1-2
お読みいただき、ありがとうございます!
影がほとばしる畳の間を、漆黒の魔物たちが疾駆する。
殺到する黒い群れを前に、陽人は長巻を肩越しに構えた。
「そぉら、よっ!」
初撃、横薙ぎ。正面の三体を真っ二つに。次撃、袈裟斬り。右の二体を一閃。
間髪入れずに、さらに数体の魔物が襲いかかる。しかし、陽人は慌てることなく、左手を前にかざした。
「<黒影鞭ッ!>」
言葉とともに、掌から漆黒の影が伸びる。
腕を振り抜けば、しなるように魔物の群れをなぎ払い、数体が壁に叩きつけられた。
「<影縛呪ッ!>」
立て続けに唱えれば、魔物たちの足元から細い影がうねるように伸びる。
意思を持つかのように絡みついた影が、瞬く間に全身を拘束した。
「ギ、イッ⁉」
何が起こったのか理解できないといった様子の異形たちを、陽人の長巻が次々と斬り伏せる。
やがて、魔素の結晶が床に転がるばかりとなると、陽人はようやく背後を振り向いた。
「お待ちどうさん……って、おっ?」
見ると、レミが影を纏ったゴブリンと死闘を繰り広げていた。
どうやら背後から湧いてきたらしい。
「ちょっ、なんでっ! なんでっ! こいつらっ、こんなに……っ!」
レミはゴブリンの棍棒を円形の盾で受け止める。
本来、ゴブリンなど最下級の魔物だ。
だが、この個体はAランク探索者のレミを相手にまったく引けを取っていなかった。
「舐めるっ……なあっ!」
裂帛の気合とともに、レミが盾ごと体当たりするように突撃。
たたらを踏んだゴブリンの胴を、レミの西洋剣が一閃する。
なおも棍棒を振り上げようとするゴブリンの頭を、盾の縁がしたたかに打ち据えた。
「ギギャ、ッ……!」
断末魔とともに、黒いゴブリンの身体が魔素の結晶へと姿を変える。
その場に座り込んだレミの剣の刃はささくれ、盾も縁が歪んでいた。
「なっ、なんなの、こいつら……っ! 下手したら、ここの迷宮主より、よっぽど……っ!」
「さすがAランク、なかなか戦るじゃねえか。ケガはねえか?」
「ちょっとっ! 見てないで助けてくださいよっ!」
「ヤバかったら助けるつもりだったさ。あいつ一匹でどうこうなるくらいなら、さすがに面倒見きれねえけどな」
陽人が事も無げに言うと、空飛ぶネコ型ロボが横に寄ってくる。
中空に浮かんだディスプレイには、相変わらず文字の羅列が流れていた。
〈早く助けろオッサン! 俺のReMiちゃんになんかあったらどうするつもりだっ!〉
〈お前のじゃねえしwww〉
〈今出したの何? 影っぽいので攻撃したぞ〉
〈このおっさん何者? レミもガチっぽかったし、ヤラセじゃなさそうだけど〉
〈初見、今北産業〉
〈おっさん強すぎ、レミは無事、他不明〉
〈↑三行にするまでもなくて草〉
(よく喋る猫だなあ。最近はこういうの流行ってんのかね)
しげしげと眺めていると、呼吸を整えたレミがようやく立ち上がる。
「てかこれ、一体何なんですかっ⁉ 世界の裏側、とか言ってましたけど……ここ北の丸迷宮ですよねっ⁉ この部屋、迷宮主と戦った場所ですっ!」
「……ただの北の丸迷宮じゃねえさ」
陽人はため息を吐くと、畳の間を見渡した。
魔物こそいないが、揺らめく黒い影が絶え間なく広がっている。
「ダンジョンの跡地にできる歪み……。俺は勝手に、裏・迷宮って呼んでる」
レミの表情が、驚きを通り越し、疑惑へと変わる。
「裏……? そんなの、都市伝説ですら聞いたこと……」
「だろうな。普通の迷宮と違って肉眼じゃ入口が見えねえし、俺が知る限り入れるのは俺だけだ。あと、もう分かってるだろうが、出てくる魔物がべらぼうに強い」
「はっ、はい……?」
レミは一瞬、呆気に取られた表情を見せた。が、次の瞬間、陽人を睨みつけた。
「出してくださいっ! 今すぐにっ!」
「悪いが無理だ。俺も何度も試したが、一度入ったら出られねえんだわ」
「ちょっ……なっ、なんですかそれっ⁉ じゃあどうやって……!」
「普通の迷宮と同じさ。迷宮主をぶちのめして、迷宮核を破壊すればいい。ああ、くたばるのを含めれば選択肢としては二つか?」
「含めなくていいですそんなのっ! もうっ、どうしてくれるんですかっ⁉」
喚きっぱなしのレミを前に、陽人はわしわしと頭を掻く。
