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”忠長”が消えた後。
灰色の空を見つめていた陽人の横に、レミが呆けた表情で歩いてきた。
「倒し、たんですか……?」
レミがぽつりと言った、次の瞬間。
漂っていた塵が集まり、黒ずんだ大きな水晶へと姿を変える。
「迷宮核……! ってことは今のが迷宮主……?」
男性がどうにか抱えられるほどの大きさだ。
周囲の色を映してか、それ自体の性質か、歪な輝きを放っている。
「てかこれ、純魔素物質ですよね……⁉ すっごい、初めて見ましたよ……!」
純魔素物質――。魔素の結晶の中でも最上級のものを指す。
エネルギー発生源としての利用が主で、これだけの大きさなら東京の光熱エネルギーを半永久的に賄えるほどだ。
陽人は玲美の言葉には応じず、無言で迷宮核へと近づいた。
「えっ、ちょっと……何するつもりです? まさか、吸収するつもりじゃ……!」
「そのまさかだ。こうしねえと、ここを潰せねえんでな」
「いやいやいや、やめてくださいっ! 純魔素物質なんて吸収したら死んじゃいますよっ!」
レミが喚く中、ネコロボがふわりと陽人の横に飛んでくる。
〈は? 純魔素物質……吸収?〉
〈見たこと自体が初だけど、できるの?〉
〈おいおいおいおい、死んだわあいつ〉
わずかに見えた文字の羅列に苦笑しながら、迷宮核へと手を伸ばす。
「……魔魂力脈」
小さく告げた途端、淀んだ光の奔流が陽人へと集まった。
迷宮核は徐々に小さくなり、黒い空から射した光が、陽人の視界を埋め尽くした。
* * * *
光が消えると、陽人たちは北の丸公園にいた。ネコロボもレミの脇に浮いている。
目の前には変わらず、気象観測用の設備。遠巻きに人の声が聞こえては来るものの、辺りに人はいない。
「戻って、来た……?」
「ここは普通の迷宮と一緒さ。迷宮核を破壊すると、ちゃんと入口があったところに戻ってくる」
陽人は長巻を鞘に納めると、足元にあった拳大の透明な塊を拾い上げた。
純魔素物質の破片だ。吸収すると、こうして塊が残ることがあるのだった。
「巻き込んじまって悪かったな。その剣と盾、もう使いもんにならんだろ」
「うう……。北の丸迷宮攻略の分け前で新調したばかりだったのに……」
半ばから折れた西洋剣を悲しげに見つめるレミに、拾った純魔素物質の塊のひとつを差し出す。
「君の取り分だ。道案内、ありがとな」
「へ、へっ⁉ いやいやいやいや頂けませんよこんなのっ! そこらのマンション一棟買えますよっ⁉ ていうか迷宮の中で拾った魔素、ほとんど私が吸収してるし……!」
「君はそれだけの働きをしてくれた。残りは俺がもらうしな。ただ……」
空いた左手を立てて、お願いごとのポーズをとる。
「頼む。あそこで見聞きしたことは、誰にも言わないでもらえるか」
「えっ、いいですけど……なんでです? あんな危険な迷宮を攻略するなら、周りの協力を仰いだほうがいいんじゃ……」
「君も見ただろ? あそこの魔物は強力すぎる。それに入口を開けるのは俺だけだ。他の連中が入り込んだら、どれだけの犠牲が出るか分からない」
「ま、まあ、そりゃそうですけど……あ」
レミの視線が、未だふよふよと漂うネコロボに向いた。
先ほどまで文字が滝のように流れていたホログラムの動きは、いつの間にか静かになっている。
それを確認したレミは、ぎこちない動きで陽人を見た。
「すみません。もう、遅いです」
長いようで――短い沈黙。
「………………は?」
自身でも覚えがないほど、間の抜けた声が出る。
レミは虚ろな目つきのまま、ホログラム上のなにかを操作する。
ネコロボにお尻を向けさせると、ホログラムが倍くらいの大きさに拡がった。
「”D-LOOK”ってご存じですか? 探索者専門の動画配信サイトなんですけど、迷宮攻略とかも動画で配信できるんですよ」
「まったく知らんが、便利なもんだな……。それで?」
