アクチノタス
結婚しても、恋はする。
妻が亡くなった。
相手のわき見運転に巻き込まれた。交通事故だった。
「あなた、ごめんね。」
彼女がなぜ謝ったかは、分からないが、これが最後の会話になった。
相手側の過失が100%だったが、それを不服とし、裁判にまで発展。ドライブレコーダーを積んでいないその車は、妻が車道を歩いていたと主張した。
3年。結局、目撃者を探すのに、3年掛かった。駅でのビラ配り、新聞での情報提供呼びかけ、ありとあらゆる事をした。
裁判の判決が出る頃には、娘は5歳になっていた。実家、義実家の助けもあり、娘は順調に育っていった。
「どうして、みうのおうちには、ママがいないの?」
本当の事を教えられるはずもない。
「今、ママは遠い病院にいるんだよ。だから、ママが帰ってくるまで、美優は、いい子にしていようね。」
娘は、元気に「うん、いい子にする!」と言い、不器用にお手伝いをしてくれる。
美優が、小学生に上がる前に、義両親に「健司さんも、もう新しい女性を見つけてもいいんだよ。」と言われたりしたが、どうしても無理だった。
義理を通したいわけじゃない。まだ俺は妻を愛していたんだと思う。
「ずっと嘘ついてたくせに!」
娘が小学生6年生になった時、義両親が口をすべらせた。娘に知られてしまったのだ。
俺も、ずっと隠せるはずはないと思っていたが、もう少しあとにするつもりだった。
「ごめん。美優。」
「パパなんて、キライ!」
「待ちなさい!」
そう言って、彼女は出ていった。追いかけたが、社会人になってから、運動をしていない俺が、彼女に追いつくには、歳を取り過ぎた。
移動手段が乏しい娘の行先は、限られている。その知らせは、すぐに訪れた。
「すみません。お義母さん、美優が迷惑を掛けてしまって。」
義母からの電話だった。
「あら、いいのよぉ。美優の初めての家出ね。ずっといい子だったから、我慢してたんじゃないかと、心配してたのよ~。学校への連絡は、健司さんに頼むわ。美優の事は、私たちに任せなさい。」
本当によくしてくれる義両親に、感謝しかない。これで娘の未来が、明るいものにならなかったら、それは全部、父親の俺のせいだ。
二日後、娘は戻ってきた。
「パパ、ごめんなさい。ママがいなくて、パパも寂しいのに、私だけ我儘言って。」
瞳に溢れるほどの涙を溜め、俺の顔を見つめる娘を、俺は抱きしめずにはいられなかった。
「違う。パパが悪いんだよ。ずっと嘘ついてたから。」
玄関に、娘の泣き声がこだまする。
娘は、中学生になった。その頃には、仕事で遅くなる俺のために、食事を用意してくれるようになる。「美優、パパは自分で出来るから、友達と遊んだりしなさい。」と言っても、
「ううん。私がママの代わりに、パパの面倒を見てあげないと、パパはすぐサボるからね。」
優しさに、涙が溢れそうになる。ふとももをつねって、我慢した。
その優しさに、甘えている自分もいたが、「娘の青春を、こんなことで無駄にして、、、」と風呂で考える事もあった。
高校生になる。娘の顔が、最近、妻に似ていると思う事が増えた。キッチンで洗い物をしている時の顔、洗濯を干している時の後ろ姿。俺を怒る時の表情。
「パパ!コップは片付けてって、いつも言ってるじゃない!もう!!」
ドキッとさせらる一方で、胸が締め付けられる。
美優がバイトを始めた。
「美優、お小遣いが足らないなら、言ってくれよ。それくらいのお金はあるぞ?」
俺も美優に負けないよう、仕事を頑張った。そのおかげで40歳になる手前で、部長補佐まで昇りつめた。
「いいの。私がしたいから、してるの。」
そして、2年生になって、しばらく、
「はい、パパ。」
娘が小包を渡してきた。
「これはなんだい?」
「今日、父の日だから、プレゼント。」
俺は、気付いた。娘がバイトしていたのは、このためだった。
「おっ、今日はそんな日か。」
「もう、パパは仕事は出来るのに、私生活は、私がいないと全然だめね。」
「開けてもいいかい?」
彼女は頷く。丁寧に包装をはがす。
「ハンカチか。ありがとう。大切に使うよ。」
それは生前、妻が好きだと言っていた白い花が、刺繍されているハンカチだった。俺の顔を見て、娘も満足そうに、微笑んでいる。
「よし、パパは調子に乗ったから、今日は、うまいもんでも食いに行くか!」
「やった~。作戦成功だね。」
「あっ、最初からそういうつもりだったな~。」
「えへへっ。」
二人で笑い合った。
3年生になった。
毎年、お盆には、妻の墓参りに行っていたが、
「美優、ママのお墓に行こうか。」
「えっ?お盆じゃないのに?」
「うん。お盆じゃないけど。」