「巻き込んじまったのは悪かったって……ここを出るまでは面倒見るからさ。ほら、その辺に転がってる魔素、まとめて吸収しときな」
探索者にとって、魔素の用途は大きく分けて二つある。
ひとつは売り捌いて金に換える。もうひとつは、吸収して自身の身体能力を向上させることだ。
魔素を吸収すれば身体能力が上がるだけでなく、いわゆる魔法まで使えるようになる。
より高難度の迷宮に挑むには必須だが、即金と天秤にかけるため、悩む者も多い。
「へ、へっ……⁉ これ全部、宝玉級ですよっ⁉ 迷宮主以外が落とすの、見たことないのに……!」
「いいから、とっとと吸収してくれ。そうすりゃ少しはマシになるだろ」
魔素結晶の価値は大きさで決まり、破片、晶石、宝玉の順で価値が高い。
こと宝玉ともなれば、一個でも一般人が数ヶ月は遊んで暮らせるほどの額になる。
レミはまだ戸惑っていた様子だったが、すぐに魔素の結晶を手に取った。
すると結晶が燐光となって、レミの身体へと吸い込まれていく。
「すっごい……っ! 力が漲ってくるっ! 宝玉なんて、売ったことしかなかったから……っ!」
程なくして、場にあった魔素のすべてがレミの身体に収まった。
陽人は長巻を担ぐように持つと、レミを肩越しに見る。
「よし、行くぞ。攻略勢だったなら、道案内は頼めるよな? ええっと……」
「レミ、でいいです。あなたは?」
「宵原陽人だ。好きに呼ぶといい」
「じゃあ……宵原さん。危なくなったら、助けてくださいね」
そう言うと、レミは静々と走り出す。
さすがAランク探索者と言うべきか、周囲を警戒しつつ進む姿は様になっている。
「なんで、ぱっと見で北の丸迷宮だって分からなかったんだろ、って思ったら……。暗いのもあるけど、左右が逆なんですね」
「裏、って名付けた理由さ。ついでに言うと、スタートも前の迷宮主がいた場所からになる。今まで潰したとこは、全部そうだった」
「今まで、って……。いくつ潰したんですか?」
「さあな、覚えてねえ。もう十五年くらいやってるし」
「十五年っ⁉ ひょっとして迷宮ができるようになった時から、ずっと単独で……⁉」
レミが叫んだ、その時。
残っている襖から、何かが飛び出てきた。槍の穂先だ。
「おいでなすったなっ!」
長巻を振るって、穂先を斬り飛ばす。
斬り裂いた襖の向こうには案の定、黒い足軽姿が10体ほど。
「数だけ揃えたって、な……っ!」
槍を振るう暇を与えず、次々と長巻で斬り捨てる。
レミが動く前に、黒足軽たちはすべて魔素の結晶と化していた。
「つ、強すぎ……って、傷っ!」
レミの視線は、陽人の左腕に注がれている。
見れば足軽の槍がかすったのか、わずかに血が出ていた。
「ああ、ほっときゃ治るよ」
「ダッ、ダメですよっ! ヒーリングッ!」
レミの盾をかざすと、温かな緑色の光が陽人の左腕を包む。
魔素の恩恵のひとつ、魔法だ。
――が、しかし。
「えっ、なんで……? 治らない……?」
「だから言ったんだよ。俺、影のせいか魔法が効かねえんだわ」
「は、い……? 魔法って、全部ですか?」
「ああ。もっとも魔物が使う魔法も効かねえから、いい事のほうが多いけどな」
などと話している間に。影が左腕を覆ったかと思うと、傷があっさり塞がった。
「ほらな? さ、早くそこに転がってる魔素を吸収してくれ。さっさと行くぞ」
レミが慌てて魔素を吸収する間、ふとネコロボのほうを見る。
〈宵原陽人、って……誰か聞いたことあるやついないの?〉
〈アメリカからです。この動画はフェイクですか?(#英語)〉
〈分かんねえから騒いでんだよメリケン。てか解析とかしてるヤツいねえのかな〉
〈↑さっき解析板にリンク張ってきたけど、今のとこガチっぽい。生配信だしな〉
〈マジか。オラ、ワクワクしてきたぞ〉
映し出されているディスプレイは、相変わらず賑やかだ。
もの凄い速さで文字が流れているおかげで、ロクに読めもしないのだが。
(ほんと、よく喋るねえ。こんなのがいたら少しは慰めになるか?)
考えているうちに、魔素を吸収し終えたレミが立ち上がる。
陽人は長巻を担ぐと、暗い廊下を走り始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたらブックマークや評価、感想など頂ければ励みになります。