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ノイズが走る力場を背にして、上木がリングを駆けた。
間合いが一気に詰まる。透明な光で覆われた上木の錫杖と、紫色の光を帯びた陽人の長巻が、立て続けにぶつかり合う。
一合ごとに、鐘を鳴らしたような音が響き渡る。
『さっきからなんじゃ、このやかましい音は?』
『魔素同士をぶつけた時の音に似てるな』
『シャドウマスターのあの剣のせいかね』
『純魔素物質の剣とか初めて見た』
〈純魔素物質って武器作れるんだな〉
〈作れるだろ、硬度がダイヤの比じゃないらしいけど〉
〈どうやって加工すんねんw〉
〈あの剣だけでいくらするのやら(笑)〉
〈てか画質悪いけど設備大丈夫なの?〉
〈さっき変なアナウンス聞こえたよな〉
掠れた姿になりながらも、観客たちは退く気配を見せない。
本体は無傷だから、無理もないのだが。
そんな中、上木はさらに速度を上げた。一瞬だが、宙に浮くような動作まで織り込んで、あらゆる角度から攻撃を仕掛けてくる。
(なるほどね、全身に呪符を仕込んでやがるのか。しかもいくつかの魔法に分けて)
透明な光を放つ上木を見て、陽人はほくそ笑む。
おそらく身体強化や浮遊の魔法を込めた呪符を、あらかじめスーツの裏地や身体に仕込んでいるのだろう。それをいっぺんに起動させたと見た。
この方法なら、魔素内包値に差がある相手でも勝機を見出せる。
だが強化魔法の過度な使用は、対象者の身体に著しい負担をかける。全身を覆えるだけの呪符を同時に起動したのなら、その負荷は計り知れない。
(意地でも、獲ろうってかっ!)
何合目かの斬撃を、亀裂が入った錫杖が受け止めた瞬間――。
「土生金、地裂刃ッ!」
上木が吼えた。
咄嗟に飛び退くと、足元からいくつもの鋭い刃が吹き上がる。
(魔素で消されないように不意打ちで来たか!)
避けた鉄刃が、陽人を追うように飛んできた。
長巻を大振りにしないよう拳と蹴りと、長巻の柄を使って弾き返す。
だが上木は鉄刃の間隙を縫う位置に立つと、錫杖を陽人へと向けた。
「金生水、鐘鳴霧ッ!」
途端、弾かれた鉄刃同士がぶつかり合い、周囲に霧が生じた。
その中を、鉄刃が立て続けに陽人へと迫る。
足に力を込めて上空へ飛び出ると、やはり追尾してきた鉄刃を長巻の一閃で斬り払った。
(目隠ししたって変わらんのは分かってるはず。ってことは、この霧も囮……!)
「……水生木、霧纏風身!」
声とともに、霧が渦巻いた。
途端、霧を裂く烈風とともに上木が飛び出てくる。
右手には錫杖、左手には呪符。
(本命はそっちだよなあっ!)
空中で回転斬りする要領で、錫杖を受け止める。
さらに左手の呪符を突きだそうとする上木を、そのまま力任せに吹き飛ばす。
「っ、があっ……!」
長巻が纏う魔素の波動が掠めたのか、上木の苦悶が聞こえた。
さすがにそのまま叩きつけられはせず、空中で一回転して距離を取ってくる。
陽人が降り立つと、姿の掠れた観客たちから大歓声が沸き起こった。
『おおおおおおっ!』
『おいおい今の見えたか?』
『空中でぶつかったのは見えたけどなあ』
『てか上木さん押されてっぞ!』
『シャドマのオッズいくらだっけ?』
〈こりゃえらいこっちゃw〉
〈歴史に残る名勝負だな、見えんけど〉
〈まるで分らんけどすごいのだけ分かる〉
〈見えてねえのに盛り上がってる連中も草〉
〈早く設備なんとかしてよ~、全然見えねえ〉
〈↑安心しろ、追えてないだけや〉
辛うじて維持されている視聴者コメントも、もの凄い勢いだ。
「く、っ! まさか、これほどとは……っ! わが師と同等……いや、身体能力だけならそれ以上……!」
錫杖を構え直した上木は、左半身の光が消えていた。
先ほどのぶつかり合いで、一部の呪符が機能を失ったらしい。
「ムダ口、叩いてる暇あるのかい? それ、時間制限つきだろ?」
