第96話、終わりの始まり
これは、神聖日本帝国による世界秩序再編作戦、そしてその頂点に立つ最高指導者・神月唯華の運命を描く、壮大な物語の続きである。極東の孤島から発せられた冷徹な意志は、血と鉄を伴い、全世界を巻き込む最終戦争へと突き進んでいく。
ナチス第4帝国との同盟締結から四週間。神聖日本帝国は、対米戦争の準備を加速させていた。作戦名『神威の剣』は、ヨーロッパ大陸を橋頭堡とし、世界最強の国家を打ち砕く、人類史上最大の賭けとなった。
最高指導者邸の地下深く、戦略指令室に隣接する兵站省の区画は、蛍光灯の光が白々しく照らす、徹夜作業の現場と化していた。兵站省大臣・渡辺拓也(40代、元自衛隊補給部隊)は、シャツの袖を捲り上げ、その顔には深い疲労と、計算が合わない苛立ちが刻まれていた。彼の眼前に広がるホログラムスクリーンには、東京、ソウル、北京、ベルリンを結ぶ、血の巡りのような補給線のシミュレーション結果が、絶えず危険信号を示す赤で点滅していた。
「小林次官、もう一度シミュレートしろ!T-99の特殊燃料の消費率、ヨーロッパ戦線での稼働率を10%下げた場合どうなる!」
「大臣、下げたとしても変わりません!」小林雅人(30代、兵站省次官)は、疲れ果てた表情で答えた。「ベルリンへの輸送線は、長すぎる。地中海ルートは、常に連合国(特にイギリス、フランス)の監視下にあり、ロシア経由は不安定すぎる。さらに、T-99一両が消費する特殊燃料は、従来の戦車の五倍です。そして、何よりもWA-P弾――タングステン合金徹甲弾の製造に必要なレアメタルの供給が、大陸属領(旧中国)でのゲリラ活動によって遅延しています!」
渡辺は、デスクを強く叩いた。彼が最も恐れているのは、軍が最も決定的な瞬間に、弾薬切れ、燃料切れという「血栓」によって機能不全に陥ることだった。渡辺は、ロジスティクスの専門家として、この状況が何を意味するかを骨の髄まで理解していた。戦争は、兵站によってのみ継続し、兵站の崩壊は、いかなる最新兵器も無力化することを。
「斉藤総司令官は、最低でも第2機甲師団と第4歩兵師団の戦闘継続能力を90日分要求している。現状、我々が確保できるのは…60日だ。それも、輸送船団が一度も攻撃を受けなかった場合の机上の空論だ!」
彼は、外交省大臣・藤原浩司に視線を向けた。藤原は、長年培った商社マンとしてのコネクションを駆使し、非公式の密輸ルート開拓に全力を尽くしていた。
「藤原大臣、中立国を経由する裏ルートの進捗はどうなっている?特にスイスとトルコ経由で、レアアースと燃料を調達する計画は!」
藤原(50代、元商社マン)は、落ち着き払った様子で、しかしその目に強い決意を込めて答えた。「渡辺大臣。スイスルートは、大手商社と結託した偽装取引によって、すでに稼働を始めています。しかし、トルコはEUの強い圧力により、ルートの確保が難航しています。ただ、ご安心ください。旧中国沿岸部の秘密基地に、大量のレアアースを積んだ民間船を待機させています。これらは、作戦発動直前に、潜水艦の護衛の下で、一気に太平洋へと送り出します。しかし、これは博打です」
渡辺は、重いため息をついた。
「博打…我々の戦いは、全てが博打だ。しかし、この博打に勝つためには、絶対に兵站を止められない。小林、全隊員に告げろ。睡眠時間は4時間。目標達成まで、この兵站省が、T-99の血流となるのだ!」
渡辺は、自らもコーヒーを一気に飲み干し、再びホログラムスクリーンに映し出された地獄のような輸送ラインの最適化へと身を投じた。




