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2-3

お読みいただき、ありがとうございます!

 地下に作られたリングに、VRで映し出された観客たちの声が響く。

 沸きに沸くその姿を背にして、数体の形代(かたしろ)たちが陽人へと殴りかかってきた。見た目は透明なのっぺらぼうだが、ちゃんと実体はあるのが厄介なところだ。


「おおっと」


 陽人はその場から動かず、拳や蹴り、長巻の柄だけで打ち倒していく。

 形代たちの攻撃パターンは、符に込められた術者の意志であらかじめ決められている。

 こうして近接攻撃を主体にするか、あるいは――。


「第二陣ッ!」


 予想通り、上木の声に合わせて、中列に控えていた形代たちが光弾を撃ち出した。

 前列に残っていた形代たちは、さっさと退いている。

 こうした綿密な連携を組めるよう、一体ごとに命令を刻み込んでいるのだろう。


(こりゃまた、器用なこって)


 飛んでくる光弾を、やはり体捌きと手足の動きだけでいなす。

 そうこうする間に、前列の形代たちに動きがあった。

 列を成して、陽人を十重二十重(とえはたえ)に囲む。


 同時攻撃かと思いきや、そうでもないらしい。

 だがその時、列を成す形代が五体一組になっていることに気づく。


(五体で、あの形……。まさか……!)


 思うが早いか。

 最前列の五体が、陽人を囲んだ。

 かと思うと、訓練場の端にいた上木が左手で印を切る。


木行(もくぎょう)蔦縛(じょうばく)ッ!」


 上木の声とともに、形代たちが緑色に光る。

 足元から蔦が生い茂り、陽人の全身に絡みつく。

 力が抜けるような、奇妙な感覚。


 陽人が動かずにいると、さらにもう一組の形代が、緑の形代たちの外側についた。

 数が減ることを承知の上で、近接戦を仕掛けさせたのはフェイク。

 本来の前列の役割は、弾幕に紛れて束縛の術式を増幅させる方陣を作ることだったのだろう。


(動きを封じるついでに、魔素(ヴリル)を放出させる術か。しかも形代の陣で増幅してやがる)


