第43話、神月唯華の高校生活!9
4人は、駅前のカフェへと向かった。店内は、落ち着いたジャズが流れ、心地よい時間が流れている。唯華たちは窓際の席に座り、それぞれ好きなドリンクを注文した。唯華は、今日一日で大きく変わった自分の髪を、嬉しそうに触っていた。毛先の青いグラデーションが、光に当たってキラキラと輝く。
「ねぇ、最近さ、ドラマ『ミステリー・コード』見た?あの最終回、まさかの展開だったよね!」美咲が目を輝かせながら言った。
「見た見た!私もあの犯人にはびっくりしたよ!てか、エンディングテーマ歌ってる『水瀬天香』っていうVTuber、歌声が神すぎるんだよね!」花音がスマホを取り出し、画面を見せる。
「あー、私もあのVTuber好き!『雲雀川美桜』っていう配信者も面白いよ。ゲーム実況が最高なんだよね」里奈がスマホで動画を見せる。
唯華は、彼女たちの話に耳を傾けながら、普段は意識することのない「流行」や「エンターテイメント」に触れる楽しさを感じていた。彼女の完璧な計画の中には、こうした「普通の女子高生」としての経験は含まれていなかった。すべては効率と目的のために最適化されており、無駄な要素は排除されてきた。しかし、それは決して無駄な時間ではなかった。むしろ、彼女の人間性を豊かにし、新たな視点を与えてくれる、貴重な時間のように思えた。
「そういえばさ、最近、ニュースで治安が悪いってよく聞くよね」美咲が突然、真剣な顔で言った。
「うん、なんか物騒だよね。この前も、政治家の大山巌さんが拉致された事件があったし…結局、犯人捕まってないんだよね?」花音が不安そうに眉をひそめる。
「そうなんだよね。しかも、その前に学年主任の松原先生が亡くなった事件も、結局事故ってことになってるけど、なんか腑に落ちないんだよね。あれも未解決事件だし…もしかして、あの『新日本解放戦線』とかいう組織の仕業だったりして?」里奈が声を潜めて言った。
唯華は、内心で微かに動揺した。しかし、表情には一切出さず、冷静に答える。
「松原先生の件は、結局、事故として処理されたみたいだし、真相は分からないね。大山さんの事件も、まだ捜査中みたいだし…」
「だよねー。なんか、最近の日本、本当にどうなっちゃうんだろうね」美咲がため息をつく。
「てか、唯華、中間テストの範囲、もう出た?」花音が、突然、話題をテストへと切り替えた。美咲と里奈も、ハッと我に返ったように真剣な顔になる。
「うん、もう出てるよ。数学は二次関数、英語は不定詞と動名詞だね。古典は源氏物語の『桐壺』巻と漢文の『矛盾』だね」
唯華は、淀みなくテスト範囲を告げた。その言葉には、一切の迷いがない。
「うわー…私、もう数学の時点で頭が痛い…唯華、二次関数とか見ただけでアレルギー反応起こしそう…」美咲が顔をしかめた。彼女の顔には、絶望の色が浮かんでいる。
「花音も英語は得意だけど、数学と古典は苦手だもんね。私も漢文とか意味不明…」里奈が花音に同意する。彼女たちの顔には、中間テストへの不安が大きくのしかかっていた。
唯華は、彼女たちの顔を見て、中学時代とは異なる、純粋な頼りにしてくれている表情に気づいた。かつては、彼女の完璧さを妬み、孤立させようとした同級生たちとは全く違う、温かい眼差し。
「よかったら、今度、私の家で一緒に勉強しない?分からないところがあったら、教えられるよ」
唯華がそう提案すると、美咲たちの顔がぱっと明るくなった。その場の空気が、一瞬で明るく、希望に満ちたものに変わる。
「やったー!唯華の部屋で勉強会!嬉しい!唯華に教えてもらったら、絶対点数上がるー!」美咲が興奮したように唯華の肩を叩く。彼女の声は、カフェ中に響き渡りそうだった。
「唯華ちゃん、ありがとう!助かるー!これで赤点回避できるかも!」花音も心からの感謝を述べる。彼女の表情には、安堵と希望が入り混じっていた。
「私も、漢文教えてほしい!唯華のノートとかも見たいなー!」里奈も目を輝かせながら言った。彼女たちは、唯華の知性に心から敬意を払い、そして信頼していた。
「じゃあ、来週の土曜日、唯華の家に行ってもいいかな?お昼くらいから!」美咲が目を輝かせながら言った。
「うん、いいよ。何時がいいかな?お昼からで大丈夫」唯華は、友人を自宅に招くという、これまでの彼女には考えられなかった展開に、内心で微かな興奮を覚えていた。彼女の私室は、新日本解放戦線の活動拠点であり、機密の塊だった。しかし、友人たちと共有する「普通」の時間を前に、唯華の心は迷うことなく、その誘いを受け入れた。
カフェでの勉強会を終え、4人は連れだってファミレスへと向かった。賑やかなファミレスのボックス席に座り、メニューを広げる。店内の喧騒と、友人たちの笑い声が心地よい。
「唯華、何にする?私、ハンバーグにしようかな!」美咲が言った。彼女の目は、すでにハンバーグに釘付けだ。
「私もハンバーグにしようかな。あと、ドリンクバーもつけよう!」唯華は、彼女たちと同じものを注文した。この「同じものを選ぶ」という行為自体が、彼女にとっては新鮮な経験だった。
料理が運ばれてくるまでの間、彼女たちは今日あった出来事や、週末の予定について話した。他愛もない話の端々から、彼女たちの日常のキラキラとした輝きが伝わってくる。
