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お読みいただき、ありがとうございます!

 影がほとばしる畳の間を、漆黒の魔物(モンスター)たちが疾駆する。

 殺到する黒い群れを前に、陽人は長巻を肩越しに構えた。


「そぉら、よっ!」


 初撃、横薙ぎ。正面の三体を真っ二つに。次撃、袈裟斬り。右の二体を一閃。

 間髪入れずに、さらに数体の魔物(モンスター)が襲いかかる。しかし、陽人は慌てることなく、左手を前にかざした。


「<黒影鞭(ウィップ)ッ!>」


 言葉とともに、掌から漆黒の影が伸びる。

 腕を振り抜けば、しなるように魔物(モンスター)の群れをなぎ払い、数体が壁に叩きつけられた。


「<影縛呪(バインド)ッ!>」


 立て続けに唱えれば、魔物(モンスター)たちの足元から細い影がうねるように伸びる。

 意思を持つかのように絡みついた影が、瞬く間に全身を拘束した。


「ギ、イッ⁉」


 何が起こったのか理解できないといった様子の異形たちを、陽人の長巻が次々と斬り伏せる。

 やがて、魔素(ヴリル)の結晶が床に転がるばかりとなると、陽人はようやく背後を振り向いた。


「お待ちどうさん……って、おっ?」


 見ると、レミが影を纏ったゴブリンと死闘を繰り広げていた。

 どうやら背後から湧いてきたらしい。


「ちょっ、なんでっ! なんでっ! こいつらっ、こんなに……っ!」


 レミはゴブリンの棍棒を円形の盾で受け止める。

 本来、ゴブリンなど最下級の魔物だ。

 だが、この個体はAランク探索者のレミを相手にまったく引けを取っていなかった。


「舐めるっ……なあっ!」


 裂帛の気合とともに、レミが盾ごと体当たりするように突撃。

 たたらを踏んだゴブリンの胴を、レミの西洋剣が一閃する。

 なおも棍棒を振り上げようとするゴブリンの頭を、盾の縁がしたたかに打ち据えた。


「ギギャ、ッ……!」


 断末魔とともに、黒いゴブリンの身体が魔素(ヴリル)の結晶へと姿を変える。

 その場に座り込んだレミの剣の刃はささくれ、盾も縁が歪んでいた。


「なっ、なんなの、こいつら……っ! 下手したら、ここの迷宮主(ダンジョン・マスター)より、よっぽど……っ!」


「さすがAランク、なかなか()るじゃねえか。ケガはねえか?」


「ちょっとっ! 見てないで助けてくださいよっ!」


「ヤバかったら助けるつもりだったさ。あいつ一匹でどうこうなるくらいなら、さすがに面倒見きれねえけどな」


 陽人が事も無げに言うと、空飛ぶネコ型ロボが横に寄ってくる。

 中空に浮かんだディスプレイには、相変わらず文字の羅列が流れていた。


〈早く助けろオッサン! 俺のReMiちゃんになんかあったらどうするつもりだっ!〉

〈お前のじゃねえしwww〉

〈今出したの何? 影っぽいので攻撃したぞ〉

〈このおっさん何者? レミもガチっぽかったし、ヤラセじゃなさそうだけど〉

〈初見、今北産業〉

〈おっさん強すぎ、レミは無事、他不明〉

〈↑三行にするまでもなくて草〉


(よく喋る猫だなあ。最近はこういうの流行ってんのかね)


 しげしげと眺めていると、呼吸を整えたレミがようやく立ち上がる。


「てかこれ、一体何なんですかっ⁉ 世界の裏側、とか言ってましたけど……ここ北の丸迷宮(ダンジョン)ですよねっ⁉ この部屋、迷宮主(ダンジョン・マスター)と戦った場所ですっ!」


「……ただの北の丸迷宮(ダンジョン)じゃねえさ」


 陽人はため息を吐くと、畳の間を見渡した。

 魔物(モンスター)こそいないが、揺らめく黒い影が絶え間なく広がっている。


「ダンジョンの跡地にできる歪み……。俺は勝手に、裏・(リバース)迷宮(ダンジョン)って呼んでる」


 レミの表情が、驚きを通り越し、疑惑へと変わる。


(リバース)……? そんなの、都市伝説ですら聞いたこと……」


「だろうな。普通の迷宮(ダンジョン)と違って肉眼じゃ入口が見えねえし、俺が知る限り入れるのは俺だけだ。あと、もう分かってるだろうが、出てくる魔物(モンスター)がべらぼうに強い」


「はっ、はい……?」


 レミは一瞬、呆気に取られた表情を見せた。が、次の瞬間、陽人を睨みつけた。


「出してくださいっ! 今すぐにっ!」


「悪いが無理だ。俺も何度も試したが、一度入ったら出られねえんだわ」


「ちょっ……なっ、なんですかそれっ⁉ じゃあどうやって……!」


「普通の迷宮(ダンジョン)と同じさ。迷宮主(ダンジョン・マスター)をぶちのめして、迷宮核(ダンジョン・コア)を破壊すればいい。ああ、くたばるのを含めれば選択肢としては二つか?」


