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高校一年、新しい夢

――高校一年、春。


 中学の下見なんて一切しなかった俺たちは、それこそたくさんの高校を見学に行った。通学距離、偏差値、野球部のレベル、指導者の質。

 俺たちのチームの監督(決して中学の話ではない。少年野球チームの話)の知り合いが監督をやっている学校があり、見学した結果そこを受ける事にした。

 本来の俺の学力からすると、少し上の高校だったが、小南の個人指導の成果もあり見事合格した。


 制服は少しおしゃれなブレザー姿。朝、うちまで来た小南は三年前の様に恥ずかしそうに俺に感想を求めた。

「へ、変じゃないかな?」

「すっげぇ、かわいい。似合ってる」

「ふえぇ?」

 気の抜けたコーラの様な声を出す小南を見て、俺はニヤリと勝利の笑みを浮かべる。

「って言えば満足?」

「はいはい、満足満足」

 そう言いながらどことなく赤い顔の小南。そして、三年前のあの日と同じように、俺と小南は期待を胸に家を出る。


 バスで二十分、それから徒歩十分。そこが俺たちの通う高校だ。当然、甲子園出場経験は無い。


「――中から来ました、立花翔都!ポジションはピッチャーです!よろしくお願いします!」

「小南陽菜です。マネージャーと記録員をやらせていただきます。子供の頃から野球が大好きです。甲子園に行きたいです」


 小南が挨拶をすると、新入部員を含む全四十五名がどよめいた。それもそのはず、わずか三年前の全国優勝投手として小南を知っているやつが多いこともあるだろうが、それを抜きにしても、あの頃と違い今の小南は黒髪ロングで長身色白な美少女だ。そんなマネージャーが出来たらそりゃざわめきもどよめきもするだろう。一切の照れもないまっすぐな甲子園発言。それは俺や何人かの心に確かに火を灯す。


 そして、俺と小南の甲子園への挑戦が幕を開ける。チャンスは3回。人生でたったの3回だ。


 参加は約130校。7回勝てば優勝だ。


 ――結果から言うと、俺たちの最初の挑戦は5回戦で跳ね返される。


 相手は前年決勝まで行った強豪校。チームは2-1で敗れ、俺は8回1失点。相手チームのエースは150キロの速球を誇りプロ注目と言われる3年生エース稲田。5回戦進出は、うちの学校として過去最高の成績らしい。あと一つ勝てば準決勝、二つ勝てば決勝だった。


 試合後のチームミーティング、過去最高の成績に浮かれている部員はたぶん一人もいなかった。監督が三年生の引退を惜しむとともに、今大会の健闘を労う。そして監督は小南に続く言葉を促す。正式なものではないが、誰が言い出すでもなく、いつの間にかコーチ的役割を担っていた。マネージャー兼記録係兼総合コーチ。

 小南はまずペコリと頭を下げる。

「皆さん、お疲れさまでした。細かい話は後日として、今日の試合……本当にいい試合でした。多分、もう一回やったら勝てるんじゃないかな?って思っちゃいます」

 感情を抑えるように、ボードを身体に合わせて持ち、小南は言葉を続ける。

「けれど、もう一回はありません。あるのは、『次』です」

 全員の表情を眺める様に視線を配った後で、小南はボードを両手で抱え、挑発的な笑顔で呟く。

「来年、甲子園に行きましょう」


 何の合図もなく、全員の声が合わさり『おうっ!』と返事が周囲に響き渡る。


 ――楽観的かもしれないけど、その時俺にはもうわかってしまった。このチームは、来年は甲子園に行ける、と。

 この空気を俺は知っている。小五の時、都大会の決勝で負けた後のチームの空気だ。

 そんなに単純な話じゃないかもしれない。けれど、俺たちは単純だ。あの時も、今も、小南の夢を叶えようと頑張ってしまう。


 きっと、小南は勝利の女神だ。

 

――帰り道、小学校のグラウンド。

「お疲れ様、ナイスピッチ」

 さすがに今日は練習はしない。いつもグラウンドを使わせてもらっているお礼と、結果報告に訪れた後だ。

「ダメ出しと課題は?」

 俺が言うと、小南は苦々しい顔で俺の表情を覗き込む。

「……だって、怒るじゃん」

「わはは、まだ言うか。でもさ、無いと困るんだよ。100点って事は、これが俺の限界って事だろ?だから課題、ガンガンくれよ」

 小南は満足げにクスリと笑う。

「お望みとあれば」


 そう言って、視線の先のブランコを指さす。

「あっ、ねぇ。久しぶりに乗らない?」

「いいな」


 何年かぶりに乗ったブランコは想像よりも少し小さく、前後に動くたびにキィキィとなにかの動物の様な音を立てた。

「風が気持ちいいねぇ」

「だなぁ」


 示し合わせる訳でもなく、互いのブランコはジグザグに揺れる。夕日は遠く西の空を赤く燃やし、あたりは群青の闇に染まる。

「甲子園行けたらさ」

 俺が呟くと、小南は「うん」と短く相槌を打つ。


 キィとブランコが音を立てて揺れ、それでごまかすように俺は言葉を続ける。

「俺の師匠はもっとすげぇって言うから」

 小南のブランコの描く弧は次第に小さくなり、俯いた小南はぼそりと呟く。

「……うん」

「優勝しても言うからな」

 今度は無言で頷く。

「プロ入りしても、メジャーに行っても、絶対に言うから。俺よりすげぇやつがいるんだぞ、ってさ!」


 小南は嗚咽で返事ができず、ただ何度も頷いた。これが俺の新しい目標。甲子園に、全国に、世界に、小南が一番すごいって事を教えてやる――。




 



 

 




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