第44話、神月唯華の高校生活!10
唯華の日常は、完璧な優等生としての振る舞いを保ちながらも、友人たちとの温かい交流によって、以前とは異なる彩りを帯びていた。
朝、唯華はいつものように一番早く学校に到着し、教室で参考書を広げていた。静かな教室に響くのは、ページをめくる音と、唯華が書き込むペンの音だけ。彼女は、数学の難解な公式を、まるでパズルのように解き明かしていく。その集中力は、周囲のどんな些細な音にも乱されない。
時折、唯華はふと、コバルトブルーの毛先を指でくるくると遊ばせる。その仕草は、クールな装いの中に潜む愛らしさを覗かせ、周囲の視線をさらに惹きつけていた。
チャイムが鳴り、クラスメイトたちが続々と登校してくる。美咲、花音、里奈が唯華の席に駆け寄り、「唯華ちゃん、おはよう!」と声をかける。唯華は顔を上げてにこやかに微笑み、「おはよう」と応じる。彼女の笑顔は、もはや完璧さに隠された冷たさを感じさせず、柔らかな光を宿している。
授業が始まると、唯華は一変して、鋭い知性を放つ「優等生」に戻る。現代文の授業では、難解な評論について教師が意見を求めると、唯華は迷うことなく手を挙げた。
「この筆者は、現代社会における情報過多の問題提起として、断片的な情報が持つ危険性を指摘していると考えます。私たちは、SNSなどで溢れる情報に流されがちですが、その情報の真偽や背景を深く考察する能力が求められているのではないでしょうか。情報の受動的な消費ではなく、能動的な解釈が重要であるというメッセージが込められているように感じます」
彼女の淀みない、論理的な発言に、クラスメイトたちは静かに聞き入る。教師も感心したように頷き、「神月さんの言う通りだ。さらに深掘りするとすれば、どのような点が挙げられるだろうか?」と、唯華にさらに思考を促す。唯華は少し考え、再び口を開いた。
「情報のフィルタリング機能が発達したことで、私たちは自分にとって心地よい情報ばかりに触れ、異なる視点や意見を排除しがちです。これにより、社会全体の多様な意見が失われ、分断が進む可能性も考えられます。情報の消費者が、自らの意思で多様な情報源に触れ、多角的に物事を捉える姿勢を持つことが、この問題の解決に繋がるのではないでしょうか」
その深い洞察力に、クラスメイトたちからも感嘆の声が漏れる。唯華の言葉は、常に本質を捉え、聞き手の思考を深める力を持っていた。
数学の授業では、複雑な図形問題が出題された。クラスの誰もが頭を悩ませる中、唯華はホワイトボードに吸い寄せられるように、すらすらと補助線を引いていく。そして、最小限の計算で、あっという間に解答を導き出した。
「この問題は、円周角の定理と相似を利用すると、よりシンプルに解くことができます。まず、補助線を引くことで…」
唯華は、分かりやすい言葉で、思考のプロセスを解説していく。その説明は、まるで霧が晴れていくように明快で、難解だった問題が、瞬く間にシンプルな形へと変わっていく。美咲が「唯華、天才すぎる!」と小声で呟くと、花音と里奈も深く頷いた。唯華の知的な輝きは、もはやクラスの生徒たちにとって、畏怖の対象ではなく、頼りになる存在となっていた。
昼休みになると、唯華は美咲、花音、里奈と連れ立って学食へ向かう。賑やかな学食の喧騒の中、4人はいつもの席に座り、それぞれ好きなメニューを注文する。唯華は、美咲たちと同じハンバーグ定食を頼んだ。
「ねぇ、みんな!最近始まったドラマ『恋は気まぐれカメレオン』見た!?あの主演の俳優、顔面が国宝級じゃない?!」美咲が目を輝かせながら言った。
「見た見た!分かる!特にあの告白シーン、キュン死するかと思った〜!」花音も大きく頷き、夢見るような表情を浮かべる。
「てかさ、あのヒロインの子も可愛いよね。毎回衣装も可愛いし、メイクも真似したい!」里奈がスマホを取り出し、ドラマの公式SNSを見せながら言った。
