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孤児院を出て一時間後、陽人たちは東京支局の会議室へと到着した。
迎えの車で八王子支所まで行き、そこからヘリコプターで東京支局へ一直線。迅速な手配の賜物である。
シンプルな縦長の会議卓が置かれた部屋には、すでに雄鷹と上木、瀬尾がいた。
「おう、来たな」
「お休みのところ、すみません」
「構わねえよ。こういう時は、こっちの都合なんざ関係ねえからな」
頭を下げる上木に、陽人はひらひらと手を振って応じる。
「で、次はどこに出たんですか?」
未だ私服姿の玲美が席に着く。
その言葉に、例によって下座に控えていた瀬尾が口を開く。
「今回は前座があります。まずは、こちらをご覧ください」
瀬尾が端末を操作すると、部屋のプロジェクターからホログラムが映し出される。
映像からして、どこかの動画サイトの配信画面らしい。
画面の中央には男が一人。背後には武家屋敷らしき建物が映っている。
歳は三十前後か。無造作な髪型に鋭い目。長い前髪が顔の一部を隠している。
黒を基調としたタイトなシャツの上に、薄手のコート。ひと昔前に流行ったビジュアル系バンドの体である。
隣で、息を飲む音がした。
ちらと見やれば、玲美の顔色が悪くなっている。
(玲美……?)
疑問に思っている間に、映像の中の男がおもむろに手を広げた。
『我々は、神罰の執行者……“空虚なる運命”』
機材による補正をかけているであろうことを差し引いても、よく通るいい声だ。
『人類よ、聞け。お前たちは進歩と称して大地を貪り、知恵と称して欲望を肥やした』
服装こそ過去の流行だが、動作は洗練されていた。
一挙手一投足に、妙な魅力が宿っている。
『だが神々は、お前たちの傲慢に鉄槌を下した。この世界に迷宮が現れたのは、決して偶然ではない。これは選別だ。誰が残り、誰が沈むか』
男は言葉を切ると、意味深な微笑を浮かべる。
こうしてみると、かなりの美男子だ。
『そして今、私は選ばれた。かつて全てを失ったこの身に、終末を与える資格があるのなら……』
男が右手を掲げた。カメラの画角が引きに入る。
『ここに裁きの地を、創ろう』
そこに映し出されたものを見た瞬間――
「……っ!」
思わず、言葉を失った。
男の背後で、景色が揺らぎ、破れた書き割りのようにめくれ上がっていく。
やがて揺らぎが収まった時、そこには黒く染まった武家屋敷が並んでいた。
『貴様らが裏迷宮と呼ぶ、罪を背負いし者たちの墓標。貴様らの文明がいかに醜く、脆弱で、そして腐りきっているかを示すために、神々は私にこの力を与えたもうた』
男は静かに口許を歪める。
『宵原陽人。貴様は知るまい……貴様が称賛され、英雄となった影で、どれだけ多くの者が社会から置き去りにされているか』
静かに、しかし怒りを滲ませるように、男は続ける。
『来い。貴様にも、同じ喪失を与えてやる……!』
画面が暗転する。どうやらアーカイブをダウンロードしたものらしい。
陽人は鼻を鳴らし、雄鷹に視線を移した。
「よく分からんが、ケンカ売られたってことでいいか? そもそも、こいつら何者だ?」
「“空虚なる運命”、通称“EF”。人類文明の根絶による空白こそが世界の救済につながると謳う、国際テロ組織じゃよ」
「近年、迷宮災害の被災者を取り込み、急激に勢力を拡大しています。多数の魔素持ちがゲリラ的に攻撃を仕掛けるため、各国とも手を焼いています」
雄鷹の言葉を、上木が継いだ。
「なるほどね。で、さっきの男がリーダーってわけか」
「はい。黒鷺と名乗っており、これまで音声や文章で声明を出していました。姿を見せたのは、今回が初めてです」
「とはいえ、テロリストに因縁つけられる謂れはないんだけどなあ」
