第62話、絶望と動乱と混沌と。17
神聖日本帝国建国から三ヶ月後、東日本の社会は、唯華の掲げる「浄化」の理念のもと、急速に変貌を遂げていた。旧体制の残滓は徹底的に排除され、新たな法と秩序が隅々まで浸透し始めていた。国民の意識もまた、プロパガンダと日々の生活の変化によって、大きく変容していた。街には神聖日本帝国の国旗が翻り、ラジオからは愛国的な歌が常に流れる。かつての混乱は収まり、表面上は平穏な日々が続いていた。
しかし、その平穏の裏では、来るべき「浄化」の第二段階、すなわち西日本政府との全面対決に向けた準備が、着々と進められていた。旧首相官邸、今や最高指導者邸となったその奥深く、唯華の執務室では、巨大な一枚のモニターが煌々と光を放ち、日本の地図が映し出されていた。唯華は、そのモニターを見つめながら、静かに、しかし確固たる決意を胸に、新たな戦略を練っていた。
神聖日本帝国が国内統治を固める一方で、西日本政府は、その存在を「非合法な独裁政権」と断じ、国際社会に協力を求め続けていた。特にアメリカとの連携を強化し、軍事的な圧力を高めようとしていた。
「唯華様、西日本政府からの工作活動が活発化しています。先週、横浜港に停泊中の輸送船に爆破未遂事件が発生しました。幸い、被害は軽微でしたが、犯行グループは旧自衛隊の残党と判明しました。また、情報省のネットワークへのサイバー攻撃も頻繁に行われています。西日本政府の支援を受けたハッカー集団によるものと思われます。」
美咲の声が、唯華の執務室に響いた。彼女は、唯華の隣に立ち、タブレット端末に表示された報告書を読み上げていた。唯華は、モニターに映し出された地図上の横浜港の表示を睨みつけた。
「ふん、小賢しい真似を。西日本政府も、追い詰められて焦っているんだろう。美咲、情報省に指示して、徹底的に洗い出して。彼らがどんな手を使ってくるか、全て把握する必要がある。そして、その何倍もの『お返し』をしてあげる番だ。」
唯華の瞳に、冷たい光が宿る。彼女の言葉は、普段の親しみやすい口調とは裏腹に、最高指導者としての容赦ない決意を示していた。
数日後、神聖日本帝国情報省は、西日本政府の工作活動に対する報復措置を開始した。まず、西日本政府の中枢である大阪府庁への大規模なサイバー攻撃が敢行された。庁舎内のネットワークは完全に麻痺し、行政機能は一時的に停止に追い込まれた。大阪の街は、行政サービス停止による混乱に陥り、西日本政府への不満が噴出した。
「唯華様、大阪府庁へのサイバー攻撃は成功しました。西日本政府の行政システムは完全に停止し、復旧には数週間かかると見られています。また、彼らの情報網にも甚大な被害を与えました。」
情報省大臣の山田剛が、唯華にオンラインで報告した。唯華は、満足げに頷いた。
「よくやった、山田。これで、彼らも少しは反省するだろう。次は、彼らの『要』を狙う番だ。美咲、例の計画を進めて。」
唯華の指示を受け、美咲は即座に情報省の特殊工作部隊に指令を出した。その夜、西日本政府の主要閣僚の一人である、防衛大臣の自宅が爆破された。爆破は精密に計算されており、大臣は辛うじて命拾いしたものの、自宅は半壊し、彼の政治生命は事実上絶たれた。さらに、西日本政府の経済界の重鎮たちが集まる秘密会合の場に、神聖日本帝国の工作員が潜入し、会合を混乱に陥れた。会合は中止に追い込まれ、西日本経済に大きな動揺を与えた。
西日本政府は、これらの報復措置に激しく反発したが、神聖日本帝国の情報網と実行部隊の精緻さに、なす術がなかった。彼らは、神聖日本帝国の真の恐ろしさを、身をもって知ることになったのだ。
西日本政府がアメリカとの軍事同盟を強化し、最新鋭の兵器を次々と導入しているという情報が、情報省からもたらされた。唯華は、その報告を受けると、直ちに軍事力増強の指示を出した。