唯華は、彼女たちの熱量に少し圧倒されながらも、楽しそうに話を聞いていた。恋愛ドラマは、彼女の生活には全く縁のないものだったが、友人たちの話を聞いていると、なぜか心が温かくなるのを感じる。
「…そういえば、あの最終回、どうなるんだろうね。結局、幼馴染と結ばれるのかな?」唯華が、少しだけ好奇心を含んだ声で尋ねると、美咲たちは「え!唯華も見てたの!?」と驚きの声を上げた。
「見てるよ。暇な時にね」唯華は、少し照れたように微笑んだ。
「いや〜、私は幼馴染と結ばれてほしいな〜!なんか、ずっと隣にいた存在ってエモくない?」美咲が熱弁を振るう。
「でもさ、新しく転校してきたイケメンも捨てがたいよね。あんなイケメンにまっすぐ気持ちをぶつけられたら、私だったらコロッと行っちゃう!」花音は、胸に手を当てて想像する。
「結局、ヒロインがどういう選択をするのか、見どころだよね。来週が楽しみ!」里奈も、ドラマの展開に期待を寄せる。
彼女たちの他愛もない会話は、唯華にとって、これまで知らなかった「普通」の感情や価値観に触れる貴重な時間だった。
放課後、唯華はいつも通り図書館の奥まった席で参考書を広げていた。難解な数式を追いながらも、唯華の脳裏には、先週末の友人たちとの楽しい記憶がかすかに蘇る。そんな唯華の背後から、突然、美咲が勢いよく抱きしめてきた。
「唯華ー!見ぃつけた!」
明るい声と共に、美咲が唯華の肩に顔をうずめる。唯華は一瞬肩をすくめたが、すぐにそれが美咲だと分かり、安堵の息をついた。美咲の向日葵のような明るい笑顔が、唯華の視界いっぱいに広がる。
「美咲。どうしたの?」唯華が振り返ると、美咲は満面の笑顔を浮かべている。その隣には、おっとりとした雰囲気の花音と、お洒落で流行に敏感な里奈もいて、期待に満ちた眼差しで唯華を見つめていた。
「ねぇねぇ唯華!今からカフェ行かない?新作のドリンク、すっごく美味しいらしいよ!」美咲が興奮気味に言った。
「…いいよ」唯華が小さく頷くと、美咲たちは歓声を上げた。
4人は、駅前のカフェへと向かった。店内は、落ち着いたジャズが流れ、心地よい時間が流れている。唯華たちは窓際の席に座り、それぞれ好きなドリンクを注文した。唯華は、髪の毛の毛先の青いグラデーションが、光に当たってキラキラと輝くのを嬉しそうに触っていた。
「そういえばさ、最近みんな見てるVTuberとか配信者いる?」美咲が突然、話題を切り出した。
「いるいる!最近、『神志名鈴香』ってVTuberにハマってるんだ!歌がめちゃくちゃ上手くて、透明感のある歌声が本当に心に染みるんだよ!あと、ゲーム配信もやってて、意外と負けず嫌いなところが可愛いんだよね〜」花音が目を輝かせながら語る。
「分かる!私も『神楽坂遥』っていうVTuberが好き!お嬢様口調なのに、たまに毒舌を吐くギャップが最高なんだよね。あと、ASMR配信もやってるんだけど、あの癒しボイスは本当に眠気を誘うんだ…」里奈がうっとりとした表情で語る。
「私はね、『雲雀川美桜』っていうゲーム実況者が最近めっちゃ面白い!めちゃくちゃ美人なんだけど、ゲーム中はすごいポンコツで、それが可愛すぎてついつい見ちゃうんだよね。あと、ツッコミがキレッキレで、見てて飽きない!」美咲がスマホを取り出し、雲雀川美桜の動画を見せる。唯華は、友人たちの話に耳を傾けながら、普段は意識することのない「流行」や「エンターテイメント」に触れる楽しさを感じていた。
「へぇ…面白そうだね」唯華は、普段なら触れることのない分野の話にも、興味を持って耳を傾けていた。彼女の完璧な計画の中には、こうした「普通の女子高生」としての経験は含まれていなかった。すべては効率と目的のために最適化されており、無駄な要素は排除されてきた。しかし、それは決して無駄な時間ではなかった。むしろ、彼女の人間性を豊かにし、新たな視点を与えてくれる、貴重な時間のように思えた。




