表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロック・ノア  作者: くじらちさと
ノアの胎動
18/57

section9『転写前夜』

日常の風景は、何も変わらないように見えた。

でも、真の中では確かに何かが変わっていた。

そしてその“予感”は、静かに現実になる——。

夕暮れの街を歩いていた。


帰り道の住宅街は、いつもと変わらない。

部活帰りの生徒たちがコンビニでアイスを買い、

郵便配達のバイクが細い道を抜けていく。


どこかの家からはカレーの匂いがして、

耳を澄ませば、テレビのニュースと笑い声が重なっていた。


(……本当に、何も変わってない)


それなのに、自分の中では確実に“何か”が変わっていた。


この数日で得た力。

神瀬から学んだこと。

訓練と反復で掴んだ、新しい感覚。


(世界の輪郭が、少しずつ違って見える)


きっと——いや、絶対に“来る”と思っていた。

でも、それが“いつ”かは誰にもわからなかった。


そんな予感だけを胸に抱えて、

真は、静かな住宅街の角を曲がった。


その瞬間だった。


空気が、一変した。


風が止まり、温度が平坦になる。

世界から音が抜け落ちて、時間の流れすら鈍くなる。


耳の奥で、心臓の鼓動だけが反響する。


(……来たか)


声にならない言葉が、自然と心に浮かぶ。

そして真は足を止め、ゆっくりと息を吐いた。


あたりを見回す。

だが、景色は何ひとつ変わっていない。

通りの家も、電柱も、さっき見たのと同じはずだった。


ただ——“質感”だけが変わっていた。


色が濁る。

影が揺れる。

遠くの雲が、逆流している。


空の端がねじれ、淡く光り、世界が“裏返り始めた”。


視界が波打ち、地面が下に引っ張られるように沈む。

平衡感覚がずれ、右と左の境界が曖昧になる。


(“転写”)


神瀬の言葉を思い出す。

“世界が選ぶ時は、こちらの都合なんて関係ない”


まさにその通りだった。


全身が、まるで“世界から抜け落ちていく”感覚に襲われる。


影が、真下から浮かび上がる。

街灯の光が逆流し、地面のタイルがぼやけていく。


音が割れた。

かと思えば、すべての音が吸い込まれた。


立っているはずの足元が、もうどこにもなかった。


——そうして。


真は、沈み込むように“世界の外側”へと引きずり出された。


白と黒が混ざり合い、昼と夜が重なり、

温度も色も音も、すべてが交差しては消えていく。


最後に見えたのは、

街の灯り。


それは、まるで“誰かの記憶”のように滲み、

光の粒になって、遠ざかっていった。


——静寂。


音も、時間も、重力も失われた、完璧な無音。


でも、その中にいた真の表情は、恐怖ではなかった。


(……ここからが、始まりだ)


そう思えたのは、

きっと、あの日から逃げずに立ち向かった自分がいたからだ。


そして、彼の姿は、ゆっくりと光に溶けていった。

世界がねじれ、音も重力も消えていく中で、

真はただ、静かにその瞬間を受け入れていた。

これは、逃げなかった少年が踏み出す、本当の始まり。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