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ある日私は、革命家という名のテロリストになった。  作者: 水鳥川倫理
第2章、腐敗の黄昏と冷徹なる日の出

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第80話、腐敗の黄昏と冷徹なる日の出

西日本政府軍の降伏は、電撃的ではなかった。それは、一国の命脈が断たれるにしては、あまりにも静謐で、あまりにも確実な終結であった。それは、巨大な鉄骨造の構造物が一瞬にして崩壊するような、耳をつんざく轟音ではない。むしろ、数年、あるいは数十年間にわたり積み重ねられた砂の城が、最後にその土台の砂一粒を決定的に失い、ゆっくりと、しかし容赦なく、重力に引かれて沈降していく静かなる破滅であった。この深く、重い静けさこそが、半年間に及んだ内戦の恐ろしさの終着点を示していた。


6月某日、午前11時。湿気を帯びた初夏の太陽が、旧大阪城の天守閣前広場に降り注いでいた。上空には、僅かな湿り気を感じさせる薄雲が漂っている。


かつて豊臣の威光を誇り、近代においても西日本の象徴であったこの場所は、内戦で二度、地獄を見た。一度は米軍の飽和爆撃により、そして二度目は神聖日本帝国軍の緻密かつ猛烈な砲火により。この歴史的な空間は今、巨大な、石の墓標のように沈黙していた。戦闘の爪痕である黒焦げの瓦礫や血痕は、数日がかりで念入りに払いのけられたが、固められた土壌からは、消えぬ火薬の微粒子と、古い石の塵、そして死が呼び起こす微かな錆の匂いが混ざり合い、重い空気として立ち上っていた。


広場の厳密な中心には、戦いの終結と新たな支配を告げる、神聖日本帝国の軍旗が掲げられていた。旗の鮮血のような赤と、曇り一つない純粋な白の旭日が、強い陽光を浴びて激しく主張していた。乾いた風を孕んだ軍旗は、時に重々しい帆布の摩擦音を立てる。その音は、勝利者の厳かな凱歌であると同時に、敗北者の存在を否定する、容赦のない墓碑銘のように響いた。


神聖日本帝国の最高指導者、神月 唯華は、その軍旗を背景に、磨き上げられた漆黒の長テーブルのこちら側、勝利者の領域に立っていた。彼女が着用する濃紺の軍服は、都内の熟練の職人による最高級の仕立てであり、装飾は、その絶対的な権威を示す最小限の銀線に厳しく抑えられていた。その完璧な仕立ては、唯華の細身の輪郭を捉え、彼女が通常は東京の自宅からクアトロモニターを通じて指揮を執るという、目に見えない絶対的な権力を、物理的な威圧感として際立たせていた。彼女の表情は、数カ月にも及ぶ大規模な戦争を終わらせた人物のものとしては、異常なほど平静で、むしろ一切の感情を排した無感動であった。


唯華の隣、半歩後ろには、副官にして事実上の総責任者である佐藤 美咲が控えていた。美咲の瞳は、まるで最新鋭の高度な解析AIが組み込まれているかのように、瞬き一つせずに広場の全てを捕捉し続けていた。広場に集まる数百名の帝国兵士たちの微かな顔の硬直、最高指揮官の脈拍の乱れを示す頸部の血管の動き、風速の急な変化、遠く、視界の及ばぬ場所に待機する武装ヘリコプターの、腹の底に響くような微かなエンジン音の周期。その全てが彼女の網膜を通過し、唯華の意図を汲むためのデータとして即座に処理されていた。美咲の徹底した機械的な冷静さが、唯華の持つ一切の熱を持たない絶対的な冷たさを、さらに鋭利なものにしていた。


その背後には、総司令官の斉藤 隆一を筆頭に、師団長、情報省、技術省の幹部たちが、文字通りの「鉄壁」として、呼吸すら制御された完璧な規律で整列していた。彼らの軍服は、戦いの終結を意味する清潔さであったが、顔には半年間の凄惨な内戦を勝ち抜いた者の深い疲労の色が、影となって残っていた。しかし、それはもはや弱さではなく、元特殊部隊教官としての経歴を持つ斉藤隆一が率いた部隊の、強靭な肉体に刻まれた栄誉ある勝利の証であった。第1機甲師団長の吉田悟、技術省大臣の吉岡健太郎ら専門家集団の視線は一点の曇りもなく、新たな時代の始まりを確信する、氷のような静かな威厳へと完全に昇華されていた。


