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お読みいただき、ありがとうございます!

 晴れた冬の朝。宵原(よいはら)陽人(あきと)は、北の丸公園へと足を運んでいた。

 かつて誰もが自由に通れた門は、今やカラーコーンで封鎖され、炭素繊維鎧(カーボンアーマー)で武装した検問役らしき男が二人立っている。


「……すみません。入場許可をお願いしたいんですが」


 淡々と告げると、男の一人が訝しげに陽人を見た。

 黒髪の癖毛に中年らしい風貌。軍服に似たグレーの戦闘衣の上から同色のコートを羽織り、携帯用の小さな鞄を持つ。そして極めつけは、ベルトに帯びた脇差と、ボストンバッグのように肩から下げた大太刀。

 一昔前なら、職質待ったなしの格好である。


「ん、入場許可って……。あんた、探索者(デルヴァー)だろ?」


「ここの迷宮(ダンジョン)、もう攻略されたぜ?」


 男たちはひと目で陽人の素性を見抜き、事も無げに言う。

 世界各地の遺跡や遺構が、迷宮(ダンジョン)と化すようになって十五年。その迷宮(ダンジョン)を探索し、新資源や遺物をもたらす者たちが探索者(デルヴァー)と呼ばれるようになって十年。

 今日日、陽人のような装いは珍しくもない。


 陽人は男たちの言葉に、うっすらと愛想笑いを浮かべて見せる。


「ええ、知ってます。ちょっと拾い物を、ね」


「ああ、なるほどね。それじゃ、ここにIDかざして……宵原陽人さんね。ランクはE、と」


「こないだ同じ目的の奴らがたくさん来たから、もう残ってるか分からないけど。ま、気をつけてな」


「はい、ありがとうございます」


 その場を後にして少し歩くと、かすかに声が聞こえてきた。


「……ヘッ。迷宮(ダンジョン)に潜るわけでもねえのに、あんなでっけえ刀がいるかよ」


「どうせ見かけ倒しだろ。無用の長物たあ、言ったもんだ」


 肩から下げる大太刀は、刃渡り一メートル弱。柄も刀身と同じくらいの長さがある、”長巻(ながまき)”と呼ばれる(こしら)えだ。

 太刀というより、薙刀(なぎなた)などの竿物に近い。


(聞こえるように言ってんだか、単に配慮がないんだか。まあ言ってることは分からなくもねえけどな)


 ひっそりとした日本武道館を左手に見ながら、舗装された公園の道を行く。

 奥へと続く三叉路まで来ると、正面の草地に微かに光るものがあった。ガラスの破片のような、透き通った物質だ。


(紫、か。思ったより早いな)


 魔素(ヴリル)――。かつて実在を囁かれた架空のエネルギーの名を冠した、迷宮(ダンジョン)探索におけるキーマテリアル。

 迷宮(ダンジョン)から採れるエネルギー光体で、光体のまま取り入れれば身体能力を向上させる。結晶化すれば超硬度を有するばかりか、有害物質を発しない高効率のエネルギー発生源となる夢の新素材である。


 今、手にしているものは破片(チップ)と呼ばれる、最小単位の破片だった。


(封鎖が解ける前に来て正解だったか。急がねえと)


 破片(チップ)を放り捨て、三叉路を曲がった。

 すると芝生エリアの真ん中で、茶髪のボブカットの女性が空飛ぶ何かに向けて話しかけている。


(げ、人がいるのかよ……。人が少ないうちに、って思って朝っぱらから出てきたのに)


 やり過ごそうと心に決めた矢先、女性のほうから陽人に駆け寄ってくる。

 歳の頃は二十歳そこら。まだあどけなさを残しているあたり、十代かもしれない。


「すみませんっ! わたし、ReMi(レミ)ちゃんねるのレミっていうんですけどぉ! 今、ちょっとお話いいですかぁ~?」


 近くで見ると、アイドル張りの美人である。カーキ色のトラウザーに青いシャツの上から、炭素繊維(カーボン)製の胸当てに手甲、膝当てと言う軽装。腰には、日本の探索者(デルヴァー)としては珍しい西洋剣を下げ、背には盾を背負っている。


「ん、ああ。構わないけど……」


「よかったぁ~! ちなみにReMiちゃんねる、ご存じですかぁ?」


「すまない……。そういうのは、ちょっと疎くてな」


 バツが悪そうに頭を掻くと、茶髪ボブ――もといレミは慌てた様子で手を振った。


「あっ、いえいえ全然っ! 探索者(デルヴァー)の方ですよね? 北の丸公園は初めてですか?」


「前は何度か来たことがあったけど、迷宮(ダンジョン)ができた後じゃ初めてかな」


「おお~、何度かいらしたことあったんですねっ! 実は私、先日ここの迷宮(ダンジョン)の討伐に参加したんですっ!」


 顔を輝かせるレミの首元から、星が五つ並んだIDカードが下がっている。

 探索者協会(デルヴァーズ)、Aランク認定。”才能の壁”とも言われるランクで、陽人のEランクとは天地の差である。


「若いのにAランクかあ。君みたいな人が頑張ってくれたから、俺らみたいな底辺探索者(デルヴァー)が安心して”物拾い”ができるってわけだな」


「そ、そんなぁ……。でも、そう言って頂けると嬉しいですっ!」


 謙遜しながらも満足げなレミを見て、思わず頬が緩む。男の悲しい性だ。

 もっとも、嘘やお世辞を言ったつもりはない。Eランクの探索者(デルヴァー)の扱いは、一般人とほとんど変わらない。異空間に存在する迷宮(ダンジョン)の入口付近や、跡地に出てくる魔素(ヴリル)破片(チップ)を拾い集める“物拾い”が、主な生計手段なのだ。


