第50話、絶望と動乱と混沌と。5
薄闇に包まれた司令室では、クアトロモニターの青白い光が唯華の横顔を不気味に照らしていた。隣に座る佐藤美咲もまた、真剣な眼差しでモニターに映し出される地図や数値を見つめている。氷雨瑠衣の死から2週間、新日本解放戦線の活動は、唯華の指揮の下、怒涛の勢いで加速していた。
「静岡、山梨、新潟、群馬、福島、栃木、茨城、千葉、埼玉、神奈川。これらの県境付近、特に人目につかない山奥の地下に、長野の地下壕に匹敵する、あるいはそれ以上の規模の軍事拠点を構築するのだ。目標は、2ヶ月以内の完成だ」
唯華の言葉が司令室に響き渡る。その声には、一切の迷いがなかった。画面越しに映る幹部たちの表情は、その途方もない計画に、緊張と期待が入り混じっていた。国家評議会議長の佐々木賢治は冷静沈着に唯華の言葉を聞き入れ、財政省大臣の大野義明は、その巨額な資金が必要となる計画に内心でため息をつきつつも、表情には一切出さなかった。その額に滲む汗だけが、彼が背負う重責を物語っていた。
「各拠点には、合計で戦車200両以上、攻撃用ヘリ150機、輸送用ヘリ100機、戦闘車両300両、戦闘機50機を分散して配備する。また、武器や兵器、銃火器は、今後2ヶ月で調達し、それぞれの基地に管理・整備体制を構築せよ」
唯華は、具体的な数値を挙げ、各省庁にその任務を割り振った。兵站省の渡辺拓也は、その膨大な物資の調達と輸送計画を頭の中で組み立てていた。彼の脳裏には、無数の物流ルートと倉庫の配置図が瞬時に描かれていく。海外の闇市場からも物資が調達され、その輸送ルートは巧妙に隠蔽される。技術省の吉岡健太郎は、地下壕に設置された最新鋭の設備を駆使し、兵器の性能を最大限に引き出すための改良と新兵器の研究開発を急ピッチで進めていた。彼の研究室からは、常に奇妙な機械音が聞こえてくる。まるで、未来の戦場を形作る音が響いているかのようだ。
唯華と美咲は、完成間近の各地下基地を精力的に視察に回っていた。まるで地下に眠る巨大な竜の巣窟のような基地の内部は、薄暗い通路に整備兵たちが黙々と兵器のメンテナンスにあたり、オイルと金属の匂いが充満している。訓練兵たちの掛け声が、地下の壁に反響し、不気味なほど響き渡る。
静岡の地下基地では、技術省次官の佐藤浩二が唯華に報告した。「唯華様、こちらの基地は、予定よりも早く完成しそうです。整備兵の士気も非常に高く、常に万全の状態で兵器を管理しております」。唯華は無言で頷き、並べられた真新しい戦車の装甲を指でなぞった。その指先から、冷たい金属の感触が伝わる。「燃料の備蓄状況はどうか?」「はい、充分にございます。また、緊急時のための予備燃料も確保しております」
美咲は、唯華の隣で真剣な眼差しで各基地の状況を視察していた。「唯華様、訓練の様子も拝見しましたが、隊員たちの練度も非常に高いかと存じます。斉藤総司令官の指導の賜物ですね」。美咲の報告に、唯華は静かに微笑んだ。「そのようだな。これで、我が戦線の準備は整いつつある」彼女の眼差しには、確かな勝利への予感が宿っていた。
地下要塞群の構築と並行して、新日本解放戦線は占領地域における自衛隊基地からの兵器鹵獲作戦も秘密裏に進めていた。情報省の山田剛は、国内外の情報を収集し、政府機関の内通者である公安警察官の木村と自衛隊情報本部員の田中から得た機密情報を唯華に報告していた。彼らの情報網は、まさに敵の心臓部に食い込んでいることを示していた。