「どうしたの?」
「今日、母の日だろ?去年、パパがプレゼントもらったから、ママが嫉妬してるんじゃないと思ってね。ママ、怒ると怖いんだぞ。」
と、おどけて見せた。娘は、「パパが怖いって言うんだから、相当だね。早く行ってあげなきゃ!」と、準備を始めた。
途中、ショッピングモールに寄り、妻へのプレゼント選ぶ。
「ママって、どういうの好きなのかなぁ。ママ専門家のパパは、どう思われますか?」
インタビューコントが始まる。
「そうですね。ママは、白いお花が大好きで、アクセサリーはいつも白いお花のやつを、付けてました。」
「では、ネックレスでいきましょう。」
「分かりました。」
「現場からは以上で~す。」
娘との買い物は楽しかった。妻とのデートを思い出し、娘を見て、懐かしく感じた。
二人でネックレスを選び、妻の墓石の前に来た。
手を合わせ、近況の報告済ませる。
「じゃぁ、パパ。ママにネックレスをプレゼントしてください。」
俺は、ネックレスを箱から出し、妻の墓石に首に掛けるように乗せた。さすがに長さが足りないので、それ風に見えるように。
「これで、ママも満足だね!」
「多分ね。ママは、パパの事大好きだったからなぁ。これで許してもらえるか不安だ。」
「はいはい。のろけ乙だよ。」
その日は、妻が好きだった料理を食べて、帰った。
娘が大学を卒業する頃、
「パパ、紹介したい人がいるんだけど、、、」
俺は、(やっぱり来るよね~。)なんて、思った。いつかそういう日が来る事は、覚悟していたので、それほどの衝撃はなかった。このご時世、「うちの娘はやらん。」なんて、ナンセンスだ。
娘が選んだ男性なら、相当な男じゃない限り、認めようと思う。
だが、いざその男が目の前に現れると、何とも言えない感情が沸き上がる。
「もうパパ!雄二くんが困ってるでしょ!」
「す、すまん。」
分かる。分かるぞ、青年。俺もだった。彼女の父親は、怖いよな~。
「ぼ、僕は美優さんを幸せにします。就職も大手に決まりました。大学を卒業すぐにとは言いません。結婚を許してください。」
娘の顔は「パパは、私の事大好きだから、ちゃんと分かってくれるよね」って、顔をしてる。
そんな顔をされたら、父親の威厳なんて、出せるはずもない。だって、美優が大好きで、大切だから。
「雄二くん、娘をお願いするよ。ただ、結婚するまでに、お父さんと呼んだら、腕十字固めだ。」
彼は、いままで我慢していた緊張が切れたのか、「ぷっ」と、吹きだした。
季節は、早いもので、今日、娘が結婚する。
色々な人の助けを借りた。いっぱい助けてくれた。感謝しかない。
娘の入場を待つために、控室でこれまでの想い出が、頭を巡る。もう娘は、俺の手を放れる。
「では、お父様。」
スタッフに促され、美優が腕を組む。
「パパ、ガンバ。」
小さく応援してくれる。それだけで泣きそうだ。
無事、新郎の元へ美優を送り届け、式は順調に進む。
「では、新婦より、お父様へ感謝の言葉をお願いいたします。」
美優がマイクを持つ。
「私には、母親の記憶がありません。でも、ここまで私を育ててくれた、父親との楽しい想い出は、いっぱいあります。家出して、戻った時も、父は優しく抱きしめてくれました。私が我儘を言っても、厳しく叱り、時には優しく受け入れてくれました。仕事も頑張っていて、私は何不自由なく、この歳まで生活することができました。」
娘のスピーチは続き、俺は涙が止まらない。娘も涙で、声が震えている。
「最後に、パパ、私にはママがいなかったけど、パパがいっぱい愛してくれて、私は幸せです。今度は、私がママになる日がやってきます。今度は、パパが幸せになれるように、雄二さんと頑張るね。パパ、本当にありがとう。」
スピーチは終わる。そして、俺の涙が乾ききらないうちに、式は終わった。
親族控室でも、俺の涙は止まらず、ハンカチの交換が必要になるかと思うほどだった。
「あら、健司さん。そのハンカチ、素敵なハンカチね。」
義母が、ハンカチを指す。
「えぇ、娘が父の日にプレゼントしてくれたんです。」
「それの花、娘が好きだった花ね。フランネルフラワーって言うのよ。」
「知らなかったです。」
義母は、「ふふふ」と笑う。
「健司さん、今まで娘を愛してくれて、ありがとう。」
いきなり何を言い出すんだ。
「フランネルフラワーの花言葉、知ってる?」
「いえ、植物とかは、妻は好きでしたが、私はちょっと。」
フランネルフラワー 別名「アクチノタス」 花言葉「いつも愛して」
僕はまた、君に恋してる。
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