プロローグ『深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいている』
本作『オーバークロック・ノア』は、“視えすぎる目”を持つ少年・三國見 真を主人公に、
世界の崩壊と再生、そして“選択”を描いていこうと思ってます
プロローグでは、まだ誰も知らない“はじまりの違和感”を、
ほんの少しだけ覗いてもらいます。
まだ何も説明されません。されないからこそ、「感じる」ことを大切に。
よければこのまま、一歩目を踏み出してみてください。
世界は、ほんの少しずつ、誰にも気づかれないように──壊れていた。
「おい、真。また上の空だぞ」
肩を軽く叩かれて、俺はようやく現実に引き戻された。
昼休みの教室。窓際の席。外は快晴。
目の前には、相変わらず元気な声を出すクラスメイト──葛城トモヤ。
「え? ……ああ、ごめん」
「最近ヤバいって。ずっとボーッとしてるし。もしかして寝てる間に魂抜けてんじゃねぇの?」
くだらない。けど、少しだけありがたい。
こういうどうでもいい会話が、“日常”ってやつなんだと思う。
俺は曖昧に笑って、机に肘をついた。
でも──俺の視界は、まだ“揺れていた”。
空気が歪む。光が波打つ。
窓の向こうにある空が、微かに“ヒビ割れて”見える。
これは、目の錯覚なんかじゃない。
ここ数週間、ずっとだ。
俺の目には、“この世界のほころび”が視えてしまう。
「……なんかあったら言えよ、マジで」
トモヤがパンをかじりながら、少しだけ真面目な顔をする。
「真、お前さ。なんか最近……“ここにいない”みたいな感じがするんだよ」
「……そっか」
それだけ答えるのが精一杯だった。
午後の授業も、耳に入ってこなかった。
教室のざわめき、教師の声、プリントを配る音──全部が遠く、膜越しに聞こえる。
でも、俺の目だけは鮮明だった。教卓の脚のヒビ。掲示物の端に浮かんだ“ノイズ”。
全てが、この世界に“違和感”を刻み込んでいた。
放課後。誰もいない屋上に出る。
風は涼しくて気持ちいい。けど、どこか“薄い”。
空は茜色に染まっていた。
そして──視えた。
空の一部が、歪んでいる。
ヒビのように割れた空間。波打つ光。
俺の目が“見てはいけないもの”を捉えてしまった感覚。
「……まただ」
呟いた瞬間、世界が静止した。
風が止み、音が消える。
体が引きずられるような感覚。
目の奥が焼けるように熱くなる。
そして──視界が、反転した。
目を開けた時、そこは、もう別の場所だった。
赤黒い空。
折れ曲がったビル。
地面に落ちた鉄の残骸と、風に舞う黒い灰。
呼吸が重く、胸が痛む。
見慣れた街の“なれの果て”のようでいて、全くの異物。
「……夢、じゃないよな」
声は風に消えた。
けれど、自分の鼓動がはっきりと聞こえる。
この痛み、この空気、この世界の“死んだ匂い”──全部、現実だ。
ここはどこなのか。
なぜ俺はここにいるのか。
何が起きたのか。
答えは、どこにもない。
でも俺の目は知っている。
これは、ただの幻覚なんかじゃない。
世界は、本当に“壊れかけている”──と。
それが、すべての始まりだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
プロローグでは、物語の全貌には一切触れていません。
わざと説明をせず、“視えすぎる主人公の感覚”にだけ焦点を当てています。
「何が起きたのか」も、「なぜ視えるのか」も、まだ謎のまま。
でもそれは、彼の目線と同じです。
物語が進むにつれて、真が世界の“ひずみ”に立ち向かっていく様子を
少しずつ描いていけたらと思っています。
本編の1話から、いよいよ歯車が動き出します。
よければ、そちらもぜひ。