表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロック・ノア  作者: くじらちさと
この目に視るものは
39/57

section10『数値と視線──証明の場にて』

訓練九日目。

重ねてきた日々の成果を、ひとりずつ示す“個人戦”が始まる。

それぞれが己の技と感覚で戦いを繰り広げる中──

ただ一人、まだ何も持たなかった少年の視界が、静かに変わり始めていた。

それは、“力を持たぬ者”の終わりであり、“視る者”としての始まりだった。

訓練も、残すところあと二日となった九日目。


山間に吹く風は、日ごとに涼しさを増している。

そんな中──今日の訓練は、これまでと異なる形で始まった。


「今日は実戦形式の個人戦だ。お前たち一人ひとりが、実力と成果を示してもらう」


神瀬 匡が、木陰から淡々と告げる。

そして──その隣から、白いパーカーを羽織った青年が姿を現した。


「また俺かー……でも、今日は本気でやるよ?」


(ひいらぎ) 蓮司(れんじ)

ノアを先天的に持つ現実側の協力者であり、この訓練では唯一“相手役”を担える男。


蓮司が軽く手を挙げて微笑むと、神瀬が続けた。


「蓮司が相手を務める。遠慮はいらない。……ただし、油断はするな。こいつは優しいが、弱くはない」


五人の視線が蓮司に集中する中、神瀬が名前を呼んだ。


「──白倉 凪。最初はお前だ」


凪が無言で前に出る。

その眼差しには、氷のような冷静さと、燃える意志が宿っていた。


「よろしくね、氷の王子」


「……全力で来い」


蓮司が指先を軽く鳴らすと、彼の周囲に黒い影がゆらりと現れた。

それはアーカ《幽影ノ残檻ゆうえいのざんかん》によって生み出された、投影型の幻影体──

輪郭が不確かで、どこか不気味な“影”だった。


次の瞬間、凪の足元から氷が滑り出す。

冷気を巻き上げながら、一気に間合いを詰めてくる蓮司に対し、凪は手を横に払った。


「──氷弾フロスト・ショット


数発の鋭利な氷塊が放たれ、蓮司の足元を狙う。

だが、蓮司は影の残像でそれを巧みに躱し、逆に虚を突いて背後に回り込む。


「おっと。甘いよ」


背後から繰り出される拳──だが、それを予測していた凪が、

全身を凍気で包み、一気に逆転する。


凍結陣アイス・フィールド


地面ごと周りを一気に凍りつかせ、幻影の足取りが止まる。

凪の冷気操作は、すでに極めて精度が高く、幻影の動きに対応するだけの即応性があった。


神瀬が頷いた。


「……充分だ。交代」


蓮司が肩を回しながら退き、次に呼ばれたのは──獅堂 隼人。


「……来い、格闘家くん」


「……よろしくお願いします」


隼人の体から、淡い気流のような“気”が滲み出ていた。

すでに彼は、肉体と感覚の制御に磨きをかけている。


蓮司が影を二体同時に生み出す。


「反応とタイミングを見るよ。さあ──来な!」


隼人はすぐさま地を蹴った。

一体目を跳躍で飛び越え、二体目の攻撃を腕でいなして踏み込む。


(反応が速い……体で距離を読んでる)


蓮司は感心しつつ、攻撃のタイミングをずらして攻撃を仕掛けるが──

隼人は一瞬で反応し、肘で幻影の腹を突き上げる。


「型じゃねぇ……直感で掴んでるのか」


動きの中に無駄がない。

隼人は、すでに“実戦”での動作に近い対応力を手にしていた。


「ここまで成長するとはね。お見事!」


蓮司が軽く息を吐き、隼人が深く一礼した。


「次、鏡月 レイラ」


「はーい! 待ってました!」


レイラは、鏡を持たずに中央へと出る。


「鏡……ないの?」


「うん。今日は鏡なしでやってみるよ。空気の歪みと光の反射で、なんとかなるから!」


そう言って、レイラは掌を広げ、微細なノアの粒子を空気中に浮かせる。


「──砕鏡〈クラッシュ・シャード〉」


空気中の粒子が硬化し、無数の透明な“刃”となって放たれた。

蓮司が驚く間もなく、反射角を変えながら幾筋もの軌道が幻影を貫く。


「わ、普通に痛いよそれ!」


さらに、レイラが指先を跳ねるように動かすと──


「──結鏡〈リンク・ミラー〉」


空中に淡く光る結界が形成され、幻影の動きが鈍る。

レイラは自在に視線を誘導し、背後から再度砕鏡を発動。


「……君、支援型って聞いてたんだけどなぁ」


「支援もするけど、攻撃もするの! ねっ、私も強くなったでしょ?」


蓮司が笑いながら頷いた。


「うん、ほんとによく頑張ったね」


──最後に呼ばれたのは、三國見 真だった。


「行くよ、真くん」


「構わない。こっちも、試したいことがある」


真の目がすっと細められた瞬間。

周囲の空気が、わずかに“軋んだ”。


蓮司が一瞬だけ動きを止める。


(……空間を読まれてる?)


真のミロク──その第一段階は、視覚による感覚強化。

すでに彼は、敵の気配・動作・視線すら“視る”ことで、先手を取る戦法を会得しつつあった。


幻影が襲いかかるその刹那。


「……そこ」


真は、あらかじめ読んでいた“位置”に拳を振るった。

影が吹き飛ぶ──次いで、もう一体が回り込むが、それも回避。


「見えてる……全部、見えてる……!」


蓮司が興奮混じりに叫んだ。


(……こんなに精密に反応してくるのか!)


だが──真の顔には、冷静な一言が浮かぶ。


「これでも、まだ足りない……」


蓮司が手を止めた。


「合格。どれも、文句ない実力だよ」


神瀬が頷くと、4人はそれぞれの持ち場へと戻っていった。


その少し離れた場所──


白鐘 鳴は、一人座って戦いを見守っていた。


「みんな……すごいな……」


それぞれが、ここ数日で別人のように進化していた。

その成長を、鳴は目の端でずっと追っていた。


ふと──


「……っ?」


彼の視界に、違和感が走る。


真の身体の周囲に、なにか“数字”のようなものが浮かんで見えた。


「え……今の……なに……?」


その瞬間、目の奥に“痛み”にも似た刺激が走り──

視界が、鮮やかに変わった。


識刻眼しきこくがん

それは、鳴のノアにおける“アーカ”の発動。

他人の能力適応・戦闘状態を、数値として視認できる視覚能力。

その能力が、ついに目を覚ましたのだった。


鳴は、ただその光景を見つめていた。


──自分の力が、やっと“目覚めた”のだと。

拳は届き、術は響き、感覚は研ぎ澄まされていた。

それぞれが“力の証明”を果たすその傍らで、

ずっと遠くから見つめるだけだった少年の目に、はじめて“数値”が映る。

視えるということ。それは、戦いの中でしか得られなかった真実。

──ようやく彼の戦場が、始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