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ある日私は、革命家という名のテロリストになった。  作者: 水鳥川倫理
絶望と動乱と混沌と。

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第65話、絶望と動乱と混沌と。20

神聖日本帝国の建国から半年が過ぎようとしていた。最高指導者・神月唯華は、その重責を担いながらも、私立紫電高校の生徒としての日々を過ごしていた。しかし、その「普通の高校生」としての時間は、やがて終わりを告げることになる。



高校一年生の秋、11月。私立紫電高校の教室は、午後の柔らかな日差しに包まれていた。現代文の授業は、夏目漱石の『こころ』。教師が淡々と解説を進める中、神月唯華は、その端正な顔立ちに真剣な眼差しを湛え、教科書に目を落としていた。彼女の隣の席では、鈴鹿裕樹が、時折、唯華の横顔を盗み見ながら、その圧倒的な存在感に畏敬の念を抱いていた。


放課後、教室に残っていたのは、いつものように唯華と、彼女の親友である佐藤美咲、鈴木花音、田中里奈の三人だった。美咲は、ショートカットの髪を揺らし、明るい笑顔で唯華に話しかけた。


「唯華、今日の漱石、本当に難しかったねー!『先生』と『K』の関係とか、あの時代の人の考え方とか、全然ピンとこなかったよー」


美咲は、学校では唯華の最も身近な友人として、その心の支えとなっていた。しかし、その裏では、唯華の副官として、彼女の多忙なスケジュールを管理し、健康状態を常に気遣うという、もう一つの顔を持っていた。


おっとりとした雰囲気の長身の女子、鈴木花音も、穏やかな笑みを浮かべて同意する。

「ねー、唯華はいつもすらすら理解してるのに、どうしてそんなにできるの?私なんて、あの時代の言葉遣いからして、もうお手上げだよー。なんか、ドロドロしてて、読んでて疲れちゃった」


お洒落で流行に敏感な田中里奈は、ファッション雑誌を片手に、少し眉をひそめて言った。

「私もー。もっとこう、キラキラした恋愛小説とかがいいなー。唯華って、ああいう難しい本も、なんでそんなに面白そうに読めるの?」


唯華は、そんな友人たちの素直な感想に、優しく微笑んだ。最高指導者としての冷徹な表情とは異なり、年相応の少女のあどけなさを感じさせるその笑顔は、友人たちにとって何よりも心を和ませるものだった。


「ふふ、みんな、漱石の作品は確かに少し重たいテーマを扱っているけれど、その中にこそ、人間の本質や、時代を超えた普遍的な感情が描かれているんだよ」


唯華はそう言って、教卓の前に立ち、ホワイトボードにペンを走らせた。彼女の背後には、夕焼けに染まる窓から差し込む光が、まるで後光のように輝いている。


「例えば、『こころ』に出てくる『先生』は、友情と裏切り、そして罪悪感に苛まれる人物だ。彼は親友であるKを裏切り、その結果、Kは自死を選んでしまう。この物語は、人間の心の中に潜むエゴイズムや、社会的なしがらみの中で揺れ動く感情を、非常に繊細に描いているんだ」


唯華の言葉は、まるで物語の登場人物が目の前にいるかのように、生き生きとしていた。彼女は、複雑な人間関係や登場人物の心理を、分かりやすい言葉で丁寧に紐解いていく。


「Kが自死を選んだのは、単に失恋だけが原因じゃない。彼は『精神的に向上心のない者は馬鹿だ』と自分に厳しく言い聞かせながらも、友情と恋の間で揺れ動き、自己の理想と現実のギャップに苦しんだ。そして、最終的には『先生』の裏切りによって、その精神的な支えが崩れてしまったんだ」


唯華は、ホワイトボードに登場人物の関係図を書き込みながら、それぞれの心情を解説した。彼女の説明は、教師よりも遥かに深く、そして生徒たちの心に直接響くものだった。


「漱石は、この作品を通して、明治という近代化の波の中で、個人がどのように生きるべきか、人間の倫理観や道徳観がどのように変化していくのかを問いかけているんだ。そして、友情や愛情といった普遍的な感情が、いかに脆く、そして尊いものであるかを教えてくれている」


唯華の解説が終わると、教室は静寂に包まれた。友人たちは、唯華の言葉に深く感銘を受け、先ほどまで難解に思えた物語が、まるで目の前で繰り広げられているかのように感じられた。


「すごい……唯華、なんか、小説の登場人物の気持ちが、すごくよくわかった気がする……!」と、美咲が目を輝かせた。


花音も、大きく頷いた。「ねー、唯華の説明、すごくわかりやすかった!私、もう一回『こころ』読んでみる!」


里奈も、珍しくファッション雑誌を忘れ、唯華を真剣な眼差しで見つめていた。「唯華って、本当に何でも知ってるんだね……なんか、唯華の話を聞いてると、文学って面白いんだなって思えてきた」


唯華は、友人たちの反応に満足げな笑みを浮かべた。彼女にとって、友人たちとのこのような時間は、最高指導者としての重圧から解放される唯一のひとときだった。彼女たちは、唯華が最高指導者であるという事実を理解しつつも、彼女を一人の友人として接してくれた。そのことが、唯華の心を支えていた。


その間も、唯華の隣の席には、鈴鹿裕樹が静かに座っていた。彼は、唯華の解説に耳を傾けながら、その知性と、時折見せる人間的な温かさに、改めて畏敬の念を抱いていた。しかし、彼と唯華の間には、依然として微妙な距離感があった。裕樹は、唯華の圧倒的なオーラに近づくことを躊躇しつつも、かつての親友を理解したいという切ない思いを抱いていた。彼は、唯華が放つ光に、ただ見とれることしかできなかった。

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