第53話、絶望と動乱と混沌と。8
占領地の掌握が完了したと同時に、情報省の山田剛が全てのテレビ局、ラジオ局、インターネット上の配信サイト、そしてあらゆるオンラインツールをハッキングした。そして、事前に綿密に練り上げられた声明文が、日本中に向けて一斉に発信された。
テレビの画面は一斉に砂嵐となり、突然、唯華の姿が映し出された。彼女の背後には、青と白を基調とした「神聖日本帝国」の国旗が掲げられている。唯華の表情は、冷徹でありながら、その瞳の奥には、確固たる信念が宿っていた。
「私たちは、新日本解放戦線である。国民の皆さんは噂で聞いたことがあると思う。そう、松原先生や氷雨瑠衣を暗殺し、大山巌を『旧体制』の象徴として拉致して告白させたのは紛れもない新日本解放戦線の作戦である。そして、その新日本解放戦線は、たった今、東北地方全域、北海道、長野県、新潟県、山梨県の全土と、静岡県、千葉県の一部山岳部の掌握を完了した。この土地こそわが新日本解放戦線の最初の国土であり領地となる、そしてその国の名前は神聖日本帝国とする。そう、わが帝国は日本国政府に対し宣戦布告する。全ての民が苦しまない利権や権利、裏金の無い真の日本にするために立ち上がった。そして、いつの日か、そんな日本にするための前哨戦として占領した、、、」
唯華の声は、澄み渡るように日本中に響き渡った。
「、、、この長きにわたる腐敗と偽りの時代に終止符を打ち、真に国民のための国家を創造する。我々は、利権にまみれ、不正が蔓延る『旧体制』を徹底的に排除し、清廉潔白な統治を実現する。国民の皆様には、一時的に混乱と不便を強いることになるかもしれない。しかし、これは、来るべき明るい未来のための、避けられないプロセスであるとご理解いただきたい。我々が掲げる『神聖日本帝国』は、旧体制の負の遺産を全て清算し、国民一人ひとりが真の自由と尊厳を享受できる、理想の国家となることを約束する。これこそが、我々新日本解放戦線が、血と汗と涙をもって築き上げる、新たな日本の夜明けである。我々は、この神聖な使命を果たすため、躊躇なく進む。すべての国民よ、目を覚ませ!そして、我々とともに、新たな歴史の扉を開こう!」
宣言の最後に、国家評議会議長佐々木賢治と、総司令官斉藤隆一の名前が示された。そして、画面の下には、力強い文字でこう記されていた。
「神聖日本帝国は、8の盟約で軍を動かし、12の盟約で政治を行う」
声明文が発信された直後、東京の官庁や首相官邸では、緊急会議が開催された。
「まさか、ここまで大規模な動きとは……」
内閣官房長官が、憔悴しきった表情で呟いた。モニターには、赤く染まった日本の地図が映し出されている。
「自衛隊の抵抗は、なぜこれほどまでに脆かったのか!情報は何をしていたんだ!」
防衛大臣が、怒りを露わにした。
情報本部長は、顔面蒼白で立ち尽くす。「申し訳ありません。内通者の存在は確認しておりましたが、ここまで深く入り込まれているとは……」
首相は、テーブルに両肘をつき、深く考え込んでいた。武力で制圧しようとすれば、甚大な犠牲者が出ることは避けられないだろう。国民の命を、これ以上失うわけにはいかない。
「総理、武力による鎮圧は不可能かと。すでに多くの地域が制圧され、市民生活も混乱に陥っています。このままでは、さらなる犠牲が……」
外務大臣が、冷静な声で進言した。
10分間の沈黙が続いた後、首相は重い口を開いた。彼の顔には、苦渋の決断が刻まれている。
「……武力で国民が死ぬのなら、テロリストの要求を呑む。」
首相の言葉に、会議室にいた全員が息を呑んだ。日本政府は、新日本解放戦線の要求を、事実上受け入れることになったのだ。
東京の首相官邸で苦渋の決断が下されたその時、唯華と美咲は、いつもと変わらぬ高校生活を送っていた。唯華は教室の窓から、遠くで聞こえるヘリコプターの音に微かに耳を傾けていた。彼女の表情は穏やかで、隣の美咲と他愛ない会話を交わしている。
数学の授業中、突如として、教室の窓の外に巨大な影が差し込んだ。それは、新日本解放戦線の輸送用ヘリだった。ヘリのローター音が学校中に響き渡り、生徒たちはざわめき始めた。
「なんだ、あのヘリコプターは!?」
「まさか、テロ……!?」