「ねぇ、今度の土日、何か予定ある?」里奈が唯華に尋ねた。彼女の瞳には、次の楽しみを見つけたいという純粋な期待が宿っている。
唯華は、一瞬戸惑った。週末は、通常、組織の報告書をチェックしたり、幹部とオンライン会議をしたり、新たな計画を練ったりする時間だった。彼女の週末は、世界の裏側で暗躍する計画に費やされていた。しかし、彼女たちの誘いを断る理由もなかった。むしろ、断りたくないという気持ちが、心の奥底で芽生えていた。
「特にないけど…」唯華の言葉に、女子たちの顔がぱっと明るくなる。
「やった!じゃあさ、今度の土曜日、また一緒に映画見に行かない?今、話題のミリタリー映画がやってるんだよ!」美咲が目を輝かせた。
「いいね!そのあと、服見に行ったり、またカラオケ行ったりするのも良くない?」花音が提案した。彼女たちの計画は、まるで泉のように湧き出てくる。
唯華は、彼女たちの純粋な誘いに、心が揺れた。中学時代には、こんな風に誘われることなど一度もなかった。常に一人で、孤独だった。放課後の教室で、一人きり、誰もいない空間で参考書を広げるのが日常だった。しかし、目の前の女子たちは、唯華を心から仲間として受け入れようとしてくれている。その温かい絆が、彼女の凍てついた心を解き放ち始めていた。
「…うん、いいよ」唯華は、少しだけはにかむように頷いた。その言葉に、女子たちは歓声を上げた。
「やったー!唯華と遊べるの、楽しみ!」
ファミレスで2時間ほど談笑した後、唯華たちは駅で解散した。唯華は一人で家路につく。夜空には満月が輝き、東京のビル群を照らしている。冷たい夜風が、唯華の新しいショートボブの髪を優しく揺らした。
自宅に戻った唯華は、自室へと直行した。部屋の照明を落とし、クアトロモニターに覆いかぶさっていた布をゆっくりと取り除く。モニターの光が、唯華の顔を青白く照らし出す。その瞳には、昼間の学校で見せる柔らかな光は宿っておらず、ただ冷たい光が宿っていた。モニターには、新たな地下基地の建設状況や、兵器密輸の進捗状況が映し出されている。数値が羅列され、図面が展開され、報告書が次々と更新されていく。唯華は金庫にしまってあった機密書類を取り出し、一枚一枚、真剣な眼差しで目を通していく。
「もしも日本全体を巻き込んだ戦争が起きたら、あの3人だけは助かってほしいな」
唯華は、モニターに映る機密情報を見つめながら、静かに呟いた。その声には、冷徹な指導者としての決意と、友人たちへの深い愛情が入り混じっていた。
「絶対に私たち戦線が保護する。絶対に死なせたくない」
彼女の脳裏には、中学時代に受けた苛めの記憶が鮮明に蘇る。誰にも助けてもらえなかった孤独、理不尽な暴力、そして心に深く刻まれた傷。あの時の自分を救ってくれたのは、誰でもなかった。だからこそ、今、彼女の目の前にいる、何の悪意もなく、ただ純粋に彼女を受け入れてくれる友人たちだけは、何があっても守り抜きたいと強く願った。彼女の「浄化」のビジョンは、もはや個人的な復讐心からではなく、愛する仲間たちと共に、腐敗した日本を「浄化」し、新たな秩序を築くという、壮大な使命へと変貌していた。そして、その使命の根底には、今日、彼女が感じた「温かさ」が、確かに存在していた。それは、彼女の計画に、これまでにない新たな意味を与えていた。
日本の地下では、恐るべき巨竜がその咆哮を上げようとしていた。巨大な地下基地の片隅で、着々と準備が進められている「計画」。その全貌は、未だ誰にも知られていない。複雑な情報ネットワーク、最新鋭の兵器開発、そして周到に練られた作戦。日本の治安機関は、焦燥感に苛まれながらも、未だその全貌を掴めずにいる。彼らは、未曾有の危機が迫っていることを予感しながらも、その正体も、規模も、そして目的も把握できずにいた。まるで、深い霧の中にいるかのように。
果たして、彼らはこの巨竜の覚醒を阻止できるのか。あるいは、唯華の「浄化」は、この国を根底から変えてしまうのか。
鈴鹿裕樹は、今日もまた、唯華の隣に座り、彼女の静かな声で勉強を教わっていた。唯華は、彼に数学の問題を丁寧に解説している。裕樹は、彼女の明晰さに感嘆しながらも、その完璧な横顔の奥に潜む、何か計り知れないものを感じ取っていた。彼は、知らず知らずのうちに、巨大な運命の渦の中に巻き込まれていくことになるのだろうか。彼の心の中に芽生えた、唯華への漠然とした恐れは、やがて現実となるのだろうか。彼が見たものは、ただの妄想なのか、それとも、この国の未来を揺るがす恐るべき真実の一端だったのか。彼の日常は、もう二度と、元には戻らないのかもしれない。彼の視線の先に、微かに揺れる唯華の横顔があった。その顔は、彼にはもう、以前のように無邪気な少女には見えなかった。しかし、その唯華の横顔の奥には、以前よりも、ほんの少しだけ、温かい光が宿っていることを、裕樹はまだ知る由もなかった。その光は、彼女の冷たい使命に、どのような影響を与えるのだろうか。そして、その光が、この国に何をもたらすのか、誰も知る由もない。物語は、まだ始まったばかりだ。