「宵原さんにお聞きしたいのが、まさにそこなんですよ」
上木が言葉を切ると、瀬尾が再び端末を操作する。
画面が切り替わり、動画の中で男が微笑を浮かべているシーンの切り抜きが表示された。
「先ほどの動画からキャプチャした画像を基に、年代別の人相を作成。AIに捜索させたところ……こちらがヒットしました。とある都立小学校の卒業アルバムに掲載されていた写真です」
ふたたび画面が切り替わり、小学生らしき男の子の画像が表示される。画像の下部には氏名。
たしかに先ほどの男の面影がある。
それを見た玲美が、ゆっくりと口を開いた。
「名前……天久、優吾?」
「十五歳の時、始まりの黒禍の発生日に友人と出かけると言って外出した後、行方不明となっています。当該事件に巻き込まれたものとして、一年後に特別失踪の届出が受理されました」
「一年……。未だ生存を信じて、失踪届を出さない遺族もいると聞くがのう」
「調べた限り、両親は当時すでに離婚。実姉はアル中で事件を起こし服役中。家庭環境はあまり良くなかったようですね」
雄鷹と瀬尾が話す間にも、玲美の表情が静かな怒りに染まっていく。
「……こいつです」
「舞木さん……?」
「始まりの黒禍の時、私の両親を殺したの……こいつです」
その場の全員が、玲美を見た。
だが当の玲美は握りこぶしを作って俯いたまま、何も言わない。
「なるほど、始まりの黒禍の生き残りですか。あの演説にも合点がいきました」
話を進めるためか、上木がわざとらしくため息を吐いた。
「政府が把握している以上に、生き残った人間は多かったようじゃからな。だが探索者協会が発足するまでは、それどころじゃなかったからのう」
応じたのは雄鷹だった。
どこか遠くを見るように目を細めているあたり、過去を思い返しているのだろう。
「魔物は迷宮から湧き出るわ、国は魔素欲しさにいがみ合うわ、盛りのついた魔素持ちたちは暴れるわ……まさに暗黒時代じゃった」
「たしかに当時は酷いものでした。私もあの惨状を目の当たりにしたからこそ、雄鷹さんに師事したんですから」
「お前さんみたいな者ばかりならよかったんじゃがな。身寄りを失った挙句、環境に絶望して地下に潜った者も多いと聞く。彼もまた、その中の一人だったんじゃろう」
「だからこそ、英雄視されている宵原さんを目の敵にした、というところでしょうか。EFにいる連中の大半は、世間の爪弾き者ですからね」
「はた迷惑な奴じゃのう。だからこそテロリストなぞやっておるんじゃろうが」
「ま、なんにせよ裏迷宮が出た以上、放っておくわけにいかねえだろ?」
ぼやく雄鷹に、陽人は敢えて笑いかける。
「すまんが頼む。他国の協会も、今回は静観の構えじゃ」
「長篠で懲りたかね」
「それもさることながら、お前さんへの名指しというのが大きいらしい。二人のお嬢さん方からは、臨戦態勢を取っておくからいつでも言え、と私信は来ておるがの」
「裏迷宮の場所は?」
「仙台、会津武家屋敷です。元はBランクの迷宮で、現在は探索者協会の部隊が周辺を封鎖しています。魔物の湧出は確認されていません」
そこまで聞くと、陽人は立ち上がった。
「少数攻略には慣れっこだ。玲美……」
今回はやめとけ――そう言いかけた時。
「……行きます」
黙していた玲美が、ゆらりと立ち上がる。
その表情に猛るものはなく、ただ静かな決意に満ちていた。
* * * *
夕暮れ時の西日が差す中、陽人たちを乗せたヘリコプターは会津武家屋敷の駐車場へと降り立った。
周囲には武装した探索者たちの他に、誰もいない。
「……やっぱり、見た目は変わらねえんだな」
「裏迷宮になった場所を外から見るの、初めてですもんね」
駐車場から見える武家屋敷は、不気味なほど何も変わっていなかった。