教室のドアが勢いよく開き、武装した新日本解放戦線の戦闘員が数名、中に踏み込んできた。彼らは最新鋭の銃器を構え、教室中の生徒に銃口を向ける。教室は、一瞬にして静まり返った。生徒たちは恐怖に顔を歪め、中には気を失う者もいる。
戦闘員の一人が、唯華に向かって敬礼し、力強く言い放った。
「最高指導者、わが戦線は首都陥落目前です。首相は我々の要求を呑みました!」
その言葉に、教室中の生徒たちの視線が一斉に唯華に集まった。彼らの表情は、驚愕と、そして深い困惑に満ちている。唯華の隣に座っていた鈴鹿裕樹は、唯華の横顔を凝視し、震える声で尋ねた。
「神月さん!一体どういうこと……?」
授業をしていた教師も、蒼白な顔で唯華を指差し、怒鳴りつけた。
「神月さん!どういうことですか!君は危ないことをしている自覚はないのか!」
唯華は、ゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳は、これまでの温かい光を失い、冷徹な輝きを放っている。その視線は、先生、クラスメイト、親友である鈴木花音と田中里奈、そして最後に鈴鹿裕樹へと向けられた。彼女の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「皆さん、今更気づきましたか? ふふ、松原先生と氷雨瑠衣を暗殺し、大山巌を拉致して告白させた紛れもないリーダー、そう、私は新日本解放戦線の最高指導者ですよ!これからこの国を手に入れ、そして神になる人です!」
唯華の言葉は、まるで氷の刃のように、教室の空気を切り裂いた。生徒たちは恐怖に震え上がり、その場に崩れ落ちる者もいる。
「君は危ないことをしている自覚はないのか!」教師が、怒りに震えながら再び叫んだ。
唯華は、腰にしまっておいた拳銃を素早く抜き取り、先生の頭に向けて銃口を向けた。その動作は、まるで日常の一部であるかのように淀みない。
「自覚?あるわけないじゃないですか!私は最高指導者ですよ!この戦争が終わったら神になる人ですよ!そんな口の利き方でいいのですか?」
彼女の言葉は、感情の起伏を一切感じさせず、ただ冷徹に響く。そして、躊躇なく引き金を引いた。乾いた銃声が教室に響き渡り、弾丸は先生の横を通り過ぎ、黒板に深くめり込んだ。
「ひぃっ!」
「あぁ……!」
生徒たちは悲鳴を上げ、気を失う者も続出する。教室は、もはや地獄絵図と化していた。
「次はないですからね」唯華は、そう言って銃口をゆっくりと下げた。その瞳は、まるで感情を映さない鏡のようだ。
「美咲!行くぞ!」
唯華は、冷静に美咲に声をかけた。美咲は、唯華の言葉に迷いなく席を立ち、唯華の後に続いた。二人が教室のドアへと向かおうとしたその時、
「待て!」
教師が、床に転がっていたさすまたを拾い上げ、怒りの形相で唯華に向けて突進してきた。その勢いは凄まじく、唯華は避ける間もなく、腹部にさすまたの先端が深く食い込んだ。
「ぐわっ!」
唯華の口から、鮮血が噴き出した。彼女の身体は、衝撃で廊下の壁に激しく打ち付けられ、鈍い音が響き渡る。
「唯華!大丈夫ですか!」
美咲が、唯華の元へ駆け寄ろうとするが、唯華は血を吐き出しながらも、震える手でそれを制した。
「あぁ……大丈夫だ!」
唯華の瞳には、怒りと憎悪が渦巻いていた。彼女は、血で汚れた手で再び拳銃を構え、先生の頭に向けて銃口を向けた。
「この旧体制で洗脳を受けたクソ教師が!死ね!」
彼女の言葉は、怨念のように響き渡り、再び銃声が校舎に響き渡った。教師の身体は、唯華の前で音もなく崩れ落ちた。その瞳は、恐怖と困惑を映したまま、虚空を見つめている。クラスメイトたちは、血の気が引くような光景に、ただ固まるしかなかった。
唯華は、苦痛に顔を歪めながらも、美咲ともう一人の戦闘員を連れて、屋上へと向かった。屋上では、すでに輸送用ヘリが待機していた。
ヘリに乗り込むと、唯華はパイロットに指示を出した。
「国会議事堂へ向かう。兵員300人を引き連れて!」
ヘリは轟音を立てて飛び立ち、東京の中枢、国会議事堂へと向かう。夕暮れの東京の空を、一機のヘリが、まるで新たな時代の幕開けを告げるかのように、静かに飛び去っていった。