「裏・迷宮に入る前に、宵原さんとお話しましたよね? あの時、北の丸迷宮の攻略記念で生配信してたんですよ」
「すまん、生配信ってなんだ……?」
「テレビの実況中継と同じです。スマホ一台あれば、現地の状況を中継できちゃうんです。最近は魔素のおかげでドローンの性能も上がったから、こんな風にある程度は自律機動で撮影してくれるんです」
レミの手から離れたネコロボが、周囲を軽やかに動き回る。
口調こそ滑らかだが、レミの目はずっと光を失ったままだ。動きも硬く、身じろぎすらしない。
「そのネコ、ペットじゃなかったんだな……。で、結局どういうことだ?」
「さっきまで、ずっと生配信してました」
ふたたび、沈黙。
顔から血の気が引いたのが、自分で分かった。
「………………どこから、どこまで?」
「私が記念配信をはじめてから、ずっとです。配信枠の限度時間で、裏・迷宮を出たあたりで自動切断されてました」
三度目の、沈黙。
すべての話を理解した瞬間、陽人はレミの肩をわしっと掴んだ。
「消せっ! このネコぶっ壊せばいいのかっ⁉ 新しいの買ってやるから今すぐ消せっ!」
「ちょっとうちのシャトちゃんに乱暴しないでくださいっ! こんなに見られてるんじゃ、とっくに拡散されてますよっ!」
「こんなに、って……どのくらい見られてたんだ?」
「……このくらいです」
レミはふたたびネコロボ、もといシャトが映し出すホログラムの一角を指さした。
そこには、「2,036,531」という数字が記されている。
「この、数字は……?」
「配信終わった時点での同時接続数です。アカウントと紐づいてるんで、実際に動画を見た人はもっといると思っていいかと……」
「さっき映ってた、セリフみたいなのは……?」
「視聴者の方からのコメントです。自動翻訳されたコメントも多いあたり、もう世界中に拡散してますね……」
レミはそう言うと、ディスプレイの右に位置した文字の羅列を操作してみせる。
先ほどと同様、色とりどりの文字の羅列があふれかえっていた。
〈すっげえ~、純魔素物質を吸収した⁉〉
〈やりやがった!! マジかよあの野郎ッ、やりやがったッ!!〉
〈てかほんとにつええな、最後のほうドローンが動き追えてなかったぞ〉
〈影使うし、シャドウマスターでおk?〉
〈長いから俺はシャドマでいくわ〉
〈ようこそ世界の裏側へ、のドヤ顔よかった。意外とイケメンだよね〉
〈↑ね~。髪とかひげ整えるだけで、だいぶ変わると思うけどなあ〉
「は、あ……?」
乾いた声が出る。
見られた。影の力で戦うところから、純魔素物質を吸収するところまで、全部。
何より、知られてはならないあの場所を、知られてしまった。
〈彼は一体何者でしょう。彼の情報を探しています(#フランス語)〉
〈宵原陽人のこと知ってる方、情報plz〉
〈↑まとめて実況板池。もうある程度まとまってる〉
〈そんなことより次の裏・迷宮だろ〉
〈↑だからそのためには本人とコンタクトとるしかないんだって〉
〈宝玉ざくざくとか実際やべえよな。魔素の換金レート変わるんじゃねえの?〉
一瞬、すべての思考が止まった。
なんとか意識を引き戻そうとした時、遠巻きに声が聞こえてくる。
「レミの配信やってたの、そっちの広場だったよね?」
「茂みのほうや遊歩道とか怪しいな。警備してた連中も、まだ出てないって言ってたし」
レミと二人で、はっと顔を見合わせた。
生配信を見て、北の丸公園に駆けつけた者たちらしい。
「クソ……ッ! おい、動画のこと頼んだぞっ! 何を言ってもいいからっ!」
「もう私個人じゃ無理ですよっ! てか仮にそれが通ったとしたって……!」
戸惑うレミに、手にしていた純魔素物質を押しつけるように渡す。
「いいからっ! 頼んだぞ、じゃあなっ!」
陽人はコートのフードを目深にかぶると、清水門を目指して駆け出した。
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