第41話、神月唯華の高校生活!7
そして、来週の土曜日。唯華は、普段は新日本解放戦線の活動に費やされるはずの自室を、友人たちを迎えるために整えた。クアトロモニターは布で覆い隠し、機密書類は全て金庫の中にしまった。彼女の部屋は、一見すると、どこにでもいる女子高生の部屋と変わらない。可愛らしい小物や、読みかけの小説、そして、勉強机の上には、参考書やノート、文房具が綺麗に並べられている。唯華は、学校へ行くときと同じ、清楚系の可愛らしい服装で友人たちを待っていた。淡いブルーのカーディガンに白いブラウス、そしてチェック柄のスカート。足元は白いソックスにローファーと、まさに「優等生」らしい装いだ。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。唯華がドアを開けると、美咲、花音、里奈が、それぞれ参考書を抱え、満面の笑顔で立っていた。
「唯華ちゃん、お邪魔しまーす!」
美咲が元気よく挨拶し、花音と里奈も笑顔で続く。唯華は3人を部屋へと招き入れた。
「わー!唯華ちゃんの部屋、すごく綺麗!それに、なんか唯華ちゃんらしい!」
美咲が唯華の部屋を見回しながら言った。唯華の部屋は、シンプルながらもセンス良くまとめられており、勉強机の周りには可愛らしい文房具が並び、本棚には学術書から小説まで様々な本が整然と並んでいた。彼女の知的な一面と、秘めたる可愛らしさが同居している空間だった。
「ありがとう。どうぞ、好きなところに座って」
唯華は3人を勉強机へと案内した。机の上には、彼女が手書きでまとめたであろう、色とりどりのマーカーで彩られたノートが何冊も積み重ねられている。
勉強会は、最初は数学から始まった。唯華は、美咲と花音、里奈が苦手とする二次関数の基礎から丁寧に解説していく。彼女の説明は、公式を丸暗記させるのではなく、なぜその公式が成り立つのか、どういう状況で使うのかを論理的に、かつ分かりやすく伝えるものだった。彼女は、複雑な概念をシンプルに分解し、具体的な例を挙げながら、生徒たちが自ら考える力を養うように促した。
「なるほど!そういうことだったのか!唯華、天才すぎる!」
美咲が、唯華の説明に目から鱗が落ちたように声を上げた。彼女の顔には、今まで理解できなかった問題が解けるようになった喜びが満ちていた。
「唯華ちゃんの説明、本当に分かりやすい!学校の先生より分かりやすいかも。これで、二次関数も怖くない!」
花音も感動したように言った。彼女の表情には、自信が芽生えているのが見て取れる。里奈も真剣な眼差しで唯華の言葉に耳を傾け、時折メモを取っていた。
唯華は、彼女たちが理解していく過程を目の当たりにし、心に温かいものが広がるのを感じた。誰かに知識を教え、それが相手の役に立つ喜び。それは、これまで彼女が感じたことのない、新たな充実感だった。
数学が終わると、今度は英語の時間だ。唯華は、不定詞や動名詞の使い分けを、例文を交えながら分かりやすく説明した。発音もネイティブ並みで、美咲たちは唯華の発音を聞きながら、真似して発音練習をする。唯華は、発音のコツや、ニュアンスの違いなども丁寧に教えてくれた。
そして、古典。美咲と里奈が最も苦戦していた漢文の『矛盾』では、唯華は文字の読み方だけでなく、故事成語としての意味や、当時の社会背景なども含めて解説した。
「この『矛』と『盾』は、ただの武器じゃないんだ。当時の思想や、物事の本質を問う哲学的な意味が込められているんだよ」
唯華の説明に、美咲たちは「へぇー!」と感嘆の声を上げた。難解だと思っていた漢文が、唯華の説明によって、生き生きとした物語として心に響いてきたのだ。
休憩時間には、唯華が用意した手作りのクッキーと紅茶を囲んで、他愛もないおしゃべりを楽しんだ。好きなアイドルの話、最近見た映画の話、そして、将来の夢の話。美咲はデザイナーになりたいと語り、花音は看護師、里奈はファッション関係の仕事に就きたいと目を輝かせながら語る。唯華は、友人たちの夢を聞きながら、自分の心にも、漠然とした「夢」のようなものが芽生え始めているのを感じた。それは、新日本解放戦線としての「使命」とは異なる、彼女自身の「願い」のようなものだった。
「ねぇ唯華は、将来何になりたいの?」
美咲が、唯華に尋ねた。唯華は一瞬、言葉に詰まった。新日本解放戦線のリーダーとしての「唯華」は、明確な目標と計画を持っている。しかし、「神月唯華」としての彼女には、まだ漠然とした願いしかない。
「…まだ、決まってないけど、人の役に立つ仕事がしたいな、と思ってる」
唯華は、曖昧な言葉で答えた。しかし、その言葉には、友人たちとの出会いによって芽生えた、温かい心が込められていた。
勉強会は夕方まで続いた。美咲たちが帰る頃には、中間テストに対する不安が、少しだけ希望へと変わっているようだった。彼女たちの顔には、達成感と、唯華への感謝の気持ちが満ち溢れていた。
「唯華ちゃん、本当にありがとう!唯華のおかげで、テスト頑張れそう!もう、唯華が先生だったら、毎日学校楽しいのに!」
美咲が満面の笑顔で唯華に抱きついた。その抱擁は、唯華の心を温かく包み込んだ。
「うん、また教えてね!唯華ちゃんのおかげで、数学が少しだけ好きになれたかも!」
花音も心からの感謝を述べる。彼女の表情には、自信が芽生えているのが見て取れる。
「私も、唯華のノート貸してね!本当に分かりやすいから!」
里奈も、唯華のノートを借りながら、感謝の言葉を口々に述べた。
唯華は、彼女たちの温かい言葉に、心が満たされるのを感じた。彼女は、中学時代に失いかけた「人間らしさ」を、少しずつ取り戻している。友人たちの存在が、彼女の閉ざされた心を少しずつ解き放ち、新たな世界を見せてくれているのだ。
その夜、唯華は自室のクアトロモニターの前に座っていた。モニターには、新たな作戦計画の進捗状況が映し出されている。数値が羅列され、図面が展開され、報告書が次々と更新されていく。しかし、彼女の脳裏には、友人たちとの楽しかった勉強会の記憶が鮮明に浮かんでいた。美咲の元気な笑顔、花音の穏やかな声、里奈の真剣な眼差し。そして、彼女たちの温かい感謝の言葉。
彼女は、自分の髪に触れた。毛先の青いグラデーションが、暗闇の中で微かに輝いているように見えた。それは、彼女の二つの世界を繋ぐ、新しい自分を象徴する色だった。
「新日本解放戦線、か…」
唯華はモニターに映る「唯華」の顔を見つめながら、静かに呟いた。二つの世界が、彼女の中でこれまでになく明確な形で衝突し始めている。しかし、その衝突は、彼女にとって決してマイナスなものではなかった。むしろ、彼女の人間性を豊かにし、新たな視点を与えてくれる、大切な経験となっている。
彼女は、新日本解放戦線のリーダーとしての使命を全うしながらも、「神月唯華」としての日常を大切にしていきたい、と強く願うようになっていた。友人たちとの時間は、彼女にとって、かけがえのないものとなっていた。彼女の心に芽生えた温かい光が、暗い世界を照らす希望となることを信じて。そして、いつか、この二つの世界が、一つになる日が来ることを、彼女は密かに願っていた。




