第60話、絶望と動乱と混沌と。15
唯華の回復後、神聖日本帝国は、その統治の基盤となる法と憲法の制定に本格的に着手した。その中心となったのは、唯華が掲げた「8の盟約」と「12の盟約」だった。これらは、旧体制の腐敗を徹底的に排除し、国民のための清廉な国家を築くという唯華の強い意志を反映したものだった。
総務省大臣の佐々木賢治は、法務省の専門家たちを指揮し、新憲法の草案作成を進めた。旧日本国憲法を参考にしつつも、その根幹には「国民の奉仕者としての政府」「利権の排除」「公正な法の執行」といった唯華の思想が色濃く反映された。特に、「利権の徹底排除」は、憲法に明記され、政治家や官僚による不正行為には厳罰が課せられることが定められた。不正に得た財産は全て没収され、その家族も連帯責任を負うことが明記された。この条項は、旧体制の腐敗を根絶するための最も強力な武器となった。
また、旧日本政府が使用していた官庁や公的機関の建物は、そのまま神聖日本帝国の行政機関として再利用された。これにより、新たな国家の設立に伴う混乱を最小限に抑え、効率的な統治体制の移行が図られた。
新憲法は、以下の主要な原則に基づいていた。
最高指導者制の導入: 神月唯華を神聖日本帝国の最高指導者とし、その意志が国家運営の最高規範となる。ただし、最高指導者は国民の幸福と帝国の繁栄のために尽力する義務を負う。最高指導者の権限は絶対であり、その決定に異議を唱えることは許されない。この条項は、唯華のカリスマ性と指導力を最大限に活かすためのものだった。
国民の義務と権利: 国民には国防の義務(徴兵制)、納税の義務、教育を受ける義務、そして帝国への奉仕の義務などが課せられる一方で、清廉な政治の下での自由な言論(ただし、帝国を誹謗中傷する言論は厳しく取り締まられる)、公正な裁判を受ける権利、教育を受ける権利、そして健康で文化的な最低限度の生活を営む権利などが保障される。言論の自由は、帝国の発展に寄与する建設的な批判に限定され、反体制的な言動は厳しく監視された。
三権分立の再構築: 行政、立法、司法の三権は独立しつつも、最高指導者の指揮の下に置かれる。特に、司法は旧体制の癒着を排除し、真に公正な審判を下すことを目的とする。裁判官は、最高指導者の任命を受け、その職務を全うする。旧体制の裁判官は、厳格な審査を受け、唯華の理念に賛同する者のみが職務を継続できた。
利権の徹底排除: 政治家、官僚、企業間の不正な癒着を根絶し、国民の血税が正しく使われることを保障する。不正に関与した者には、財産の没収、強制労働、または死刑を含む厳罰が課せられる。不正を告発した者には報奨が与えられ、内部告発制度が強化された。情報省には、不正告発のためのホットラインが設置され、多くの情報が寄せられた。
国民のための経済: 国民の生活水準向上を最優先とし、貧富の差の是正、公正な分配を目的とした経済政策を推進する。主要産業は国家の管理下に置かれ、国民の生活に必要な物資は優先的に供給される。投機的な金融取引は厳しく制限され、国民の生活に直結する産業が保護された。
清廉な教育: 偏向のない、真に国民の未来を担う人材を育成するための教育制度を確立する。愛国心、規律、奉仕の精神、そして帝国の理念が教育の根幹となり、旧体制の思想を排除する。教育省は、新たな教科書を作成し、唯華の功績と帝国の正当性を強調した。
新憲法の制定と並行して、具体的な法律の整備も急ピッチで進められた。特に、汚職撲滅法は、政治家や官僚の財産公開を義務付け、不正蓄財を厳しく取り締まる内容だった。違反者には、即座に逮捕、裁判、そして厳罰が科せられた。情報公開法は、政府のあらゆる情報を国民に公開することを原則とし、透明性の高い政治を目指した。ただし、国家機密に関わる情報は例外とされた。教育基本法は、唯華の教育理念に基づき、国民の精神的、肉体的鍛錬を重視する内容だった。学校のカリキュラムは大幅に変更され、歴史教育では旧体制の負の側面が強調され、神聖日本帝国の正当性が教え込まれた。経済再建法は、農業の集団化、クリーンエネルギーへの大規模投資、そして主要産業の国有化を推進した。これにより、国民は食料とエネルギーの安定供給を享受できるようになった。
