section1『崩れた空の下』
「ここじゃないどこかへ」──そんな感覚を、君は持ったことがあるだろうか。
三國見 真は、目が見えすぎる少年。
何気ない日常の裏にひそむ“異常”に、誰よりも早く気づいていた。
そんな彼が“初めての異界”に足を踏み入れる瞬間を描きます。
見慣れた教室。ねじれる空気。崩壊した世界。
すべての始まりは、唐突に、静かにやってくる。
──ザラッ。ザリ……。
耳に届いたのは、細かい砂利が転がるような音だった。
他には、何も聞こえない。風の音も、人の声も、すべてが沈黙している。
「……っ」
まぶたの裏に赤黒い光がちらつく。
意識が戻ると同時に、背中に痛みが走った。
瓦礫の上に仰向けで倒れていた。服が破けて、肌が直に石と鉄を擦っている。
視界がぼやけていた。
けれど、それでも分かる。ここは、見慣れた教室じゃない。
見覚えのない空、朽ちたビルの骨組み、空気の“色”が違う。
「……どこ…だよ……ここ……」
呟いた声が、あまりにも小さく響く。
聞こえてくるのは自分の息の音だけ。
静かすぎる。あまりにも、静かすぎる。
ゆっくりと体を起こす。
腕が、重い。
筋肉痛のような鈍い痛み。だが、それ以上に、身体の奥底が“軋んでいる”感覚があった。
辺りを見回す。
そこに広がっていたのは──
灰色に染まった、死んだ街だった。
歩道はひび割れ、アスファルトがめくれ上がっている。
ビルの壁は崩れ落ち、内部がむき出しになっている。
電柱が倒れ、線が絡まり、信号は黒く焼け焦げていた。
この街、どこかで見たことがある──そう思った。
いや、“似ている”だけか?
雰囲気も建物も、日本の都市と大差ない。
だけど、違う。何かが致命的に、決定的に、おかしい。
……匂いだ。
焦げたような、鉄と土が混ざったような匂い。
喉に引っかかるほど乾いていて、空気に“湿気”が一切ない。
それだけで、この場所が“生きていない”ことを感じ取れる。
太陽を探すように、空を見上げた。
……空に、ヒビが入っていた。
正確には、空そのものではない。
空気の層、あるいは視界の境界に、亀裂のような揺らぎが走っている。
光が波打ち、色が滲んで、まるで世界が“映像”になったような奇妙な見え方だった。
「なん……だよ、これ……」
立ち上がろうとした瞬間、足元が崩れた。
「っ……!」
崩れた瓦礫に膝をぶつけた。ズボンが破れ、肌を裂く痛みが走る。
思わず顔をしかめて、地面に手をつく。
指先に伝わる砂利のざらつき。ひやりとした金属片の感触。
痛い。冷たい。ざらついている。
──これは、夢じゃない。
ゆっくりと、深呼吸を試みる。
けれど、肺がうまく膨らまない。
まるでこの空気が、俺の体に馴染んでくれないみたいだった。
意識が少しずつ、明確になっていく。
考えようとする思考が、現実を取り戻すように、ゆっくりと動き出す。
(教室にいた……はずだ。昼休み、トモヤと話して……)
(そのあと、屋上に行って……空が、揺れて、音が……消えて──)
思い出そうとした途端、後頭部に鈍い痛みが走る。
あの瞬間の記憶だけが、濃い霧の中に包まれている。
けれど、確かに何かが起きた。
だから、俺は今──ここにいる。
「……やっぱり……これは、現実だ」
俺は、ここにいる。
どこか分からない場所に、ひとりきりで。
理由も、原因も、何も分からない。
けれど、確かに“生きて”いる。
目が見えて、息をして、傷ついて──そういう全てが、今の俺を証明していた。
風が吹いた。
冷たくもなく、温かくもなく、ただ“乾いた”風。
舞い上がる粉塵が、もう一度、視界を曇らせた。
俺は、改めて──世界を見た。
死んだような、灰の街。
燃えたような匂い。
崩れ落ちた街並み。
音のない空間。
その全てを、俺は、確かに“見ている”。
そして──わかってしまった。
この世界は、どこかが壊れている。
いや、もしかしたら、“全部”が壊れてしまったのかもしれない。
それが、俺の最初の実感だった。
お読みいただきありがとうございた。
崩壊した世界で彼が何を見て、どう動くか。
少しずつですが、彼の“視る力”が物語の核として浮かび上がってきます。
世界が壊れる音に、彼は耳を澄ませ始めた──。