「含めなくていいですそんなのっ! もうっ、どうしてくれるんですかっ⁉」


 喚きっぱなしのレミを前に、陽人はわしわしと頭を掻く。


「巻き込んじまったのは悪かったって……ここを出るまでは面倒見るからさ。ほら、その辺に転がってる魔素(ヴリル)、まとめて吸収しときな」


 探索者(デルヴァー)にとって、魔素(ヴリル)の用途は大きく分けて二つある。

 ひとつは売り捌いて金に換える。もうひとつは、吸収して自身の身体能力を向上させることだ。


 魔素(ヴリル)を吸収すれば身体能力が上がるだけでなく、いわゆる魔法まで使えるようになる。

 より高難度の迷宮(ダンジョン)に挑むには必須だが、即金と天秤にかけるため、悩む者も多い。


「へ、へっ……⁉ これ全部、宝玉(スフィア)級ですよっ⁉ 迷宮主(ダンジョン・マスター)以外が落とすの、見たことないのに……!」


「いいから、とっとと吸収してくれ。そうすりゃ少しはマシになるだろ」


 魔素(ヴリル)結晶の価値は大きさで決まり、破片(チップ)晶石(ドロップ)宝玉(スフィア)の順で価値が高い。

 こと宝玉(スフィア)ともなれば、一個でも一般人が数ヶ月は遊んで暮らせるほどの額になる。


 レミはまだ戸惑っていた様子だったが、すぐに魔素(ヴリル)の結晶を手に取った。

 すると結晶が燐光となって、レミの身体へと吸い込まれていく。


「すっごい……っ! 力が漲ってくるっ! 宝玉(スフィア)なんて、売ったことしかなかったから……っ!」


 程なくして、場にあった魔素(ヴリル)のすべてがレミの身体に収まった。

 陽人は長巻を担ぐように持つと、レミを肩越しに見る。


「よし、行くぞ。攻略勢だったなら、道案内は頼めるよな? ええっと……」


「レミ、でいいです。あなたは?」


「宵原陽人だ。好きに呼ぶといい」


「じゃあ……宵原さん。危なくなったら、助けてくださいね」


そう言うと、レミは静々と走り出す。

 さすがAランク探索者(デルヴァー)と言うべきか、周囲を警戒しつつ進む姿は様になっている。


「なんで、ぱっと見で北の丸迷宮(ダンジョン)だって分からなかったんだろ、って思ったら……。暗いのもあるけど、左右が逆なんですね」


(リバース)、って名付けた理由さ。ついでに言うと、スタートも前の迷宮主(ダンジョン・マスター)がいた場所からになる。今まで潰したとこは、全部そうだった」


「今まで、って……。いくつ潰したんですか?」


「さあな、覚えてねえ。もう十五年くらいやってるし」


「十五年っ⁉ ひょっとして迷宮(ダンジョン)ができるようになった時から、ずっと単独(ソロ)で……⁉」


 レミが叫んだ、その時。

 残っている襖から、何かが飛び出てきた。槍の穂先だ。


「おいでなすったなっ!」


 長巻を振るって、穂先を斬り飛ばす。

 斬り裂いた襖の向こうには案の定、黒い足軽姿が10体ほど。


「数だけ揃えたって、な……っ!」


 槍を振るう暇を与えず、次々と長巻で斬り捨てる。

 レミが動く前に、黒足軽たちはすべて魔素(ヴリル)の結晶と化していた。


「つ、強すぎ……って、傷っ!」


 レミの視線は、陽人の左腕に注がれている。

 見れば足軽の槍がかすったのか、わずかに血が出ていた。


「ああ、ほっときゃ治るよ」


「ダッ、ダメですよっ! ヒーリングッ!」


 レミの盾をかざすと、温かな緑色の光が陽人の左腕を包む。

 魔素(ヴリル)の恩恵のひとつ、魔法だ。


 ――が、しかし。


「えっ、なんで……? 治らない……?」


「だから言ったんだよ。俺、(これ)のせいか魔法が効かねえんだわ」


「は、い……? 魔法って、全部ですか?」


「ああ。もっとも魔物(あいつら)が使う魔法も効かねえから、いい事のほうが多いけどな」


 などと話している間に。影が左腕を覆ったかと思うと、傷があっさり塞がった。


「ほらな? さ、早くそこに転がってる魔素(やつ)を吸収してくれ。さっさと行くぞ」


 レミが慌てて魔素(ヴリル)を吸収する間、ふとネコロボのほうを見る。


〈宵原陽人、って……誰か聞いたことあるやついないの?〉

〈アメリカからです。この動画はフェイクですか?(#英語)〉

〈分かんねえから騒いでんだよメリケン。てか解析とかしてるヤツいねえのかな〉

〈↑さっき解析板にリンク張ってきたけど、今のとこガチっぽい。生配信だしな〉

〈マジか。オラ、ワクワクしてきたぞ〉


 映し出されているディスプレイは、相変わらず賑やかだ。

 もの凄い速さで文字が流れているおかげで、ロクに読めもしないのだが。


(ほんと、よく喋るねえ。こんなのがいたら少しは慰めになるか?)


 考えているうちに、魔素(ヴリル)を吸収し終えたレミが立ち上がる。

 陽人は長巻を担ぐと、暗い廊下を走り始めた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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