section7『視えた』
恐怖に背を押され、ただ生きるために走ったその先で──ようやく、掴んだ“生への糸”。
極限状態の中で、真の中に何かが芽吹こうとしています。
今回は、その変化の一端が垣間見える回です。
──視えた。
その瞬間、世界が音もなく切り替わった気がした。
呼吸が喉を焼く。肺の奥でひゅうひゅうと空気が擦れる音がして、脈拍はこめかみを打ちつけるように響いている。
“それ”──異形の気配が遠ざかったのを確かに感じたが、安堵など一片もなかった。むしろ、次に来る恐怖が、すでに背中を這い始めている。
──そして、視界がおかしい。
廃墟の向こうに揺れる埃の一粒一粒。壁に跳ね返った音。
まるで映像をスローモーションで再生しているように、空間全体がゆっくりと、鮮明に、はっきりと“視える”。
けれど、それはカメラの精度が上がったとか、レンズの性能が良くなったとかいう話じゃない。
これは……“感覚”そのものが変わっている。目で見て、耳で聞き、肌で感じる。それらが全部、俺の意識に直接突き刺さってくるような──異常な“情報の洪水”。
(何だよこれ……どうなってんだよ……)
怖かった。今までとは違う意味で。
今度は、あの化け物じゃなく、自分自身が怖かった。
どこまでも“冷静”で、“静か”な恐怖。
気配が、読める。
見えないはずの死角が“見える”。音の出所が、正確に脳内に描写される。
まるで──世界の裏側を一瞬、覗き込んだような気分。
「お、おい三國見……!」
誰かが俺のそばに駆け寄ってきた。
さっき一緒に転がり込んできた、あの眼鏡の少年だ。
「目……今一瞬青白く光ってみえたような…」
俺は返答しない。ただ、浅く息を吐く。
怖くて。混乱していて。それでも──少しだけ、興奮していた。
(“視えた”──それだけで、命が助かる感覚)
俺は今、逃げられる自信がある。
あの化け物が再び現れたとしても、次は“やれる”。
攻撃を受ける前に気づける。反応できる。走れる。避けられる。
──根拠のない確信だった。
だけど、それは“確かに存在する確信”だった。
「なんだか、お前、ちょっと変わったか……さっきまでと」
誰かがぽつりと呟く。
俺は、わずかに笑った。
「……俺も、そう思ってる」
この“視えすぎる”目は、きっとずっと昔からあったものだ。
だけど今、それがはっきりと意識の表層に浮かび上がってきた。
──何かが始まった気がする。
何も知らないまま飛び込んだこの世界で、俺の“何か”が、目を覚まそうとしている。
その片鱗が、ようやく……ほんの少しだけ“視えた”。
無意識に発動した“何か”によって、真は命を繋ぎとめました。
まだその正体も使い方もわからないままですが、確かなのは「生き延びた」ということ。