これらの法と憲法は、国民啓発省によって、分かりやすい言葉で国民に説明された。各地で大規模な説明会が開催され、テレビやインターネットでは、唯華自身が新体制の理念を語る映像が繰り返し流された。国民啓発省は、新憲法の内容を漫画やアニメーションで分かりやすく解説し、子供たちにも帝国の理念が浸透するように努めた。国民は、旧体制の曖昧な法律や腐敗した政治にうんざりしていたため、明確な規範と公正な法の執行を約束する新体制に、徐々に信頼を寄せていった。街頭には、新憲法の条文が書かれたポスターが貼られ、国民はそれを熱心に読み込んだ。
神聖日本帝国の誕生は、東日本の社会構造と国民生活に大きな変化をもたらした。まず、経済の再建が最優先課題とされた。旧体制下で利権にまみれていた大企業は、情報省の徹底的な調査を受け、不正が発覚した企業は管理下に置かれるか、解体された。その代わりに、国民啓発省が主導する形で、新たな産業の育成と中小企業の支援が強化された。特に、食料自給率の向上を目指した農業改革と、最新技術を応用したクリーンエネルギー産業への投資が積極的に行われた。
「国民が飢えることのない国。それが、帝国の経済の根幹だ。」
唯華の言葉は、経済省大臣の石田健吾を突き動かした。彼は、旧体制の経済学者たちを排除し、国民の生活に直結する実用的な経済政策を次々と打ち出した。これにより、一時的に混乱はあったものの、次第に経済は安定を取り戻し、国民の生活は改善の兆しを見せ始めた。物価は安定し、失業率は低下した。特に、地方の過疎化問題は、農業改革と新たな産業の誘致によって、劇的に改善された。国民は、旧体制では感じられなかった「未来への希望」を実感し始めていた。
教育制度も大きく改革された。旧体制の画一的な教育は廃止され、唯華の掲げる「国民の精神的、肉体的鍛錬」を重視する教育が導入された。学校では、愛国心、規律、奉仕の精神が徹底的に教え込まれ、身体能力の向上を目的とした訓練もカリキュラムに組み込まれた。毎朝、全校生徒が校庭に集まり、帝国の国歌を斉唱し、唯華の肖像画に敬礼することが義務付けられた。また、旧体制の教育者で、唯華の理念に賛同しない者は、再教育を受けるか、教職を追われた。これにより、教育現場は一新され、新たな世代の育成が始まった。子供たちは、帝国の未来を担う「臣民」として、誇りを持って学んだ。
国民の意識は、プロパガンダと日々の生活の変化によって、大きく変容していった。旧体制への不信感と、唯華への期待が入り混じり、多くの人々が新たな国家建設に積極的に参加するようになった。各地で「帝国奉仕隊」が結成され、インフラ整備や社会貢献活動に勤しんだ。彼らは、自らの手で国を築き上げているという実感を得ていた。国民啓発省は、国民の連帯感を高めるためのイベントを企画し、新たな国歌や国旗が国民の間に浸透していった。街頭では、帝国のスローガンが書かれた横断幕が掲げられ、ラジオからは愛国的な歌が常に流れていた。
一方で、東西日本の間には、目に見えない壁が存在した。国境線は厳重に警備され、人や物の往来は厳しく制限された。西日本政府は、神聖日本帝国を「テロリスト国家」と非難し続け、国際社会に協力を求めた。西日本のメディアは、連日、東日本の「独裁政権」の危険性を報じ、国民に警戒を呼びかけた。しかし、神聖日本帝国の国内統治が安定し、国民生活が改善されるにつれて、国際社会もその存在を無視できなくなっていった。東西間の貿易は細々と続けられたが、政治的な対立は依然として根深く、日本の分断は固定化されつつあった。国境を越えて親族と連絡を取ることも困難になり、多くの家族が分断されたままだった。




