第55話、絶望と動乱と混沌と。10
画面が切り替わり、唯華の顔が全世界に向けて映し出された。彼女の背後には、青と白を基調とした「神聖日本帝国」の国旗が堂々と掲げられている。日章旗の赤丸はそのままに、背景が青と白のストライプに変わったその旗は、新旧の融合、そして新たな秩序の到来を象徴していた。唯華の表情は、冷徹でありながら、その瞳の奥には、確固たる信念が宿っていた。彼女の漆黒の軍服は血で汚れていたが、その姿はむしろ、彼女の覚悟と犠牲を物語るかのようだった。
「帝国臣民に告げる。私たちは、新日本解放戦線、改めて神聖日本帝国軍である。この度、東京にある官庁を全て占拠することに成功した。これにより、我が帝国の領土は東日本全域を確保することになった。これは、国民の長年の苦しみと、旧体制の腐敗に対する、我々の断固たる回答である。」
唯華の声は、静かでありながら、画面を通して世界中に響き渡る。彼女はカメラのレンズを真っ直ぐに見つめ、一瞬の沈黙の後、言葉を続けた。その声には、腹部の痛みを感じさせないほどの、揺るぎない力が込められていた。
「見ての通り、この旧体制の象徴である者たちは、今、我々の前にいる。彼らは国民の苦しみに目を向けず、利権と不正にまみれた腐敗した政治を行ってきた。彼らは、国民の血税を食い物にし、自らの保身と贅沢のためにこの国を蝕んできた。その結果、この国は停滞し、国民は絶望の淵に立たされた。だが、その時代は終わった。彼らの支配は、今、ここに終焉を迎える。」
唯華は、カメラをゆっくりとパンさせ、拘束された首相たちの姿を映し出した。彼らの顔は恐怖と絶望に歪み、その姿は世界の目に焼き付けられた。中には、羞恥心から顔を背ける者もいたが、彼らの拘束された姿は、新日本解放戦線の勝利を雄弁に物語っていた。首相の顔は、かつての自信を失い、ただ茫然と虚空を見つめていた。
「そこでこれより、我が帝国は東日本全域を領土とし、新たな秩序を作るべく動き出す。我々は、真に国民のための、清廉潔白な国家を築き上げることを誓う。利権も、裏金も、国民を苦しめる全ての悪を排除する。我々は、国民一人ひとりが真の自由と尊厳を享受できる、理想の国家を創造する。これこそが、我々が血と汗と涙をもって築き上げる、新たな日本の夜明けである。」
彼女の言葉には、揺るぎない確信が込められていた。唯華の瞳には、冷徹な光の中に、微かな希望の輝きが宿っていた。
「これより、新たな日本の歴史が始まる。全ての帝国臣民よ、我々とともに、新たな夜明けを迎えよう!我々の使命は、この国を『浄化』し、真の平和と繁栄をもたらすことにある。我々は、そのために一切の犠牲を厭わない。国民の皆様の理解と協力を求める!神聖日本帝国に、栄光あれ!」
唯華は、そう言い放ち、山田に視線を送った。山田は即座に配信を終了した。画面が暗転し、世界中の視聴者は、その衝撃的な映像と言葉に呆然と立ち尽くした。YouTubeのコメント欄は、瞬く間に数百万件のコメントで埋め尽くされた。
YouTubeコメント欄(一部抜粋):
「マジかよ…日本が…」
「神月唯華ってあの優等生の子だろ!?信じられない…」
「首相が猿轡つけられてる…これが現実か?」
「よくやった!今の腐った政治家は全員いらない!」
「テロリストに国を乗っ取られるなんて…」
「東日本が帝国って…西日本はどうなるんだ?」
「これが『浄化』か…恐ろしいけど、何か期待してしまう」
「日本、終わったな」
「いや、これから始まるんだよ!」
「この子、本当に高校生なのか?尋常じゃない…」
「血吐いてたぞ…大丈夫なのか?」
配信が終了すると、唯華は拘束されている首相たちに歩み寄った。会議室の空気は、先ほどの緊張感から一転、重苦しい沈黙に包まれていた。唯華は、腹部の痛みに耐えながらも、一歩一歩、首相に近づいていく。彼女の足元には、先ほど吐き出した血の跡が残っていた。
「さて、首相。話し合いをしましょうか。あなた方には、選択の余地はありません。この状況で、抵抗は無意味だと理解しているはずです。」
首相は、震える声で答えた。「一体、何を望んでいるんだ……。これ以上、国民を苦しめるつもりか……。我々が、何をしたというのだ……」