斉藤隆一は、実践的な戦闘経験に裏打ちされた硬く引き結んだ口元を動かすことなく、唯華の背後から広場全体を、そしてテーブルの反対側を冷酷に見渡していた。彼の視線の先にあるのは、彼らが自らの手で緻密に打ち砕き、今、その残骸を前に立たせている敗北者たちであった。


長テーブルの反対側に、光の当たらない領域に立つのは、旧西日本政府軍の最高指揮官を含む5名の幹部たち。彼らの軍服は、土埃と、半年間に及ぶ絶望的な籠城と戦闘の汗、そして隠しきれない敗北と恐れの臭いにまみれていた。その制服に深くよじれたシワは、彼らが背負った重い敗北の歴史、崩壊した数々の防衛線、そして失われた数万の兵士たちの命を物語っていた。


彼らの目には、もはや未来への光は微塵もなく、過去の判断ミスと、体制の腐敗による重い悔恨だけが宿っていた。そして、その感情の奥底には、これから待ち受けるであろう神聖日本帝国による「浄化」という名の運命への、深く、底の見えない物理的な恐怖だけが刻まれていた。彼らを支えていた米軍という絶対的な後ろ盾の、電撃的かつ決定的な撤退。それは、単なる軍事支援の喪失ではなく、彼らの戦意の根幹、体制の正当性、そして彼ら自身の信念すべてを崩壊させた**「裏切り」**であったのだ。彼らは、その裏切りによって、既に戦うことをやめていた。その敗北は、不可避な論理的帰結であった。


旧西日本政府軍の最高指揮官、白髪の将軍は、極度に乾燥した唇を震わせ、苦痛に歪んだ顔を上げた。


「私たちは…敗北を、認めます。これ以上は、戦うことは…できません…米軍の、あの…決定的な、裏切り。あれが、全てを、終焉へと導いたのです…」


将軍の声は、かすれて、まるで病人の最後の吐息のように弱々しかった。その声は広場の静寂の中に吸い込まれ、遠くの天守閣の残骸にぶつかって、か細い、聞き取れないエコーとなって消えた。それは、腐敗し尽くした体制が、最後に辛うじて絞り出した、最後の断末魔のようであった。


唯華は、この微かな嘆きに対して、何の感情も、慈悲も示さなかった。彼女の瞳は、敗北者たちの顔を焦点距離を変えることなく一瞥し、そして彼らの奥にある、広大で、今や神聖日本帝国の領土となった瓦礫と化した西日本の土地の未来を冷徹に見据えていた。


「あなたの降伏を受け入れる。これで、この戦争は、終わった」


唯華の声は、マイクを通さずとも、その発音の正確さと、絶対的な威圧感をもって広場全体に響き渡った。それは、訓練された人間の声というよりは、金属が研磨されたような冷たさと、聞く者の抵抗を許さない絶対的な権威を帯びていた。


「貴官らの抵抗は、この国を無駄に疲弊させただけだ。しかし、貴官らの降伏は、これ以上の流血を止める、唯一の理性の行動である」


美咲が、黒い上質なレザーのケースから、折り目一つない降伏文書を、まるで儀式を行うかのような滑るような動作で静かにテーブルに広げた。紙は不気味なほどに白く、その上のインクは、この場に流れることを免れた血の代わりに、全ての歴史と運命を記録する。


「署名せよ。これをもって、旧西日本政府軍の全権は、神聖日本帝国に委ねられる。貴官らの、全ての戦争行為は、今、ここに終了する」


最高指揮官は、美咲が差し出した銀色のペンを、まるで熱した鉄を扱うかのように、制御できないほど震える指先で握りしめた。彼は、自分の名前を署名するこの数秒間、自分が半年間にわたる内戦の終結、そして自らの人生と、旧体制の終焉という、二重の、桁外れの重圧を背負っていることを、皮膚の裏側から理解した。


広場全体が、息を止めていた。響くのは、乾いた風と、そして、ペン先のフェルトが紙の繊維に触れ、インクがゆっくりと吸い込まれていく、微かな音だけであった。その音は、まるで時の針が、歴史の決定的な瞬間に一歩進む、重々しい時計の音のようだった。


署名が完了し、最高指揮官がペンをテーブルに置いた瞬間、彼の顔から、すべての筋肉の緊張、すべての思考、すべての魂が、一気に、そして決定的に抜けた。それは、半年間にわたる内戦の、あまりにも静かで、あまりにも冷酷な終結を意味していた。


唯華の背後に立つ斉藤総司令官の口元が、わずかに、しかし冷酷な勝利の弧を描いて吊り上がった。元特殊部隊教官としての彼にとって、勝利とは、かくも静かで、かくも確実な、鉄の意志の結果であった。

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