小学五年・夏、ほぼ完ぺきな投球の結果
――小学五年、夏。
キィン、と金属バットの音が響き、俺の打ったボールは右中間を抜けてフェンス直撃のツーベースヒット。塁上でガッツポーズをする俺にチームメイトの声援が飛ぶ。
「翔都~、ナイバッチー!」「調子乗んなコラ~」「バッタービビってるよ~」
立花翔都、背番号7番。ポジションはライト兼控えピッチャーだ。六年生を中心としたチームで、俺は三人いる五年生スタメンの一人だ。他の二人はピッチャーの小南と、キャッチャーの蛇島。
夏の大会、俺たちのチームは快進撃を続ける。
「ストライクっ、バッターアウトッ!」
小南の直球は蛇島の構えたミットに寸分狂わずバシっと収まる。詳しい原理はわからないが、回転が特殊な小南のストレートは見た目以上の速さがあり、球の出所が直前まで見えづらい独特のフォームと、左利きな事も加わり、凡打と三振の山を築き上げていた。
そして、打線。九番小南、一番俺、二番蛇島と続く打線は相手の投手を悉く打ち崩し、圧倒的な強さで地区大会の優勝を決めた。これは、チーム始まって以来の成績らしい。
俺と、小南のキャッチボール。さすがに試合後は行わない。その代わり、公園でストレッチをしながら会話のキャッチボール兼反省会が行われる。
「翔都、今日のホームランすごかったね。あれで決まったよね、試合」
将谷王平さながらの先頭打者ホームラン。自画自賛ではあるが、完ぺきな当たりだった。
「まぁね。感謝しろよな」
小南の投球も5回無失点、8奪三振、被安打1とほぼ完ぺきな投球。極端な話、野球とは1点も取られず、1点取れば勝てる簡単なスポーツ。小南が0点に抑え、俺がホームランで1点取れば、それだけで勝てる。完璧な計算だ。
「次、都大会だぜ。俺らもしかするとすげー強いんじゃねぇ?」
「ふふ、かもねぇ。次も援護期待してるよ、翔都」
「任せとけ」
俺たちの快進撃は止まらない。一回戦7-0、二回戦7-0と二試合連続で5回コールド。三回戦5-1、四回戦5-2。この頃になるとエースの小南が女である事から、一部界隈で注目を集めるようになる。次戦は都大会決勝。優勝すれば全国大会の出場が決まる大舞台だ。
「緊張してる?」
小南の投げたボールがボスっと俺のミットに収まる。決戦前夜、家の前の公園でおなじみのキャッチボール。
「や、全然。都大会でビビってたらメジャー無理だろ」
「あはは、すごい自信。あたしは結構してるけどなぁ」
「……嘘つけ、この男女が」
俺の投げたボールはわずかに左にそれたが、小南は予見していたかのように身をよじり捕球する。
「無駄にひどっ。明日投げるんだから、もう少しエースのメンタルに気を使いなよ」
「へいへい。小南さんなら平気っすよ。ま、何点取られても俺が取り返してやるから気楽に投げろや」
「頼りになる~」
そんな普段通りのやり取り。明日は試合。いつもより少し朝も早いので、早めに切り上げる。
「明日、絶対勝とうね」
帰り支度をする途中、小南は右手にはめたグラブを差し出してくる。
「おう」
短く答えて、俺はグラブを合わせる。俺は右利き、小南は左利き。
――そして、翌日。都大会、決勝。
バスッ、と小南の投げた白球が蛇島のミットに収まる。
「ストライクッ、バッターアウト!チェンジ!」
晴れ渡る六月初旬。気温は例年の平均を超える28.5度。照り付けるマウンドで小南はふぅと短く息を吐き汗を拭う。
五回の裏を終えて未だ0-0の投手戦。その言葉に俺は一人苛立ちを隠しきれずにいる。投手戦?じゃあ打者は戦ってねぇのかよ。だが、その怒りはお門違い。俺たちは相手ピッチャーを全く打ち崩せず、五回が終わるまでノーヒットに抑えられいるのだから。小6にして身長175センチを誇る大型右腕のパワーピッチャー。言ってみれば小南とは真逆のタイプだ。
小南はベンチでスポーツドリンクを飲み水分補給。監督はコーチと6回のマウンドに誰を送るか相談している。控えのピッチャーは4人。元エースを含む6年3人と、俺。
「……球数は59球か」
多くの試合では一試合70球の球数制限がある。普通に考えれば次は元エースの6年が投げるだろう。監督がチラリと彼を見ると、元エースが目を逸らすのを俺は見逃さなかった。
「高崎」
「ういっす」
高崎と言うのは6年生の元エース。監督の目を見ず、手遊びをしながら彼は答える。この局面で声を掛けられる理由は一つ。『次、いけるか?』の一択だ。
もうわかる。0-0の投手戦。打たれたら負け。自分のせいで負け。この場面で出る自信がないのだろう。
ふざけんな。お前が小南に陰口叩いてたのを俺は忘れないぞ。年下にエースを奪われた恥ずかしさをごまかす様に、球が遅いだアピールだけはうまいだ言ってたよな?
「監督!」
怒りに任せて俺は声を上げる。ちげぇだろ。小南はお前よりうまいし頑張ってるからエースなんだよ。
「俺に行かせて下さい」
監督はジッと俺の目を見る。俺は当然目なんか逸らさない。一点だってやらない。そして、俺のホームランで一点取る。そうすれば、俺たちの勝ちだ。全国大会だ。
「そうか、……なら立花――」
「行けます。行かせてください、監督」
監督の言葉を小南が遮る。
「あと11球ありますよね?全然6回はいけますから」
そして、小南は俺を見て挑発的に笑う。
「7回は任せて平気?」
「当たり前だろ」
そして、小南は6回のマウンドに向かう。ミットに球が収まる音、鈍い金属音と共に転がる球がファーストミットに収まり、ツーアウト。次の一球、完璧なコントロールを誇る小南の球が、狙った低めから高めに浮く。失投。この試合唯一の。
小南のボールが、構えたミットからずれるのを俺は初めて見た。平均気温を超える暑さ。70球に近づく球数。疲労。緊張?
キィン、と空気を切り裂き、何かを断ち切るような音と共に、白球はライトを守る俺の頭の上を超えていく。ホームラン。
結局、俺の出番はなかった。
1-0、俺たちのチームは負けた。




