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揺らめく影に包まれた武家屋敷を背にして、陽人たちは天久優吾と向き合った。
ミツハと呼ばれた少女も魔素を吸収してダメージが回復したのか、よろめきながらも天久の手から離れる。
陽人は油断なく長巻を構え、天久に笑いかけた。
「黒鷺さん、であってるかい? ああいや……天久優吾さん、ってお呼びしたほうがいいかな?」
「さすがに調べはついているようだな」
動揺を誘うつもりだったが、天久はまるで否定しない。
そんな彼の姿を、シャトがじっと見つめている。
〈本名暴露キタ――(゜∀゜)――!!〉
〈さすが探索者協会、あっさり特定〉
〈特定板の奴らより速くて草〉
〈日本人で国際テロリストって珍しいな〉
〈なんか時代錯誤な服装w〉
〈イケメンなのにもったいない……〉
〈っていうか魔素持ちってなんでみんな顔イイの?〉
〈容姿が整ってくるって話は聞いたことがある。知らんけど〉
流れるコメントを映すホログラムを尻目に、陽人はふたたび口を開く。
「始まりの黒禍の生き残りだって? 奇遇だね、俺とこの子もなんだよ」
「知っているとも。故にオレとミツハはここにいる」
(その子も生き残り、ってことか)
天久の言葉に、ミツハがじりっと身構えた。
玲美と同年代。本当なら、始まりの黒禍の時にはまだ幼子だったはずだ。
〈始まりの黒禍の生き残りだから、裏迷宮に入れるってこと?〉
〈言われてみれば共通してるな〉
〈当時赤ん坊だったワイ、まったく話についていけず〉
〈↑そのほうが幸せだよ、あれの後の五年間はマジで酷かったから〉
〈普通に日本滅びるかと思ったもんな〉
〈ネタでも何でもなく世紀末だった〉
〈魔素持ちがヒャッハーしてたもんね〉
コメントの流れが、心なしか緩くなる。
始まりの黒禍とその後の暗黒の時代は、未だに語られることを嫌がる者も多い。
それほどまでに、思い出したくない記憶なのだ。
「なるほどね。演説を拝聴したが、選ばれし者ってなんだい? 裏迷宮を作る力のことを言っているのか?」
「そうとも、オレもミツハも、この力で黒の帳を生き延びた」
天久はゆったりとした動きで、胸に手を当てた。
その動作からは、どことなく自己への陶酔を感じる。
「あの時、悟ったんだ。このクソッタレな世界に”空白”を与え、あるべき姿に戻すために……この力を授かったのだと」
〈あちゃ~、相当やられちゃってますわこれ〉
〈今でもいるよね、この手の勘違い野郎〉
〈シャドマさん、全部聞く必要ある?〉
〈殴りましょ~!〉
〈You! さっさとやっちゃいなYO!〉
先ほどとは打って変わって、コメントの流れが早くなった。
ホログラムに映し出された視聴者の声を、天久は鼻で笑う。
「だのに、貴様は何だ? 未だ魔物どもに怯え、魔素をねだるしか能のない下等種どもを守ることに終始している。こんなまやかしの賛美を送るだけの下等種など、存在する価値はない」
「……それで、たくさんの人を殺したの?」
口を挟んだのは玲美だった。俯いているせいで表情は分からないが、得物を持つ手がわずかに震えている。
「そんなことのためにっ……! あんたの鬱憤を晴らしたいだけのためにっ! 私のお父さんとお母さんを殺したのッ⁉」
叫びとも言っていい声とともに、玲美が顔を上げた。
泣き出しそうな表情だが、その目つきは怒りに染まっている。
〈えっ、Remiって始まりの黒禍の被災者なの?〉
〈とんでもねえ同窓会だな〉
〈始まりの黒禍で暴れ回ってた魔素持ちがいたって聞いたけど、こいつなのか〉
〈つうか人の親殺しといてこのセリフって救いようねえな〉
しかし天久はそんな玲美を見て、ふたたび鼻を鳴らした。
「「動画の女か……下等種ごときが何をほざく。貴様は選ばれていない。それが答えだ」
かざした右手を握りこみながら、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。
「……おとなしく、あの時、あの場所でっ! 死んでいればよかったんだよっ!」
今度こそ。
玲美は今にも飛び掛からんばかりに、前に出た。
「ふざけないでっ! 逃げただけのくせに……っ! 家から、学校から、逃げただけのくせにっ!」
途端、天久の顔が引きつった。
「黙れ……黙れ黙れ、黙れぇっ!」
天久が右手を払うと、影の大波が玲美へと押し寄せる。
玲美が反射的に、盾をかざした瞬間。
「……<影揺壁>」
現れた影の壁が大波とぶつかりあい、消滅する。
ふたつの影が消えた後、陽人はゆっくりと前に出た。
「人に迷惑かけちゃいけない、って教わらなかったかい? お兄ちゃん」
「あくまで邪魔するか……っ! あの時と同じようにっ!」
天久の言葉に、陽人はふっと笑った。
「そうか、お前……。浅草で止めたヤツのひとりか」
「やっと思い出したか。あの時の屈辱は忘れない」
「言われてみれば一人だけ、ケツ捲って逃げたガキンチョがいたな。ずいぶんヒネた見た目になってたから、気づかなかったぜ」
「貴様……ッ!」
〈ヒネた見た目ってw〉
〈顔なんだか服装なんだか〉
〈両方だろJK〉
〈始まりの黒禍の時から、そんなことやってたのシャドマ〉
〈裏迷宮を討伐してるのって、それの延長?〉
〈あ~だからひっそりやってたのか〉
〈たしかに人巻き込むことじゃねえわな〉
ホログラムを流れるコメントには応じず、陽人はなおも口を開いた。
「ま、出てきてくれてよかったよ。俺にとってもお前は……あの時のやり残し、ってことだからな」
長巻を、突きつけるように構える。
「もう一度言う、恨むなら俺だけを恨め。他人様に迷惑かけてんじゃねえよ。中二病は服装だけにしとけ」
〈決めゼリフFOOOOOO〉
〈きゃああああシャドマさんドヤ顔してええええええ〉
〈↑この状況下でドヤ顔したらすげえけどなw〉
〈っしゃ、やったれシャドマああああ〉
〈各国協会さん、これは共同討伐の対象じゃないんすかねえ〉
〈たしかに国際テロ組織をシャドマだけにやらせるってなくね?〉
コメント欄は、もはや目で追うのが困難な勢いだ。
天久は沈黙を保っていたが、やがてニッタリと笑った。
「いいだろう。ここで仕留めてやるつもりだったが……気が変わった」
言うが早いか、武家屋敷の上空に黒が渦巻いた。
屋敷の周りから何体もの女の幽霊と思しき魔物がただよい、上天の黒へと吸い込まれていく。
「あれ、武家屋敷の鍵の魔物……!」
玲美の言葉とともに黒が収束し、ひとりの男の姿を取る。長いひげをはやした軍装姿の男だ。大刀を背負い、手にはライフル銃を持っている。
天久は鼻を鳴らすと、虚空に手をかざした。灰色の空が歪んで、うっすらと外の景色が見える。
「もっといい趣向を用意してやる。貴様はこいつとでも遊んでいるがいい」
天久とミツハの姿が、歪みの中へと消えていく。
それを待っていたかのように、黒き軍人が汚らしい雄たけびを上げた。
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