section2『世界の感覚』
異界に踏み込んだ少年の前に広がるのは、静かすぎる世界。
このセクションでは、主人公・三國見 真が「五感」を通して、
異常な世界を知覚していく瞬間を描いています。
音が消え、匂いが歪み、触れるものが現実とかけ離れていく──
これは、彼が最初に感じた「世界の狂気」。
何が正しくて、何が壊れているのか。
その境界線は、もう曖昧だ。
風が止んだ。
途端に空気が重くなる。
音が、ない。
静かすぎるのではない。“音が存在していない”としか言いようがない。
俺はその異常さに気づいたとき、ようやく気配に集中することができた。
けれど何も感じない。ただ、“音が死んでいる”という不快感だけが耳を満たしていた。
(何も聞こえない……風の音も……虫の声も……)
違う。
そうじゃない。
本当は聞こえているのに、脳が“音”として処理できない。そんな感覚だった。
「……聴覚が、機能してない……?」
そう呟いた声は、自分の中で反響していた。
空間の密度が変わったような、閉じた空間にいるような。そんな“気圧”があった。
そして次に、嗅覚。
喉の奥が乾いていく。
鉄と煙が混ざったような、刺すような匂い。
ただの焦げた臭いとは違う。“何か”が焼けた後の匂い。生物の痕跡が感じられない。
「……これ、何日も火が消えてないのか……?」
そう思っても不思議じゃないほど、空気の中に焦げの成分が染みついている。
呼吸をすればするほど、酸素じゃない“何か”が体に入ってくる感覚。
俺は自然と顔をしかめた。
次に、視覚。
目に映るものはすべて現実のはずなのに、違和感がある。
彩度が極端に落ちているのか、それともこの世界自体に“色”がないのか。
建物も地面も空も、まるで古い映像のように色がくすんでいた。
不自然だ。
暑くも寒くもないのに、空気は焼け焦げていているように感じる。
「……太陽はあるのに、熱が届いてない……?」
感覚が矛盾している。
世界の“物理”が狂っている。
そして、触覚。
背中にこびりついた粉塵。指先の切り傷。
一つ一つが現実で、確かに痛い。
この世界の全ては、俺を拒んではいない。ただ、徹底的に“狂っている”。
足元に画面の割れたスマホを見つけた。
拾って電源を入れてみるもつかない。
バッテリー切れか壊れているようだ。
(誰かがここに落としていったのか?)
“誰か“がここにいた可能性が出てきた。
(ここは……)
喉が乾く。
酸素が足りない。けれど、呼吸はできている。
不安と混乱が同時に押し寄せる。
けれど、俺はまだ耐えられる。
(まだ大丈夫だ。……五感が壊れてないなら、俺は生きてる)
ゆっくりと歩き出す。
どこかに誰かがいるかもしれない。
いや、いてほしい。
“自分以外の気配”が欲しい。
この世界が、完全な死ではないことを証明してほしい。
そう願いながら、俺は一歩ずつ瓦礫の上を歩いていった。
お読みいただきありがとうございました。
“異世界の異常さ”を感覚ベースで描くことを重視しましたに投げ出された真が冷静に観察し、自分の生存を確認していく様子を丁寧に追っています。
派手なバトルや展開の前に、「この世界は本当に危険だ」と読者が納得できる空気を作る──
その第一歩がここです。