「唯華様、長野県にある自衛隊の駐屯地には、最新鋭の地対空ミサイルシステムが配備されているとの情報です。警備は手薄で、鹵獲は容易かと」山田が報告する。
唯華はモニターに映し出された地図を凝視し、小さく頷いた。「よし。第1機甲師団と特殊作戦部隊を派遣する。ミサイルシステムは必ず鹵獲せよ。不必要な破壊は避けるように」
総司令官の斉藤隆一が即座に指示を飛ばす。第1機甲師団の吉田悟は、夜陰に紛れて鹵獲部隊を率い、目標の駐屯地へ向かった。真夜中の闇が彼らを覆い隠す。中村健太率いる特殊作戦部隊は、精密な潜入工作で警備網を突破し、内部から鍵を開放した。重々しい戦車の音が地下壕から響き渡り、やがて目的のミサイルシステムが新日本解放戦線の手に渡った。この他にも、各地の自衛隊基地から戦車、装甲車、火砲、そして小銃などの銃火器が次々と鹵獲され、唯華の指揮下にある地下基地へと運び込まれていった。一部の兵器は基地がまだ完成していなくても、完成している場所の各基地に少しずつ配備が始まっていた。
航空戦闘部隊の高橋隼人は、鹵獲したヘリコプターや戦闘機の操縦シミュレーションを重ね、実戦に備えていた。まるで本物の空を飛んでいるかのような臨場感だ。海上においては、外交省の藤原浩司が海外の協力者と連携し、密輸ルートを通じて手に入れた小型の哨戒艇や潜水艦を国内の秘密港に運び込んでいた。これらは、首都圏の沿岸部からの奇襲攻撃や物資輸送に利用される予定だった。水面下で、新たな脅威が静かにその牙を研ぎ澄ませていた。
司令室での最終調整会議中、幹部の一人である斉藤隆一が、大胆な提案をした。
「唯華様、東北地方全域、北海道、長野県、新潟県、山梨県の全土と、静岡県、千葉県の一部山岳部を掌握するにあたり、かつてナチスドイツが用いた電撃戦を提案いたします。敵に物資や装備を固められる前に、迅速に掌握を完了し、その直後に宣戦布告の声明文を発信。そして、間髪入れずに首都東京に向けて再び電撃戦で進軍するのです」
斉藤の提案に、幹部たちの間にどよめきが走る。電撃戦は、圧倒的な速度と集中力で敵を麻痺させる戦術だ。これほどの規模の作戦で実行すれば、日本政府は対応に遅れを取り、効果的な反撃が不可能になるだろう。
唯華は、斉藤の提案を静かに聞き終え、ゆっくりと頷いた。彼女の瞳に、冷徹な光が宿る。
「…よし。それで行こう」
唯華の決断に、司令室の空気が一変した。電撃戦。それは、これまで築き上げてきた全ての準備を、一気に解き放つ合図だった。総司令官の斉藤隆一は、冷徹なまでの眼差しでモニターを見つめ、自身の部隊が担う役割を再確認していた。
計画は綿密に練られた。訓練省の斉藤隆一は、全隊員の訓練計画を立案し、その実施と評価を厳しく管理していた。隊員たちは、地下壕の広大な空間で、連携を極限まで高める訓練を繰り返していた。汗と土埃にまみれながら、彼らの肉体は極限まで鍛え上げられていく。陸上戦闘部隊の吉田悟率いる第1機甲師団は、戦車操縦のエキスパートとして、地下での機動演習を重ねていた。轟音を立てて疾走する戦車が、暗闇を切り裂く。加藤勇作率いる第1歩兵師団は、山岳地帯から市街地まで、あらゆる状況下での戦闘を想定した訓練に励んでいた。泥にまみれ、傷を負いながらも、彼らの眼差しは鋭い。航空戦闘部隊の高橋隼人は、操縦シミュレーションを重ね、実戦に備えていた。特殊作戦部隊の中村健太は、秘密裏の作戦遂行を担い、組織の目と耳となっていた。支援部隊の岡田裕也は、戦場の後方支援を担い、部隊の活動を支える重要な役割を担っていた。彼らの緻密な連携こそが、この「電撃戦」を成功に導く鍵となる。
