中学二年・冬、再会はキャッチボール。
全十六話の短編です。
数年前に書いた短編の大幅加筆改稿で倍くらいのボリュームになりました。
どうぞよろしくお願いします。感想や評価、お待ちしております。
――立花翔都、中学二年の冬。
夜の公園の地面に俺は大の字に寝転がり天を仰ぐ。大きく息を吐くと、白い息は空に向かい、消える。
「風邪ひくよ」
頭の上から聞きなれた声が聞こえ、思わず振り返ると、そこに立っていたのは――小南陽菜だった。
小学一年のとき、少年野球チームに一緒に入って、ずっと競い合ってきたライバルであり、親友のような、俺の初恋の相手。
スラリとした長身に黒く長い髪。青いジャージに白のベンチコートを羽織って手にはなぜか金属バットを持ち、呆れた様な心配そうな顔で俺を見下ろしている。
「大丈夫。バカは風邪ひかないから」
俺の軽口にクスリと笑いながら小南は隣にしゃがみ込み、眉を寄せてジッと俺を見たかと思うと自身の目元を指さす。
「目、濡れてるよ」
「あぁ、問題ない。ただの結露だよ、結露。知ってる?」
「へぇ」
素っ気なく答えると小南は俺の目元を指で拭い、あろう事か拭った指をそのままペロリと舐めて、べぇと舌を出す。
「しょっぱ。やっぱり涙じゃん」
予想外の行動に思わず顔を熱くして何も言えずにいると、小南は構わずよしよしと俺の頭を撫でてくる。
「泣かないでよ」
「泣いてねぇ」
まったく会話をしなかったこの一年間が何だったのかと思うくらい、不思議なくらい普通に小南と話せた。
「何してたの?練習?」
しゃがんでいた小南は俺と同様に地べたに座る。相変わらず服が汚れるとか気にしないやつだ。髪は伸びて、肌も白くなったがそのあたりは変わらないらしい。
「んー」
正直に言うか言うまいか少し言葉に詰まる。
「まぁね。秘密の特訓だったんだけどな」
そして少し得意げに真っ赤な嘘をついてしまう。間抜けな話かもしれないけど、小南に『野球は辞めた』って言われたのがショックだったから、小南にはそう感じさせなくないって思った。
「へぇ。部活にも出てないのに?」
「う」
ぐうの音も出ない返しに思わず『う』と声が漏れる。最初から嘘だと気付いていただろう様子で、優しく微笑みながら言葉を続ける。
「こないだはごめんね。急に怒鳴ったりして」
「それは別にいいよ。そんな事より、野球……本当にやめたのか?」
申し訳なさそうに眉を寄せながら、コクリと頷く。
「うん」
なんでだよ、と声を上げそうになるがグッと飲み込む。
「じゃあ、俺もやめる」
「はぁ?馬鹿じゃないの?ダメに決まってるじゃん」
理不尽な事を言いながら小南は首を横に振る。
「じゃあお前もやめるのやめろよ。つーか何で野球やめたやつがこんな時間に金属バット持って歩いてんだよ。通報もんだぞ」
至極常識的な俺の指摘。さすがに小南も苦笑いだ。
「あはは、確かに。でも公園でおかしな叫び声がしたから見に行こうとしたら、危ないから持っていけってママに持たされたんだもん」
まさかの不審者対策。久しぶりの会話のキャッチボールはここしばらくの無常感が嘘みたいに心地よい。でも、楽しければ楽しい程、足りないものが際立ってしまう。
「……なぁ、小南」
小南は次の言葉を悟っている様で、困り顔でほほ笑む。
「ん?」
「また一緒に野球やろうぜ」
懇願にも似た俺の言葉に、小南は両手を口に当てて少し思案する。そして、小南は自分に言い聞かせるように一度『うん』と口にしてから、決意を秘めた目を俺に向ける。
「いいよ」
小南は立ち上がると、傍らに置かれた俺のグラブを差し出してくる。
「翔都があたしの全力を込めたボールを捕れたならね。そうしたら、……また一緒に野球しよ」
俺はぶるりと一度身震いをする。気が付けば顔は笑っていた。
「あぁ、……望むところだ!」