」

「え……? はむっ!?」


 ぽかんと口を開けた所に、シェルがぽいと菓子を突っ込む。

 吃驚しながらも、舞い込んできたその甘い菓子に、早速虜になる早夜。

 蕩けるように甘いクリームと甘酸っぱい果実のハーモニー。

 それを存分に味わう早夜をじっと見て、シェルは可笑しそうに笑い、「クリームが付いている……」と言った。


「え? 何処ですか?」


 口の周りを拭うのだが、シェルはクスクスと笑って、取れていないと首を振る。


「何処を拭っている。ここだ……」


 そう言ってシェルは、早夜の頬を撫でると、顔を近付けぺろりと舐めた。


「ひゃあ!」

「……甘いな……」


 途端に早夜は真っ赤になる。

 そんな早夜とは対照的に、余裕ある笑みを浮かべたまま、今度は艶やかな黒髪の掛かる首筋を撫でた。


「ここにも付いている……」

「えぇ!? 嘘、そんな場所……」


 その時早夜は見てしまう。シェルの指先にクリームが付いている事に。


「シェ、シェルさんの嘘つき! クリームなんて付いてませんよぅ!」

「付いているだろう? いや、付けているのか?」


 開き直るシェルは、今しがた付けたクリームを舐め取った。

 ピチャリと首筋に湿った感触と熱い吐息が掛かる。


「ぅん……やっ」

「甘い物は苦手だが、こういうのは割と俺の好みだ」


 そう言いながら、クリームの付いた指を、再び早夜の唇に塗ってゆく。

 また、先程の様に甘い味が口の中に広がるが、さっきほどその甘さに酔いしれる事は出来ない。

 何故なら、それ以上に甘い物が今目の前にあるのだ。

 いつの間にやら、早夜はその言葉を口にしていた。


「……いです……」

「うん? 何か言ったか?」

「……欲しいです……」

「サヤ?」


 早夜は菓子を強請る時以上の物欲しそうな顔でシェルを見上げる。


「何が、欲しい?」


 囁いた声は僅かに震えていた。

 流石のシェルも、自分の惚れた相手がこのような顔をしているのを見て、声が掠れるのを止める事は出来ない。


「甘い菓子か? それとも……」

「シェルさん……シェルさんが欲しいです……食べさせてください……」


 シェルは目を見開き、そして微笑んだ。

 それは何処までも甘い甘い微笑。


「ああ、いくらでも……お前が欲しいだけ……」


 シェルは早夜を抱き寄せ、その甘い唇を味わう。何度も、何度も……。







「……ル…シェル! いい加減起きないか!」

「……ハッ! ここは……」


 目が覚めると、そこはアルフォレシアの一室だった。目の前には、腰に手を当て、憤慨するクリーオーシュの王女、マウローシェが立っていた。


「私の秘書指導の最中に居眠りするなどいい度胸じゃないか!」

「それは……申し訳ございません」


 シェルは素直に頭を下げる。


「後一歩、起きるのが遅かったら、私が愛情をもってキスで起こしてやる所だったぞ? そして、その事を包み隠さずサヤ嬢に言っていた所だ」

「そ、それは……ご遠慮願います……」

「それにしても、とても幸せそうな顔をして寝ていたけれども……それほどよい夢だったのかい?」


 シェルは今しがた見ていた夢を思い出した。

 確かによい夢だった。覚めるのが勿体無いほどに、とてもとても甘い夢だった。

 それに何より、甘く柔らかい唇の感触が、まだ己の唇に残っているようだった。


「おや? その様子では、さてはサヤ嬢の夢でも見ていたな?」

「ええ、その通り、とてもよい夢でしたよ」


 ニヤリと笑うマウローシェに、しかし動揺する素振りもなく、シェルはあっけなく肯定する。


「全く、サヤ嬢に恋をした君は、全然可愛げがなくなってしまったな。友人の私としてはもうちょっと、からかいがいが欲しいものだ……」


 そう言ってマウローシェは、大げさに肩を竦めて溜息をつき、そして幸せそうなシェルに、どこか安心したような顔を見せた。


「それで? 夢の中のサヤ嬢は如何だった?」


 そう訊ねると、シェルは蕩けるように甘い笑みを浮かべた。


「とても素直で甘くて可愛かったですよ。それに何より色気があった。私が欲しいと強請ってくれましたよ」

「これはこれは、随分と君の願望重視な夢だね。サヤ嬢が聞いたらどう言うか……」

「誰にも何も言わせませんよ。私の夢です。夢の中くらいサヤを己のものにしても文句は言われないでしょう?」


 呆れた様子のマウローシェに、シェルはそう告げる。その眼差しはどこまでも強く、その言葉どおり、誰にも有無を言わせないものがあった。


「まぁ、それはそうだけどね。でも、君は中々独占欲が強いみたいだね。そんな君もまた魅力的ではあるかな」

「それはどうも……」


 目の前で頬杖をついて魅力的に笑うマウローシェに、シェルは軽く肩を竦めて見せるのだった。






 タイトルの通り、夢オチです。

 シェルの願望です。

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