1-1
お読みいただき、ありがとうございます!
晴れた冬の朝。宵原陽人は、北の丸公園へと足を運んでいた。
かつて誰もが自由に通れた門は、今やカラーコーンで封鎖され、炭素繊維鎧で武装した検問役らしき男が二人立っている。
「……すみません。入場許可をお願いしたいんですが」
淡々と告げると、男の一人が訝しげに陽人を見た。
黒髪の癖毛に中年らしい風貌。軍服に似たグレーの戦闘衣の上から同色のコートを羽織り、携帯用の小さな鞄を持つ。そして極めつけは、ベルトに帯びた脇差と、ボストンバッグのように肩から下げた大太刀。
一昔前なら、職質待ったなしの格好である。
「ん、入場許可って……。あんた、探索者だろ?」
「ここの迷宮、もう攻略されたぜ?」
男たちはひと目で陽人の素性を見抜き、事も無げに言う。
世界各地の遺跡や遺構が、迷宮と化すようになって十五年。その迷宮を探索し、新資源や遺物をもたらす者たちが探索者と呼ばれるようになって十年。
今日日、陽人のような装いは珍しくもない。
陽人は男たちの言葉に、うっすらと愛想笑いを浮かべて見せる。
「ええ、知ってます。ちょっと拾い物を、ね」
「ああ、なるほどね。それじゃ、ここにIDかざして……宵原陽人さんね。ランクはE、と」
「こないだ同じ目的の奴らがたくさん来たから、もう残ってるか分からないけど。ま、気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
その場を後にして少し歩くと、かすかに声が聞こえてきた。
「……ヘッ。迷宮に潜るわけでもねえのに、あんなでっけえ刀がいるかよ」
「どうせ見かけ倒しだろ。無用の長物たあ、言ったもんだ」
肩から下げる大太刀は、刃渡り一メートル弱。柄も刀身と同じくらいの長さがある、”長巻”と呼ばれる拵えだ。
太刀というより、薙刀などの竿物に近い。
(聞こえるように言ってんだか、単に配慮がないんだか。まあ言ってることは分からなくもねえけどな)
ひっそりとした日本武道館を左手に見ながら、舗装された公園の道を行く。
奥へと続く三叉路まで来ると、正面の草地に微かに光るものがあった。ガラスの破片のような、透き通った物質だ。
(紫、か。思ったより早いな)
魔素――。かつて実在を囁かれた架空のエネルギーの名を冠した、迷宮探索におけるキーマテリアル。
迷宮から採れるエネルギー光体で、光体のまま取り入れれば身体能力を向上させる。結晶化すれば超硬度を有するばかりか、有害物質を発しない高効率のエネルギー発生源となる夢の新素材である。
今、手にしているものは破片と呼ばれる、最小単位の破片だった。
(封鎖が解ける前に来て正解だったか。急がねえと)
破片を放り捨て、三叉路を曲がった。
すると芝生エリアの真ん中で、茶髪のボブカットの女性が空飛ぶ何かに向けて話しかけている。
(げ、人がいるのかよ……。人が少ないうちに、って思って朝っぱらから出てきたのに)
やり過ごそうと心に決めた矢先、女性のほうから陽人に駆け寄ってくる。
歳の頃は二十歳そこら。まだあどけなさを残しているあたり、十代かもしれない。
「すみませんっ! わたし、ReMiちゃんねるのレミっていうんですけどぉ! 今、ちょっとお話いいですかぁ~?」
近くで見ると、アイドル張りの美人である。カーキ色のトラウザーに青いシャツの上から、炭素繊維製の胸当てに手甲、膝当てと言う軽装。腰には、日本の探索者としては珍しい西洋剣を下げ、背には盾を背負っている。
「ん、ああ。構わないけど……」
「よかったぁ~! ちなみにReMiちゃんねる、ご存じですかぁ?」
「すまない……。そういうのは、ちょっと疎くてな」
バツが悪そうに頭を掻くと、茶髪ボブ――もといレミは慌てた様子で手を振った。
「あっ、いえいえ全然っ! 探索者の方ですよね? 北の丸公園は初めてですか?」
「前は何度か来たことがあったけど、迷宮ができた後じゃ初めてかな」
「おお~、何度かいらしたことあったんですねっ! 実は私、先日ここの迷宮の討伐に参加したんですっ!」
顔を輝かせるレミの首元から、星が五つ並んだIDカードが下がっている。
探索者協会、Aランク認定。”才能の壁”とも言われるランクで、陽人のEランクとは天地の差である。
「若いのにAランクかあ。君みたいな人が頑張ってくれたから、俺らみたいな底辺探索者が安心して”物拾い”ができるってわけだな」
「そ、そんなぁ……。でも、そう言って頂けると嬉しいですっ!」
謙遜しながらも満足げなレミを見て、思わず頬が緩む。男の悲しい性だ。
もっとも、嘘やお世辞を言ったつもりはない。Eランクの探索者の扱いは、一般人とほとんど変わらない。異空間に存在する迷宮の入口付近や、跡地に出てくる魔素の破片を拾い集める“物拾い”が、主な生計手段なのだ。