「じゃあ、俺も仕事に励むとするよ。お互い頑張ろうな」


「えっ……は、はいっ。ありがとうございます!」


 さっさと話を切り上げられたからか、レミは戸惑い気味に頭を下げる。

 その場を離れようとすると、ピンク色をした空飛ぶ機械のネコが、行く手を遮るように飛んできた。よく見ると、ネコの尻尾あたりから出た光が、中空に何かを映し出している。


〈うっわ、せっかくReMiちゃんに話しかけられてるのに……〉

〈このおっさん、跡地で物拾いしてるってことはEランだろ?〉

〈なにがお互いに~だよ、負け組乙。ReMiちゃんAランやぞ〉

〈デカい刀かついでアピってんの、見てて痛い……〉


 などといった言葉の羅列が、次々と流れていく。


(機械のペットか? 最近は文字で喋るんだな。ずいぶん小生意気だが)


「あ、そうだっ! 跡地なのに魔物が出るなんて噂も聞きましたから、気をつけてくださいね~っ!」


 レミの声を背で聞きながら、公園の奥へと続く道に入った。

 木々が生い茂る林道が網目状に走っている。時間帯と場所柄が相まってか、さすがに人の姿はない。


(跡地なのに魔物が出る、か……。やっぱり聞いてた通りだな)


 少し進むと、木々の合間に石碑が見えた。さらにその先には、気象観測に使うと思われる設備がある。

 次の瞬間、首筋にチリっと灼けつくような痛みが走った。

 ()()()()時の感覚だ。


(このあたりか、よし……!)


 設備のそばは奥まっているので、都合がいい。

 陰に隠れるような位置に入り込むと、中空に手をかざす。


「……影門招来(インヴォーク)


 ぽつりと呟くと、周囲の景色が揺らいだ。

 陽炎のように揺らめく異変は、またたく間に広がっていく。

 最初に揺らいだ位置から、空間が破れた書き割りのようにめくれ上がっていく。


 やがて揺らぎが収まると、陽人は古びた座敷の中央に立っていた。

 周囲にあったはずの(ふすま)は既になく、畳と柱だけのがらんとした空間。

 そこかしこの畳の継ぎ目から、黒い靄が炎のように噴き上がっている。


「やっぱり、出てきてたか」


 誰ともなしにそう言った、その瞬間――。


「ちょっ、ちょっ……っ! ここ、どこっ⁉」


 背後から、素っ頓狂な女性の声が響いた。


 振り返ると、さっきのレミがあたふたとした様子で辺りを見回している。

 空飛ぶネコロボも一緒だ。


「はあ……⁉ 君、なんでここにいる⁉」


「なんでも何もないですよっ! 入口の人が魔物が出た~なんて言うから、おじさんにも教えないとと思って、後を追いかけたんですっ!」


「なんでそんな余計なことを……。てか影門招来(あれ)、他人を巻き込んじまうのか……」


「余計なこととか、ヒドくないですかっ⁉ 追いついたと思ったらこれですよっ⁉ 何なんですか、ここっ!」


 喚き散らすレミの横には、いつの間にかさっきのネコ型機械が回り込んでいた。

 例によって中空に映し出されるホログラムには、文字の羅列がものすごい勢いで流れている。


〈なんだよここ! 迷宮(ダンジョン)、攻略されたんじゃないの⁉〉

〈攻略の配信見てたけど、明らかに様子違うぞ。ReMiもテンパってるし別モンだろ〉

〈もうひとつ迷宮(ダンジョン)があった、ってこと?〉

〈こりゃ面白くなってきたな、拡散してこよ〉


(よく喋るなあ、魔素(ヴリル)のおかげかね。てか機械も巻き込まれるのかよ、気をつけねえとな……)


 そう考えていると、隣の部屋に吹き上がっていた影が、ゆらりと揺れた。

 それは見る間に形を取り、全身に影を纏った二足歩行の小鬼や、足軽の姿となる。

 数は見えるだけで二十ほど。


「えっ、ちょっ、魔物(モンスター)⁉ ここ、迷宮(ダンジョン)なんですかっ⁉」


 レミが驚く間もなく、戦闘態勢に入った小鬼たちが陽人たちへと殺到した。

 いわゆるゴブリンだが、一足飛びに間合いを詰めてくる。


「はっ、速……っ!」


 レミの言葉が終わる前に、陽人は肩から下げていた長巻の鞘を払った。

 繰り出した紫色の刀身が、飛び上がってきたゴブリンたちの胴を薙ぐ。


「ギ、ギャッ……!」


 影を纏ったゴブリンたちが、断末魔とともに透き通った光の球体へと変わった。

 魔素(ヴリル)の結晶だ。


 長巻を肩に担ぐように構えると、魔物(モンスター)の群れがたじろぎ後退る。


「ったく、しょうがねえなあ。まあ俺の不注意もあるか……」


「お、おじさん、何なんですか? あいつら、一体なに? てかホントここ、どこなんですか……?」


 泣きだしそうなレミに、陽人は肩越しに笑ってみせた。


「……ようこそ、世界の裏側へ」


 我ながら結構キマったと思う顔を、空飛ぶネコロボがしっかりと見つめていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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