 この手の方陣は本来、独鈷(どっこ)と呪符を使って行う。

 だが上木は形代を用いることで、相手の動きに合わせられるようにしているばかりか、陣の重ね掛けまで可能にしている。

 相当な使い手だ。


 陣が完成したと見たか、上木がふたたび印を切った。


火行(かぎょう)浄炎(じょうえん)ッ!」


 外側にいた形代が、赤い光を放った。

 刹那の間を置いて、五芒の位置から炎が進み来る。


 炎が緑に光る形代を焼き、陽人の目前まで迫った時――。


「そぉら、よっ!」


 陽人は蔦の縛めを難なく解くと、左の拳を床に叩きつけた。

 ドーム状に広がった透明な光が炎を散らし、形代たちを吹き飛ばす。


 半透明の観客たちや、コメントが流れる魔素(ヴリル)の力場が一瞬、掠れた。

 だがそれが収まった瞬間、耳をつんざくような大歓声が響く。


『ウオオオオオオオオオッ!!!!』

『やるじゃねえか影使い!』

『影出してないけどなあ!』

『上木さんを手玉に取った奴なんて今までいたか⁉』


〈すっげえええっ!〉

〈VRの人ら一瞬消えかかってなかった?〉

〈接続切れて復帰。設備、大丈夫かね〉

〈上木局長もすごいけど、シャドマがヤバくてヤバい〉

〈ちょっと上木さん、あんなおっさんに負けないでよっ!〉

〈上木ガチ勢、焦ってて草〉


 VRの観衆たちは元より、遠隔で見ている視聴者たちも大盛り上がりだ。

 だが遠目に見える上木の顔は、心なしか怒っているようにも見えた。


「動かなかったのは、演技ですか?」


「そうでもねえさ。そっちが手札を出し切ってから対処したほうが楽だからな」


「なるほど……。では、こうしましょうっ!」


 上木が、懐から出した呪符の束を放る。

 途端、一枚ごとが形代となって陽人へと殺到した。それが合図だったのか、残っていた形代たちも陽人に向けて襲い来る。

 陽人はにやりと笑うと、長巻を諸手に構えた。


「へっ、そういうほうが……好みだぜっ!」


 一喝とともに、長巻を一閃。またたく間に十以上の形代たちが姿を失い、紙切れへと変わる。

 そこへ、上木がさらに呪符を撒いた。ざっと見るだけで、先ほどの倍以上の数になっている。


「っははっ! いい訓練だっ!」


 陽人はのびのびと長巻を振るった。紫の斬光が舞うたびに、形代たちが両断され宙を舞う。

 一歩、一歩と上木へ近づく度に、歓声が湧き起こる。


『おいおい、こりゃ本物かもしれんぞっ!』

『局長に賭けた奴ら、ざまあねえなっ!』

『ちょっと気合入れろよ上木さんっ!』


(なるほどね。こうやって運営資金に充てるわけだ)


 政府直轄の組織ではないので、こうした興行試合が行われているのは知っていた。

 もっとも、ここまで殺しにかかってくることはまずないだろうが。

 苦笑しながらコメント欄をちらと見ると、こちらも目で追うのが厳しいくらいの速さで流れている。


〈あの形代って前に訓練でCランたちをボコってたヤツ?〉

〈一体がBラン相当のはず、だよ〉

〈鼻ほじるノリで斬り捨ててますが〉

〈てかさっきから影使ってないのなんで?〉

〈↑使うまでもないってことだろ、言わせんな恥ずかしい〉

〈シャドマさ~ん! 勝ったらまたキメ顔してねえ~!〉


 鼻を鳴らして、一気に間合いを詰めようとした――その時。


「……土行(どぎょう)! 鬼礫(おにつぶて)ッ!」


 上木の声が響いた。

 飛び来た複数の岩塊を、五列一組になった形代たちの陣が弾く。

 幾度も行われた反射の末、肥大化した岩塊が陽人へ向けて突き進む。


(こいつのための囮兼、仕掛けってことかっ!)


 陽人は慌てず騒がず、その場で止まって長巻を肩越しに構えた。

 長巻の切先に向けて、力を込めるようにイメージする。

 すると刀身全体が、濃い紫色の光を帯び始めた。

 岩塊が、陽人を直撃する瞬間。


「おおおっ、らああっ!」


 裂帛の気合とともに、長巻を横薙ぎに繰り出した。

 解き放たれた光が紫紺の嵐となって、岩塊と形代たちをいっぺんに吹き飛ばす。

 リングを覆っていたドーム状の光が明滅した。

 対面に座っていた観客たちの半数が、姿を消す。


『上木さんっ! 魔素(ヴリル)力場(フィールド)の出力、60%まで低下っ! これ以上は設備が保ちませんっ!』


 スピーカー越しに、瀬尾の悲痛な声が響いた。

 だが上木は応じず、陽人だけを見据えている。


「その硬度と、魔素(ヴリル)の伝導率……普通の得物ではありえない。純魔素物質(ヴリル・マター)ですね?」


「へっ。ご明察だ」


「加えて、その魔素(ヴリル)総量……。なるほど、よく分かりました」


 ぽつりと言ったかと思うと、先ほどよりも烈しい魔素(ヴリル)の光が上木の全身を覆った。

 かと思うと、その姿が掻き消える。


(ほう、速いな)


 上空を見ると、そこにはすでに上木がいた。

 容赦なく振り下ろされた錫杖を、長巻で受け止める。弾ける光。手に伝わる、たしかな衝撃。

 長巻で押し返すと、上木は逆らわずにふわりと飛び退った。


「……失礼しました。最初から、こうしていればよかったですね」


「へっ。ちったあ、やるじゃねえか」


 錫杖を回転させる上木を前に、陽人は笑いながら長巻を構え直した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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