「じゃあ、俺も仕事に励むとするよ。お互い頑張ろうな」
「えっ……は、はいっ。ありがとうございます!」
さっさと話を切り上げられたからか、レミは戸惑い気味に頭を下げる。
その場を離れようとすると、ピンク色をした空飛ぶ機械のネコが、行く手を遮るように飛んできた。よく見ると、ネコの尻尾あたりから出た光が、中空に何かを映し出している。
〈うっわ、せっかくReMiちゃんに話しかけられてるのに……〉
〈このおっさん、跡地で物拾いしてるってことはEランだろ?〉
〈なにがお互いに~だよ、負け組乙。ReMiちゃんAランやぞ〉
〈デカい刀かついでアピってんの、見てて痛い……〉
などといった言葉の羅列が、次々と流れていく。
(機械のペットか? 最近は文字で喋るんだな。ずいぶん小生意気だが)
「あ、そうだっ! 跡地なのに魔物が出るなんて噂も聞きましたから、気をつけてくださいね~っ!」
レミの声を背で聞きながら、公園の奥へと続く道に入った。
木々が生い茂る林道が網目状に走っている。時間帯と場所柄が相まってか、さすがに人の姿はない。
(跡地なのに魔物が出る、か……。やっぱり聞いてた通りだな)
少し進むと、木々の合間に石碑が見えた。さらにその先には、気象観測に使うと思われる設備がある。
次の瞬間、首筋にチリっと灼けつくような痛みが走った。
見つけた時の感覚だ。
(このあたりか、よし……!)
設備のそばは奥まっているので、都合がいい。
陰に隠れるような位置に入り込むと、中空に手をかざす。
「……影門招来」
ぽつりと呟くと、周囲の景色が揺らいだ。
陽炎のように揺らめく異変は、またたく間に広がっていく。
最初に揺らいだ位置から、空間が破れた書き割りのようにめくれ上がっていく。
やがて揺らぎが収まると、陽人は古びた座敷の中央に立っていた。
周囲にあったはずの襖は既になく、畳と柱だけのがらんとした空間。
そこかしこの畳の継ぎ目から、黒い靄が炎のように噴き上がっている。
「やっぱり、出てきてたか」
誰ともなしにそう言った、その瞬間――。
「ちょっ、ちょっ……っ! ここ、どこっ⁉」
背後から、素っ頓狂な女性の声が響いた。
振り返ると、さっきのレミがあたふたとした様子で辺りを見回している。
空飛ぶネコロボも一緒だ。
「はあ……⁉ 君、なんでここにいる⁉」
「なんでも何もないですよっ! 入口の人が魔物が出た~なんて言うから、おじさんにも教えないとと思って、後を追いかけたんですっ!」
「なんでそんな余計なことを……。てか影門招来、他人を巻き込んじまうのか……」
「余計なこととか、ヒドくないですかっ⁉ 追いついたと思ったらこれですよっ⁉ 何なんですか、ここっ!」
喚き散らすレミの横には、いつの間にかさっきのネコ型機械が回り込んでいた。
例によって中空に映し出されるホログラムには、文字の羅列がものすごい勢いで流れている。
〈なんだよここ! 迷宮、攻略されたんじゃないの⁉〉
〈攻略の配信見てたけど、明らかに様子違うぞ。ReMiもテンパってるし別モンだろ〉
〈もうひとつ迷宮があった、ってこと?〉
〈こりゃ面白くなってきたな、拡散してこよ〉
(よく喋るなあ、魔素のおかげかね。てか機械も巻き込まれるのかよ、気をつけねえとな……)
そう考えていると、隣の部屋に吹き上がっていた影が、ゆらりと揺れた。
それは見る間に形を取り、全身に影を纏った二足歩行の小鬼や、足軽の姿となる。
数は見えるだけで二十ほど。
「えっ、ちょっ、魔物⁉ ここ、迷宮なんですかっ⁉」
レミが驚く間もなく、戦闘態勢に入った小鬼たちが陽人たちへと殺到した。
いわゆるゴブリンだが、一足飛びに間合いを詰めてくる。
「はっ、速……っ!」
レミの言葉が終わる前に、陽人は肩から下げていた長巻の鞘を払った。
繰り出した紫色の刀身が、飛び上がってきたゴブリンたちの胴を薙ぐ。
「ギ、ギャッ……!」
影を纏ったゴブリンたちが、断末魔とともに透き通った光の球体へと変わった。
魔素の結晶だ。
長巻を肩に担ぐように構えると、魔物の群れがたじろぎ後退る。
「ったく、しょうがねえなあ。まあ俺の不注意もあるか……」
「お、おじさん、何なんですか? あいつら、一体なに? てかホントここ、どこなんですか……?」
泣きだしそうなレミに、陽人は肩越しに笑ってみせた。
「……ようこそ、世界の裏側へ」
我ながら結構キマったと思う顔を、空飛ぶネコロボがしっかりと見つめていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたらブックマークや評価、感想など頂ければ励みになります。