首都陥落の前哨戦となる「電撃戦」の成功を見越して、唯華と美咲は、新たな国家**「神聖日本帝国」建国**に向けた声明文の最終調整に入っていた。司令室の壁には、日本の地図が広げられ、すでに掌握された地域が、鮮やかな赤で示されている。
「この声明文は、我々の理念を国民に伝える重要なメッセージとなる。一言一句、慎重に選ぶ必要がある」
唯華は、クアトロモニターに表示された声明文の草稿を見つめながら言った。その声には、一切の妥協を許さない厳しさが滲んでいた。美咲は、唯華の隣で真剣な表情でその言葉に耳を傾けている。ペンを片手に、彼女は唯華の言葉を一字一句逃すまいと集中していた。
「私たちは、新日本解放戦線である。国民の皆さんは噂で聞いたことがあると思う。そう、松原先生や氷雨瑠衣を暗殺し、大山巌を『旧体制』の象徴として拉致して告白させたのは紛れもない新日本解放戦線の作戦である。そして、その新日本解放戦線は、たった今、東北地方全域、北海道、長野県、新潟県、山梨県の全土と、静岡県、千葉県の一部山岳部の掌握を完了した。この土地こそわが新日本解放戦線の最初の国土であり領地となる、そしてその国の名前は神聖日本帝国とする。そう、わが帝国は日本国政府に対し宣戦布告する。全ての民が苦しまない利権や権利、裏金の無い真の日本にするために立ち上がった。そして、いつの日か、そんな日本にするための前哨戦として占領した、、、」
唯華は、草稿を読み上げ、美咲に視線を向けた。彼女の瞳は、未来を確信する光を帯びていた。
「続きを考えよう。国民に、我々の『浄化』の目的と、新たな国家がもたらす未来を明確に示す必要がある」
美咲は、熟考するように少し目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。「はい、唯華様。私たちが目指すのは、一部の特権階級が利益を独占する『旧体制』の終焉であり、すべての国民が平等に豊かさを享受できる社会の実現でございます。その点を強調すべきかと」
唯華は頷き、声明文に新たな言葉を加えていく。彼女のペンが、紙の上を滑るたびに、新たな国家の輪郭が鮮明になっていく。
「、、、この長きにわたる腐敗と偽りの時代に終止符を打ち、真に国民のための国家を創造する。我々は、利権にまみれ、不正が蔓延る『旧体制』を徹底的に排除し、清廉潔白な統治を実現する。国民の皆様には、一時的に混乱と不便を強いることになるかもしれない。しかし、これは、来るべき明るい未来のための、避けられないプロセスであるとご理解いただきたい。我々が掲げる『神聖日本帝国』は、旧体制の負の遺産を全て清算し、国民一人ひとりが真の自由と尊厳を享受できる、理想の国家となることを約束する。これこそが、我々新日本解放戦線が、血と汗と涙をもって築き上げる、新たな日本の夜明けである。我々は、この神聖な使命を果たすため、躊躇なく進む。すべての国民よ、目を覚ませ!そして、我々とともに、新たな歴史の扉を開こう!」
唯華は、宣言の最後に、国家評議会議長である佐々木賢治と、総司令官の斉藤隆一の名前を付け加えた。そして、重要な一文を付け加える。「神聖日本帝国は、8の盟約で軍を動かし、12の盟約で政治を行う」
唯華は、美咲とともに、それぞれの盟約の内容を具体的に練り上げていった。その言葉の一つ一つに、彼女たちの理想と、未来への強い決意が込められている。司令室の青白い光の中、新たな国の産声が静かに響き渡った。




