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中学二年・秋、分かれた道

――中学一年、秋。


 翔都と小南はクラスも部活も同じ、それでいて今までと打って変わって一言も話さなくなった彼らを見て、周囲はすぐに異変に気がついたことだろう。


 翔都は部活ではレギュラーの地位を確かなものとして、大会で活躍したことから女子からも注目される存在となる。小南は未だにベンチ入りもままならず、走り込みとバッティングピッチャーとして過ごす日々が続いている。


 監督は翔都を気に入っていた。一方で小南には、どれだけ努力しても厳しい評価しか下さなかった。翔都は気付いていなかったが――あとになって知る。それは単に、小南が“女子”だからだった。ただそれだけの理由で、彼女の才能を一度も見ようとしなかったのだ。

 『野球は男子がするもの』『女子はソフトボールでもやっていろ』。能力を見もせずに、前時代的なその思いだけで小南への冷遇を続けた。退部勧告をしないだけ良心的だと彼自身は思っていた。


 頑張っても、頑張っても、小南には登板の機会すら与えられない。翔都は次期エースとしてレギュラー陣と練習をして、同級生達からは一目おかれている。


 中一が終わりに近づく頃、小南はもうバッティングも、ダッシュも同級生には勝てなくなってしまっていた。翔都は練習の合間に横目でそれを眺める。授業で習いはした。でも今まで全く実感がなかった。男と女で運動能力が平等でないことを。


 知識として頭の隅の方で知ってはいた。それでも、ずっと小南だけは特別だと思っていた。


 でも、女のプロ野球選手は一人もいないし、甲子園にすら一人も出た事はない。翔都は考えた事も無かった。小南はずっと分かっていた。だからその夢を叶える為にずっと努力をしてきた。


 女子にしては足も速いし打撃も良いが、男子と比べれば並程度。球速は並の男子よりもさらに遅い。それでも自分には精密無比のコントロールがある。キレの良い変化球だって覚えた。だからピッチングなら男子にも立ち向かえる自信はある。機会さえあれば。


 そう信じて小南は走った。走って、投げて、投げて、投げた。翔都とキャッチボールをしなくなってからもずっと。話さなくなってからもずっと。小学校のグラウンドで、日が暮れてからもずっと。雨の日もずっと。


 喧嘩をしても、話さなくても、約束は変わらないと信じていた。あの日道路に転がっていったボールはしっかり拾って取ってある。いつか、仲直りした時に渡せるように。


 走り込みをしても、筋トレをしても、男子程の筋肉は付かない。だからコントロールに、変化球に、更に磨きをかける。一度あるかもわからないチャンスを逃すまいと、磨き続ける。


 磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨り減った。そして中学二年。夏大会前のある日、小南は部活を辞めた。磨く事とは、削る事と同意だった――。


◇◇◇


 俺が背番号一番を背負った初めての大会。三年生を差し置いてエースとして出場した大会の結果は準々決勝敗退に終わる。四球で走者が溜まった所を痛打されて失点し、自身のバットで点を取り返すが追いつけずに敗退した。チームが準々決勝まで進出できたのは過去最高の結果だと監督は胸を張る。試合前に、試合中に、試合後に、どれだけ観客席を探してもどこにも小南の姿は無かった。


 優勝校は去年と同じ。かつてのチームメイトである四番キャッチャーの蛇島竜太郎の学校だ。背も更に伸びていて、巧みなリードと強力なバッティングで一年生エースを牽引して連覇の原動力となった。


 一人、観客席から蛇島が優勝旗を受け取るのをぼんやりと眺めていた。不思議と去年ほどの悔しさはなかった。


 二学期になり、完全に野球部を離れた小南の肌はもう日には焼けていなかった。クラスも変わり、たまに見かける彼女を見て実はこんなに肌が白かったのかと内心驚いた。ショートカットだった髪も少しずつ長くなっていて、それを見て彼女は本当に野球を辞めてしまったのだと実感した。長く黒い髪と、透明感のある白い肌は、正統派美少女と言った佇まいだ。


 本当は自分が悪かった事なんてとっくに分かっている。ごめん。言い過ぎた。俺が悪かった。そんな簡単な言葉を、安いプライドやら何やらが喉の辺りで堰き止める。


「な、なぁ……!小南」


 ようやく小南に声をかけられたのは十一月の終わり。帰り道、意を決して声をかけると小南は一瞬驚いた風に目を丸くして、次の瞬間じっと冷ややかな眼差しを俺に向ける。

「なに?立花()()

 まるで初めて出会ったときのような他人行儀な呼び名。返事をしながらも小南は靴を履き替えて下校の動きを止めない。それでもそんな事で怖じ気づいてはいられない。そんなものは想定内。返事をしてくれただけ良い方だ。


 授業が終わり下校時刻、昇降口の下駄箱の前。これから部活に向かう生徒や家路に就く生徒達の解放感から少し高揚した喧噪の中でも、最初の言葉は決めていた。


「ごめん」

「何の事?もういい?急いでるの。さよなら」


 小南は本当に迷惑そうに眉を寄せながら横目に俺を見る。俺は深々と頭を下げて、周囲の視線も省みぬ大声で言葉を続ける。もう、ここで言わなければ一生言えない。その覚悟だけが俺の足を支えていた。

 何を言っても許されないのかもしれない。でも、許されなくても、伝えなくちゃいけない

 

「ごめん!去年の大会のあと!調子に乗った事を言ってごめん!小南の気持ちも考えないで、情けないことを言って……、ごめん!」


 最悪、頭を上げたときに小南がいないこと位は覚悟していた。でも、ざわめきの消えた昇降口で頭を上げると、小南は呆れ顔ながらもまだそこにいてくれた。

「あのさ。それなら今こんな所でこんな事されてるあたしの気持ちは考えてるって言うの?」

 呆れ顔で、腕を組みながら溜め息混じりに小南はそう言った。


「こんな大勢見ている所で謝られて?これで許さなかったらあたしが一方的に悪者じゃん」


 確かに。そんな事も想像できなかった。けど、だからと言って『はい、そうですね』と引き下がるわけにはいかない。わかっている。全部、全部俺の都合だ。


「……小南は悪くない。悪いのは全部俺だ。全部悪いんだけど、勝手なんだけど……、また小南と仲直りして、一緒に野球をやりたいんだ」


 ――『遅いよ』と、聞こえるか聞こえないかの小さな声で小南は呟いた。もしも俺の国語の成績が五だったのなら、その言葉の意味に気が付けたのだろうか?謝るのが『遅い』のだと俺は都合よく解釈した。


「ごめん。でもまた一緒に野球をして、二人で甲子園に――」


 その言葉が逆鱗だった。


「女子が甲子園に行けるわけ無いでしょ!?」


 今まで聞いたことのないくらい強い口調で小南は叫んだ。そして声を上げた事を後悔するように一度ぐっと唇を結ぶと、そのままくるりと振り返り俺に背を向ける。


「とにかく、野球なんてつまんない遊びもう卒業したから。甲子園だか何だか知らないけど、そんなに行きたければ一人で行けば?」


 俺はそれ以上何も言えず、小南の後ろ姿をぼんやりと見送った。


 その日、生まれて初めて練習をサボった。正直に言えば、野球なんてやっている場合では無かった――。


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