section5『違和感』
崩壊した世界の静寂。その中で、初めて“命の危機”がじわじわと忍び寄ってきます。
今回は、日常からかけ離れた「異形」との初接触──その緊迫感と、“視える”ことの意味が描かれる回です。
真の覚醒が少しずつ輪郭を帯びていく中、「見えること」と「逃げられること」がイコールではないという事実が突きつけられます。
──瓦礫の陰に身を潜めていたときから、ずっと違和感があった。
空気が重い。音が消える。風が止む。
なのに、皮膚の奥がざわついていた。
背筋を伝って、冷たいものが這い登ってくるような感覚。
(……違和感の正体はあいつだったのか)
俺たちは散り、それぞれ物陰へと逃げ込んだ。
荒れたコンクリートの隙間、崩れかけた車体の影。
誰もが、目の前の“それ”に対して、声を潜め、息を殺した。
だが、奴は──止まらなかった。
異形の影は、足を引きずるように歩く。
人間のようで、人間ではない。
その姿は曖昧で、黒い“靄”に覆われ、輪郭が定まらない。
奴を見つけてから目の奥に違和感を感じる。
熱のようなものがじんわりと広がる。
“それ”が放つ波長のようなものが、皮膚の裏を撫でてくる。
──敵意。
──空腹。
──そして、強い殺意。
「……っ、近い……」
誰かが、小さく呻いた。
その声に、俺も振り向きかけ──
足音が、止まった。
瞬間、“それ”の顔がこちらを向いたように見えた。
(ヤバい──気づかれた)
心臓が跳ねた。
喉の奥で、酸素が詰まったようになる。
(ダメだ、今動いたら──)
“それ”が、一歩踏み出す。
──ガシャ。
崩れた鉄骨が鳴った。
その音で誰かがビクリと動いたのが分かった。
そして、次の瞬間。
“それ”は跳んだ。
「逃げろッ!」
誰かが叫ぶ。
全員が一斉に飛び出した。
瓦礫が崩れ、叫びが飛び交い、視界が揺れる。
背後から、重く湿った足音が響いてくる。
何かが追ってくる。異形が、俺たちを喰らおうとしている。
(無理だ──逃げ切れない!)
だけど。
どこかで確信していた。
この世界に飛ばされてから俺には“視えている”
逃げ道を。
光の角度、風の向き、崩れた道の“使える傾斜”。
全部が視界に焼きついてくる。
「──こっちだ!」
自分でも驚くほどの声量で叫んでいた。
足を止めた仲間たちを引き連れて、俺は走った。
自分の“感覚”だけを信じて。
──そして、掴んだ。
崩れた橋の裏側。
雑草が生え、落ちかけた金属板が、まるで隠れ家のように空洞を作っていた。
「ここだ! 早く!」
全員が、息を切らしながら滑り込んでくる。
最後に、影が俺たちを追ってきた。
その異形の“目”と交錯する、数秒。
だが──
“それ”は、橋の向こうへと去っていった。
息を潜めたまま、数十秒。
ようやく、誰かが崩れるように座り込んだ。
「っ……助かったのか?」
「たぶん……なんとか、な……」
誰かが笑う。
それが伝染するように、緊張の糸が少しずつほぐれていく。
だが、俺は知っていた。
助かったんじゃない。ただ、“一度だけ”見逃されたに過ぎない。
──この世界は、俺たちを狩っている。
そう思わざるを得なかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
ようやく“異形”との直接的な遭遇──物語における「恐怖」の輪郭が現れました。
真の特殊な“視え方”が生存にどう影響するのか、次の展開でさらに深まっていきます。