「西日本政府がアメリカと組んで軍備を増強しているのは想定内だ。だが、我々も手をこまねいているわけにはいかない。斉藤総司令官、田中副総司令官、そして各師団長、今すぐ私の執務室に集まって。」
唯華の声が、専用回線を通じて総司令部に響き渡った。数分後、唯華の執務室の巨大モニターには、斉藤隆一総司令官、田中慎吾副総司令官、そして吉田悟、青木健太、村田隆司、山田宏の各機甲師団長が映し出された。彼らは、皆、画面越しに唯華に敬礼した。
「唯華様、お呼びでしょうか。」斉藤総司令官が、厳粛な面持ちで尋ねた。
「ああ、斉藤総司令官。西日本政府の動きは把握しているね。我々も、来るべき『浄化』の最終段階に向けて、軍備をさらに強化する必要がある。兵員を数百万人に増強し、それに伴う武器、兵器の調達を急いでほしい。海外の同志たちには、既に連絡済みだ。彼らが全力で支援してくれるだろう。」
唯華は、モニターに映し出された日本の地図を指差しながら、具体的な指示を出し始めた。
「戦車3万両、戦闘車両5万両、ヘリ2万機、戦闘機5万機、爆撃機1万機。その他、銃火器100万丁。これらを最優先で調達する。そして、上陸艇1000隻、駆逐艦、軍艦、空母などの艦船を合計300隻、急ピッチで建造を進めてほしい。造船所の稼働率は最大に引き上げろ。足りない物資は、海外の同志が輸送してくれる。彼らが命がけで運んでくれるんだ。無駄にするなよ。」
唯華の言葉に、幹部たちの顔に緊張が走る。これまでの軍事力増強も驚異的なスピードだったが、唯華の提示した数字は、まさに桁違いだった。
「唯華様、これほどの規模の兵器を短期間で調達、建造するのは、極めて困難です。特に、艦船の建造には膨大な時間と資材を要します。」吉田師団長が、懸念を表明した。
「分かっている。だからこそ、鹵獲作戦も並行して進める。西日本政府や米軍の装備を、可能な限り奪い取るんだ。斉藤総司令官、田中副総司令官、鹵獲部隊を編成し、具体的な作戦を練ってくれ。彼らの最新鋭兵器は、我々のものとなる。」
唯華の言葉に、斉藤総司令官の目が光った。
「承知いたしました、唯華様。鹵獲作戦、必ずや成功させてみせます。」
「そして、徴兵された新兵たちの訓練状況はどうなっている?」唯華は、モニターを切り替え、訓練場のライブ映像を映し出した。そこには、泥と汗にまみれながら、厳しい訓練に励む若者たちの姿があった。
「唯華様、新兵たちの訓練は順調に進んでいます。彼らは唯華様の理念に深く共鳴し、士気は極めて高いです。体力面、精神面ともに、着実に成長しています。」斉藤総司令官が報告した。
「そうか。だが、次の作戦は、これまでの比ではない。彼らがただの兵士ではなく、真に『帝国の臣民』として戦えるよう、精神的な鍛錬も怠るな。教官たちには、私の意図をしっかり伝えてほしい。彼らが命をかけて戦う意味を、深く理解させるんだ。」
唯華は、訓練映像を凝視しながら、教官たちへの指示を細かく伝えた。彼女は、兵士一人ひとりの成長を、まるで自分のことのように案じていた。
「斉藤総司令官、訓練内容について、いくつか提案がある。特に、都市部でのゲリラ戦や、情報戦に特化した訓練を強化してほしい。西日本での戦闘は、これまでの想定とは異なる局面を迎えるだろうからね。仮想敵との戦闘シミュレーションも、より実践的なものに改良しろ。そして、兵士たちには、常に『唯華様のために』『帝国の栄光のために』というスローガンを胸に刻ませるんだ。それが、彼らの最大の武器となる。」
唯華の言葉は、教官たちにも直接伝えられ、訓練はさらに苛烈さを増した。兵士たちは、来るべき戦いに備え、心身ともに極限まで鍛え上げられていった。