ヘリの中で聞いた話では――動画が投稿される少し前、観光客を装ったテロリストたちが施設を制圧したらしい。
その過程で、少なからず犠牲者が出たとのことだった。
「出てるのは中だ。さっさと終わらせる」
「雄鷹さんたちからは配信頼む、って言われてますけど……どうします?」
「やらねえわけにもいかねえだろう。裏迷宮を出せる奴が他にもいたって、世界中が知ってるんだからな」
「……分かりました」
玲美はなおも何か言いたげだったが、傍らに浮かぶシャトの背中を操作し始める。
「始めます……Thank you for watching! 『Remiちゃんねる☆彡』のRemiです!」
〈待ってた〉
〈やっと着いたか〉
〈次はテロ討伐かよ大変だな(#英語)〉
〈てかあのテロ組織のリーダー、誰?〉
「今回も裏迷宮、攻略配信ですっ! 毎度おなじみ、シャドウマスターこと宵原陽人さんをお迎えし、テロリストの手によって出現したとされる、会津武家屋敷の裏迷宮に挑みますっ!」
〈シャドマ、ケンカ売られてて草〉
〈まあシャドマだしなんとかなるだろ〉
〈EF、最近無駄に頑張ってんな〉
〈ちょっとぶっ潰しちゃってくださいよシャドマさん〉
〈てか裏迷宮ってどうやってできるんだ?〉
「攻略配信の免責事項ですが……途中、ショッキングな映像が流れるかもしれません。自己責任でご視聴くださいね。それでは早速、行ってみましょう!」
歩きながら前座をこなしているうちに、いつの間にか屋敷の入口に到着していた。
陽人は長巻を抜き放つと、左手をかざす。
「……影門招来」
景色が歪む。色彩を持った世界が一瞬でめくれ上がり、黒く染まった武家屋敷へと変わっていく。
変容が終わった時、陽人と玲美は屋敷の中にいた。畳張りの部屋には、黒い影が陽炎のように揺らめいている。
〈相変わらず慣れねえなあ、この光景〉
〈この世の終わり感がすごい〉
〈ほんと、別世界に連れ込まれてる感じするよね〉
〈配信途切れないのが不思議〉
〈つまりシャドマは異世界勇者ってことか〉
「屋敷の奥の間ですね。ここの迷宮主は、かつてこの屋敷で自刃した奥方様だったそうです」
「……行こう。まずは屋敷の外に出る」
「なら表玄関ですね。こっちです」
玲美が黒鱗盾を構え、先頭に立って走り出す。
屋敷の中は荒れ果てていたが、それだけだった。以前の北の丸のように魔物が出現する気配はない。
「静かですね。そりゃ長篠みたいに戦場ど真ん中ってわけじゃないですけど……」
玲美の言葉に応じず走ると、程なく表玄関が見えてくる。
その瞬間、首筋にざわりと嫌な感覚が走った。理由は分からないが、行ってはいけない――そう感じる。
「玲美、俺が先に行く」
そう言って先んじて屋敷を出た瞬間。
飛来した何かを、すんでのところで躱す。
「え、ちょっ、陽人さん⁉」
〈名前呼びになってて草〉
〈ちょおおおお俺のRemiちゃん(#コメント一部省略)〉
〈↑お前のじゃない定期〉
〈長篠で一緒だった二人に対抗してんのかな〉
〈相変わらず緊張感のないインターネッツですね〉
シャトが映し出すホログラムに、大量のコメントが流れる。
だが、陽人の視線はそこにはなかった。
「こいつはまた……大層なお出迎えだな」
屋敷の外には、銃を構えた黒足軽たちが横陣を敷いていた。それはいい。
異質なのはその向こう――塀や長屋の上に陣取る者たちだった。顔はゴーグルとニットマスクで覆われ、炭素繊維鎧で武装している。思い思いの銃器を手にした姿は、明らかに魔物ではない。
「ウソ……ッ⁉ 人間が、魔物と一緒にっ⁉」
玲美の声がかすかに震える。驚愕と、嫌悪と、戸惑いが混ざった複雑な声音だ。
直後――。人と魔、双方の銃器が、一斉に火を吹いた。
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