「……っ!」
空いた左手で指さすと、上木は表情を歪ませる。
呪符に蓄えられる魔素には限度がある。あれだけの魔素を放出し続けたなら、最高級の呪符を使ったとしても五分がせいぜいだろう。
それでなくとも、攻撃魔法まで併用しての高機動戦である。上木がいかに優れた魔素持ちであっても、身体はすでに限界に近いはずだ。
「どうやら、ずいぶんとお詳しいようだ……! ならば、取るべき手はひとつっ!」
上木がスーツの懐から、呪符の束を取り出し放った。
それらは一瞬にして形代の戦士となり、陽人へと殺到する。
「まだそんなにいやがったかっ!」
遮二無二、突っ込んでくる形代たちを、片っ端から長巻で斬り払う。
だがその間に、上木ははるか上空へと舞い上がっていた。
突き出された錫杖を中心にして、五枚の呪符が光の五芒星を描き出す。緑、赤、黄、白、黒の光が、廻りまわってその勢いを増していく。
「先に謝っておきます……この技を人に撃つのは初めてです! 何かあったらすみませんっ!」
形代たちを片づけた陽人に対して、上木が言葉を投げかける。
その時、どこからともなくひび割れた音が響いた。
『落ち着いてください上木さんっ! 支局を吹っ飛ばすつもりですかっ⁉』
『宵原さんっ! このままじゃほんとにビル崩れちゃいますよっ!』
続いて聞こえてきた瀬尾と玲美の声に、陽人は思わず鼻を鳴らした。
「おいおい、俺の心配はなしかよっ!」
だが上木は無言で、錫杖を弓に番えた矢のように引き絞る構えを取る。
それを見た陽人は、長巻を肩越しに構えた。よりも強く、切先をイメージする。
「……あんた、意外と血の気が多いのな」
陽炎のごとき紫紺の光が、刀身を包み込んだ。
それを見てもなお、上木は臆することなく、錫杖を勢いよく突きだした。
「五行相廻――天顎ッ!!!!」
瞬間。五芒の光が集い、超新星を思わせるまばゆい光球が生まれた。
それはまたたく間に龍の顎を形作り、陽人に迫り来る。
光の龍が届く直前。
陽人は笑いながら、長巻を握りしめた。
「……うおおおおおおりゃああああああっ!!!!」
雄叫びとも気合ともつかぬ声を放ち、長巻を振り抜く。
紫紺の光が巨大な弧を描いて飛び、光の龍と激突する。
せめぎあいは、刹那。
紫紺の弧が、光の龍を真っ二つに斬り裂いた。
「なっ、バカな……っ!!」
透明と紫が爆ぜ合う彼方から、上木の声が聞こえた。
綯い交ぜになり弾けた色が、観客の姿と魔素の力場を吹き飛ばす。
光が落ち着いた後。
一帯がひび割れ、廃墟のようになった訓練場には、陽人と上木だけが残っていた。
「こ、んなっ……これほどの、力が……?」
上木が、錫杖を杖に何とか立ち上がる。
スリーピースのスーツも、すでにボロボロになっていた。
その時。訓練場の出入り口に、瀬尾の姿が現れる。
「上木さんっ! ご無事ですかっ!」
傍らに走り寄り、肩を貸そうとする瀬尾。
しかし上木は、それを手で押しのけた。
「瀬尾……手出し無用ですっ! まだやれます……っ!」
生まれたての仔牛のような足取りを見て、陽人は苦笑する。
上木の全身を覆っていた魔素の光は跡形もなく消えていた。
先ほどの激突のダメージで、呪符に限界が来たのだろう。
「つっても、配信だっけか? 切れちまってるけどいいのか?」
辺りを見回しても、観客や視聴者コメントが復活する兆しはなかった。
仕組みは分からないが、配信に関する設備が破損したのは間違いない。
「構いません……! こうして証人がいれば……っ!」
よろめきながらも錫杖を構える上木。
「ま、やりたいってんなら、俺は構わねえけどな?」
苦笑しながら、長巻を構えてみせた。
その時。
「……それまでえっ!」
鋭い声が、訓練場にこだまする。
見ると瀬尾が現れた出口から、ひとりの翁が歩いてくるところだった。
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