唯華は、冷たい目で首相を見下ろした。「あなた方は、国民を苦しめてきた張本人だ。利権にまみれ、不正を隠蔽し、私腹を肥やしてきた。国民の血税を食い物にし、この国を停滞させてきた。その罪は、万死に値する。」
首相は、何も言い返すことができなかった。彼の脳裏には、これまでの不正の数々が走馬灯のように駆け巡っていた。
「簡単なことです。あなた方は、我々が制圧した新潟県、長野県、山梨県、静岡県の全土と、関東(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県)、東北(青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県)、北海道の全域を、神聖日本帝国の領土として正式に認め、軍の配置についても協議する。その代わり、国民の人権の保障、言論の自由、そして公正な法の執行を条件として付け加えましょう。もちろん、旧体制の不正を徹底的に排除し、清廉潔白な国家運営を約束していただきます。これは、国民のための、そして日本の未来のための、避けられないプロセスです。これ以上の流血を望まないのなら、我々の要求を呑むしかない。」
唯華の言葉は、まるで冷徹な条約交渉のようだった。首相は、まさかこのような形で日本が分断されることになるとは夢にも思っていなかっただろう。しかし、すでに軍事力は圧倒的に新日本解放戦線が優位に立っている。抵抗すれば、さらなる犠牲者が出ることは明白だった。
「そんな……日本が、二つに分かれるなど……歴史上、例がない……。国際社会が、これを認めるはずがない!」
防衛大臣が、絶望的な声で呟いた。彼の顔には、脂汗が滲み出ていた。
「例がないからこそ、新たな歴史が始まるのです。あなた方に、この国の未来を委ねることはできません。国民は、あなた方の腐敗した政治にうんざりしている。我々は、その国民の声を代弁しているに過ぎない。国際社会が認めなくとも、我々は既成事実を作る。それが、この電撃戦の目的だ。」
唯華は、血の滲む口元を拭いながら、冷たく言い放った。彼女の腹部の痛みは限界に達していたが、その表情には一切の揺らぎがなかった。美咲は、唯華の顔色を心配そうに見つめながらも、唯華の言葉を正確に記録し続けた。彼女の心の中では、唯華の痛々しい姿と、その裏にある強大な意志が複雑に絡み合っていた。
数時間に及ぶ協議が始まった。唯華は、腹部の痛みに時折顔を歪ませ、青ざめた顔でごぼっと血を吐き出しながらも、一言一句妥協することなく交渉を進めた。その度に、美咲は唯華の背中をさすり、心配そうに顔を覗き込んだ。「唯華様、少し休憩を……」と懇願する美咲に、唯華は「構うな」と首を振り、交渉を続けた。首相たちは、唯華の鬼気迫る姿に、さらに恐怖を覚えた。
「我々が制圧した地域における全ての行政権、立法権、司法権は、神聖日本帝国が掌握する。日本国政府は、西日本における統治権のみを保持する。国連における日本の代表権は、両国が協議の上、共同で保持するものとする。また、経済活動においては、相互不可侵条約を締結し、自由な貿易を保障する。ただし、旧体制の不正に関与した企業は、神聖日本帝国の管理下に置かれる。」
唯華は、具体的な条項を次々と提示した。首相は、そのあまりの要求の多さに、何度も交渉を打ち切ろうとしたが、唯華の冷徹な眼差しと、背後に控える武装兵士たちの威圧感に、結局は押し切られた。彼らは、もはや自らの命と、残された日本の存続のために、唯華の要求を呑むしかなかった。
最終的に、首相は唯華の要求を呑むしかなかった。日本は、東日本を神聖日本帝国、西日本を日本国政府が統治する、事実上の二つの国家に分断されることになった。この歴史的な合意は、世界の常識を覆すものだった。
合意書が作成され、首相は震える手で署名した。彼の顔には、深い絶望と、国民への裏切りを犯した罪悪感が刻まれていた。唯華もまた、血の滲む手で署名した。その瞬間、日本の歴史は大きく転換した。新たな時代が、血と痛みを伴って幕を開けたのだ。




